彼らの要請 僕らの決意

 そう言われても。

 千尋が美里の問いに対して、つい口にしてしまいそうになった台詞だ。

 事態をどう考えるか。

 そんなことを聞かれても、自分は邪気や精霊が目に見え、少し人より霊力が強いだけの一般人だ。和葉や荘司のように邪気退治はできないし、桜緋に守られるだけの存在。自虐的に言えば、桜緋の前世からのお荷物に過ぎない。

 なぜ訊くのだろう、と疑問に思っていたら、美里がフッと苦笑した。


「ごめんなさい。戸惑わせてしまったかしら。いきなり訊いてしまったし、困ってしまうのも無理ないわ。……もう少し、ゆっくり話を進めましょうか」


 美里が後ろを振り返ると、背後に揺らぎが生まれた。次いで顕現した水黎に声を掛ける。


「お茶、お願いできるかしら」

「はい」


 給湯室でもあるのだろう。踵を返して奥の扉に向かう水黎の背に、思わず桜緋は言った。


「水黎、お前それでいいのか」

「問題ないわ。美里のめいだし。それに、お茶を淹れるの、嫌いじゃないもの」


 いいのか、それで。本当に。

 祓い屋についた精霊が半ば式神のように扱われるのは常だが、さすがに誇りというものを忘れすぎていないだろうか。

 だが、嫌いじゃないと言う水黎の瞳には、不平不満が一切浮かんでいない。その言葉は真実なのだろう。

 そう言う自分だって、好きで千尋についている。同じということか。

 桜緋も他をどうこう言えた立場でなかった。


「水の精霊なだけあって、お茶淹れるの上手いのよ、水黎は」

「だからといって、姉さんが水黎を顎で使うのはどうかと思うけど」

「ここでは支部長と呼びなさい、荘司」

「ああ、はい。申し訳ありません、支部長」


 大げさに肩を竦める弟を軽く睨んで、美里は溜息を吐いた。変なところで子供っぽさが残っている子だ。だけど、そんなところも可愛いとか思ってしまう自分も自分だった。

 表情を引き締めることで美里は気持ちを切り替え、千尋と桜緋に向き直り、話を再開した。


「最近この地域一帯に蔓延している邪気……うちの管轄内が特にひどくてね。今日も組合員のほとんどが祓いに行っているくらいよ」

「志摩先輩もほぼ毎日、楓雅と祓ってるみたいです。それでも次々に湧いて、祓っても祓ってもキリがないって……」

「でしょうね。和葉ちゃんもうちの組合員だし、その話はよく聞いているわ。……話というより愚痴みたいなものだけど」

「ここの組合員ということは、横須賀にいる祓い屋や精霊と協力している者ほぼ全員ということか」

「そう。貴女と藤原君のような特例もあるけど、横須賀に住んでいるほぼ全ての精霊と霊力の高い人間を以てしても、邪気の拡大は防げていない。むしろ、規模は広がる一方」


 美里が前髪を掻き揚げながら、深い溜息を吐くと、荘司も口を開いた。


「横須賀だけと思われていた範囲は、とうとう横浜にも広がった。神奈川全域に広がるのは、正直時間の問題だろう」

「此の世における霊気の平衡が保てなくなれば、この国は転覆するわ。国土が荒廃し、人々は心身ともに死に絶える。……それだけは絶対に避けなければならない」


 人々の願い。人々の想い。

 それらによって、この国の根は支えられているのだ。

 心という深いものが穢れれば、身という表面も今まで通りにはいかない。

 この国が心から崩れ去る。八百万の神に愛される日ノ本といっても、国に暮らす人々が荒んでしまえばそれまでだ。

 美里の寝不足と過労で疲れ切った表情を見て、何も思わない千尋ではない。しかし、こう言われても自分には術がなかった。この状況を打開するために、自分ができることはなかった。

 邪気に惹かれ、邪気を惹きつける。そんな体質しか持たず、邪気を祓う術は体得していない。護られるしか、ない。役に立たない自分が、心底情けない。

 千尋の鬱屈とした表情を桜緋は横から見つめていた。そして無言のまま、その頭に手を伸ばして撫でた。ゆっくりと、優しく。安心していい、自分を責めるなと言うように。

 千尋がハッとして桜緋を見るも、桜緋はもう視線を美里に向けていた。千尋の頭を撫でながら、桜緋は問うた。


「そんなことは分かっている。私だって、何も調べていないわけではないからな。……その現状を打破するため、特例的な存在である私たちに何かを依頼したい、そういう理由で我々を召喚したのではないのか?」

「……ええ。そうよ。貴女がそこまで言うなら、こちらも遠慮なく言わせてもらうわ」


 桜緋は千尋の頭から手を離し、静かに身構えた。何を言われるかは分かっているが、組織から依頼を受けるという姿勢をとったのだ。

 美里が組織を束ねる者らしい、厳格な口調で告げた。


「貴女という長命な桜と邪気を惹きつける藤原君に、この事態の全貌を暴いてもらいたい」

「……事態の収束は、そちらの領分、ということだな」

「そう」

「……私は構わない。元から、そのつもりだ」

「そうよね。では、藤原君は……」

「ただし」


 千尋への意思確認をしようとした美里を遮り、桜緋は一つだけ条件を付けた。


「事態の元凶。大元は私に叩かせてくれ」

「理由は?」

「桜としての矜持だ」

「……分かったわ」

「僕も大丈夫です」


 美里に訊かれるよりも先に千尋は言っていた。


「こんな体質が誰かの役に立てるなら、僕も桜緋と一緒にやります」

「ありがとう」


 美里がそういうと同時に、荘司も頼むよと言うように頷いた。

 僕と桜緋。

 二人でなら、きっと。

 やれるはずだ。

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