第5話 青い目のヨハネ
ヨハネは馬車の横を走った。
その真っ黒な馬車には、空気を取るために縦長の隙間が切られていた。その中からは、奴隷たちのうめき声とすすり泣きの音が漏れてきた。
ヨハネは顔を背けた。
彼は
命を落とす者もいる。奉公人たちは
だが、彼が現場に行ってみると、奇妙な感覚にとらわれた。集められた奉公人たちを遠くから見ると、その
商会の仕事は、使い走りと馬車の護衛だった。
ヨハネはトマス専用の箱馬車を走って追いかけ、奴隷市場まで行った。そして現金の金額と奴隷運搬用の馬車の数を言い付かると、大急ぎで商会まで戻り奉公人頭に伝えた。そしてもう一度市場に戻ると、奴隷たちを馬車に乗せ、商会の奴隷用小屋まで運んだ。
それだけが仕事である。
だが、彼はそれが死ぬほどにつらかった。
奴隷市場の搬入口から、奴隷用馬車まで、奴隷たちは一列になって歩いた。
その両側に、奉公人たちは立って壁を作った。
奴隷たちは市場の競売に出される時点で従順に
ヨハネはその壁の中に立たされることがあった。奴隷たちの多くはワクワクだった。ヨハネと同じ茶色い肌と黒い髪、そして茶色い目。
歩く奴隷たちは鎖の音を鳴らしながら、下を向いて歩いていたが、時にヨハネのほうをにらんだ。
その度にヨハネは狼狽した。
その目線はいつも彼にこう問いかけた。
――おまえがそっちにいて、俺がこっちにいるのは何故だ――
ヨハネはワクワクの故地、エリアールの出身だ。幼い頃に母を亡くし、飢饉の時に、餓えから逃れるために、身を売った。
そこまでは、市場の奴隷たちと変わりはない。
ただ、ヨハネは、エリアールにいた宣教師から読み書きと算術を習っていた。そのせいで、奴隷よりもましな扱いを受ける奉公人としてこの商会に買われた。
奉公人とは、無給で働く六年間限定の奴隷である。
奉公人はよく死んだ。作業現場で高所から落ち、下水道の作業で汚水に飲まれた。
だが、奴隷たちはもっと、悲惨な条件下で酷使されているはずだ。
奴隷と奉公人を
ヨハネは、この街に運ばれてくる途中で、
――何が違うのだろうか――
ヨハネは、自分の姿を知らない。
水に映った自らの影を見たことがあるだけだ。自分の茶色い肌と、黒い髪は、自分の目で見る事が出来た。
ワクワクたちと同じ色だった。
――何が違うのだろうか――
もう一度、ヨハネは自分に問いかけた。
――そうだよなあ。青い目してるからなあ――
いつか、解体現場で共に働いた男の言葉が脳裏によみがえった。
――あなた、青い目をしているのね。羨ましい――
いつか、ある娘が遺した言葉が胸に浮かんだ。
そうか。僕の目は青い色なのか。
そう気付いたヨハネは、死んだ母の事を思い出した。茶色い肌に、黒い髪、目も茶色だったはずだ。
ヨハネは、父を知らない。彼の母は、一人で彼を産み育てた。ヨハネが十歳の時、母は風土病で死んだ。
病に苦しみ、腹を抱えて苦しんでいた母。
ワクワクの村の中でも、疎外されていた母。
茶色い目で、優しいまなざしを送ってくれた母。
ヨハネは、母と同じ目の色をしていない。
では、この青い眼はいったいどこから来たものなのだろうか。
彼はそこまで考えると、もう一度、奴隷たちの茶色い目を見た。
あの奴隷たちと、僕を隔てる壁は、自分では決して見る事の出来ない、この青い眼だけなのだろうか。
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