第7話

病院で怪我の治療を受け、しばらくベッドで休むことになった。数日間大した食事を取っていないせいで栄養が不足しているらしい。

 ベッドの上でぼんやりと壁を見つめていると、部屋の外から近づいてくる足音が聞こえた。


「ぐすんっ……ここにマコちゃんいるんですかっ……?」

「はい、いますよ。まだ精神が不安定ですが、落ち着いているので話は出来ると思います」

「ありがとうございましゅ……すんっ」

 シズキの涙声だ。泣きながら看護婦さんと話をしている。


──ガララッ

 泣いているシズキが部屋に入ってきて、俺と目線が合った。


「マ゛ゴち゛ゃぁぁぁぁぁんっっ!!!!」

 目が合った途端にシズキは号泣して俺に抱きついてきた。誘拐されてから何日も会えなくてずっと心配していたんだろうな。


「うわぁぁぁぁああん! 良かったぁぁぁあ! 無事で良がっだよ゛ぉぉぉぉ!!」

 シズキは力強く俺を抱きしめてきて、俺は驚いて無言でシズキを抱き締め返した。


「マコちゃんっ……本当に大丈夫っ……?」

「えっ? ……うん、大丈夫だよ?」

 まだ少し意識がはっきりしなくて、おじちゃんがどうなったか心配だけど今のところ怪我は痛くない。


「……マコちゃん目を合わせて……?」

「う、うん……」

「やっぱりマコちゃん何かおかしいよっ……」

 おかしい……? 俺は別におかしい所なんて1つもないのだが。いつも通りだし、落ち着いている。


「シズキ。多分マコの精神病が悪化したんじゃないかな」

 そこにあの警察の男の人がやってきた。シズキの兄のタケルと言ったか。


「悪化……?」

「マコト君として話した時は比較的普通に話せてたけど、ふとマコに戻ると不安定に目がキョロキョロと動くんだ。マコト君に話してみないか」

 この人は何を言っているのだろうか。まさか俺の女装趣味を知っている……? いや違う、シズキは兄にも嘘をついて俺が二重人格だと伝えているのだろう。


「マコト君、大丈夫だった?」

「っ……あ、ああ……大丈夫だ」

 マコトと呼ばれた瞬間、急に意識がはっきりとしてきた。頭が回転してきた、と言うべきだろうか。女装趣味がバレる時のような緊張感が戻ってくる。


「何があったか詳しく教えてくれる?」

「……トイレから出た時に突然背後から襲われたんだ」

 冷静に話せるようになった俺は、誘拐事件について詳しくシズキとその兄に話した。


 狭い鉄の中で数日間何もせずに過ごした事。おじちゃんと家に行って過ごした事。その時の詳しい状況や、おじちゃんの様子。性的暴行をされそうになった事など。

 全て、俺が辛かったことなんかも話した。


「うぅっ……よく耐えたねっ……」

「まあな。自分でもビックリだ」

「上手く洗脳されていた、という事だね。命が無事で良かったよマコト君」

「そうですね……」

 本当に、命が無くなれば終わりだからな。もしも俺が抵抗して暴れていたら殺されていただろう。


 ふと、下を向いて自分が女装している事を思い出す。自分は今マコなんだと、そう思った瞬間再び心が不安定になってきた。


「おじちゃんはどうなったの? 無事なの?」

 シズキの兄に聞く。


「マコト君、あの人は君を誘拐したんだ。その人を許せるか?」

「っ……いや、犯罪者なんだから許せない」

 マコトと呼ばれて再び自分の意識が戻ってくる。


 この自分の状況がよく分からない。何が起きているんだ? 意識がマコになった瞬間、シズキとその兄が驚いた顔をする。


「シズキ、マコトの私服は持ってきているよな?」

「え、ええ」

「マコト君、少し着替えてから話をしよう」

 2人が部屋から出ていって俺は普段の私服に着替える。


 何故シズキが俺の私服を持っているのか疑問に思うところだが、恐ろしくて知りたくもない。どうやって部屋に入ったんだ。


「着替えました……」

 着替えた事を伝えると再び2人は部屋に入ってくる。


「一先ず我々警察から伝える事は、君を誘拐した男は懲役8年の処罰を受けることになった」

「8年……それでも短いな」

「本人は辛いだろうけど、その間にあの男も反省するだろう。あの男から君に会わせてくれとの願いもあったが、君の精神状態を思って警察側から断っておいた」

「ありがとうございます。あんな奴とは2度と会いたくないですから……」

 一先ず、馴染んだ病室と懐かしいシズキの顔を見れて安心した。


「シズキ、心配かけてごめんな」

 そういって笑うと、シズキは目を逸らして怒ったような顔をした。


「なっ、何簡単に誘拐されてんのよっ……バカッ」

「はっはっはっ、そうだな。気を付けるよ」

「許さないから……」

「えぇ……」

 これはまたシズキからの罰が怖いものだな。

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