第9話
今日も誰も病室に来ないな。
1人、病室でテレビを眺めながらそんな事を思っていた。
いつもならシズキなんかが来てくれたりするのだが、この前に精神状態を確かめられてからシズキは来なくなってしまった。
たまに来るのは警察の人や病院の人だけ。食後には心を落ち着かせる薬を飲まされて、テレビを観たり漫画を読んだりして暇を潰している。
本当に俺はどうしてしまったのだろうか。誘拐されてからシズキ達の様子がおかしい。そして自分も何か少しおかしい気がする。
よくボーッとしている事があって、たまに自分でも何を考えているのか分からなくなる時がある。
スマホも家にあるし、暇な俺は布団に潜って目を瞑った。バラエティ番組の笑い声を聞き流しながら、足をリズム良く動かして眠る。
この足を動かす癖は誘拐されてから付いてしまった。動かしていると落ち着くのだ。
そのまま俺は眠りについた。
突然だが、退院できるようになった。警察が父親に連絡して迎えに来てもらう事になり、俺はシズキが持ってきていた私服に着替えて病室で準備を済ませていた。
「マコトさ〜ん、お父さんが来ましたよ」
看護婦さんが病室に入ってきて、その後から父さんが現れた。
「……よう。大丈夫か?」
コウスケ。俺と同じ元不良の父親で、怖い見た目をしているが優しい父親だ。普段は仕事で会えない日が多いのだが、仕事を休んできてくれたようだ。
「話は警察の人から色々と聞いている。父親として何もしてやれなくてすまなかったな」
「いや、いいよ」
「しばらくマコトの為に仕事は休む事にした。明日から家には俺がいるからな」
じゃあ朝飯も父さんが作ってくれるという事か。
「助かる。色々と疲れてんだ」
「じゃあ帰るぞ」
父さんに背中を押されて一緒に病室を出る。
父さんは顎髭が特徴的で、ジョリジョリとした顎髭の感触が小さい頃は好きだった。しかし俺は女装の為に沿っている。
久しぶりに家に帰ってきた。
懐かしい匂いを嗅ぎながら、すぐに自分の部屋に向かう。
「夕飯の時は呼ぶから降りてこいよ〜!」
「分かってる」
父さんに言われて軽く返事をして部屋に入ると、懐かしい光景に少しだけ涙が出てきた。
「……ははっ、そうだよ……俺はここで生活してたんだよ……」
懐かしいゲーム機、ベッド、脱ぎ捨てられた学生服。女装道具。
「女装…………」
荷物を置いて部屋を出て玄関に向かう。
「おいマコト、どこ行くんだ?」
「っ……あれ……何してんだ俺……」
自分でも何故外に出ようとしていたか分からない。ただ、なんとなく出ないといけない気がした。
「……おじちゃんに会える気がして……」
「おい?」
「いやっ、なんでもない。しばらく部屋に篭ってるよ」
「おう。安静にしてろよ」
心を落ち着けて部屋に戻る。女装道具をなるべく見えない場所に隠してベッドの上に座る。
◆◇◆◇◆
「……マコトの奴、何かブツブツ言ってやがるな」
2階のマコトの部屋から聞こえるブツブツとした声を、新聞を眺めながら聞き取ろうとしてみる。しかし小さくて聞き取れない。
コーヒーを1口飲んで妻に連絡を取る。
「母さん、マコトは連れて帰ってきて部屋で落ち着かせてる」
「"そう……本当に大丈夫? 何かあったら私もすぐに向かうよ?"」
「いや、その時はその時で警察にでも連絡する。母さんは心配すんな」
妻は心配性で俺が安心させてやらないとすぐ家に駆け付けてきて世話焼くからな。迷惑かけないように俺がなるべく対処しないといけない。
「"マコトにそんな病気があったなんてね……"」
「1人でずっと耐えてきてたんだろうな。気づいてやれなかったな」
それからしばらく話をして電話を切った。
2階からブツブツとした声は聞こえなくなっている。寝ているのだろうか。
「やけに外の車の音が……っ!?」
ふと玄関の方に目をやると玄関が開いていた。マコトが外に出ていったんだ。
「くそっ……あいつっ!!」
俺はすぐに外に出て車を走らせた。また事故を起こしたらどうするんだ、と思いながらマコトを探す。
こんなに忙しい日常は久しぶりだな。
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