第6話


 久しぶりにカーテンの隙間から漏れる太陽の光を見た。久しぶりに鳥の歌声を聞いた。久しぶりに気持ち良い朝を迎えた。

 きっと、顔のメイクは落ちているだろう。でもおじちゃんには可愛がってもらっている。


 朝からご飯を持ってきてくれた。

 お米と卵とお醤油。おじちゃんと一緒にかき混ぜて、楽しくお話しながら食べた。


「マコちゃん、何か欲しい物ある?」

「要らない。おじちゃんだけで充分」

 おじちゃんが居てくれるだけで俺は幸せなんだ。これ以上は何も求めない。ただ今の幸せを大事にする事が1番なんだ。


 おじちゃんが部屋に来て話す時は、部屋の扉を開けて向こう側にあるテレビを一緒に眺める。


「最近は殺人事件が多いね」

「物騒な世の中だね」

「マコちゃんは僕が守ってあげるからね」

 優しく頭を撫でられてそう言われると、安心感に包まれる。もう寂しいものは何も無い。


「今日はおじちゃんお仕事休みだから、沢山遊ぼっか」

「いいのっ?」

「うん。食べたら遊ぼうね」

 それが優しいおじちゃんの最後だった。






「いっ……痛いよっ!! やめてっ……」

「ごめんな。おじちゃんお仕事でストレスが溜まってるんだ。おじちゃんを助けられるのはマコちゃんしかいないんだよ」

 おじちゃんに何度も殴られたり蹴られたりして暴行を受ける。


「私しかっ……いないっ……あ゛ぅっ!?」

 お腹をつま先で蹴られて息が止まる。


「マコちゃんは僕を助けてくれるよね?」

「っかはぁっっ! ぅっ……うんっ……おじちゃんっ……優しいもんっ…………」

「ありがとう!」

 これがおじちゃんの為になるのなら、寂しさから救ってくれるおじちゃんの為になるのなら。俺は喜んで殴られる。


 どんなに痛くて苦しくても、あの寂しさよりはマシだ。今が1番幸せなんだから……仕方ない。


「それじゃあもっと楽しい事しようか」

「ぇ…………?」

 口の中が切れて血が流れている俺を、抱き抱えてベッドに横たわらせた。


 俺が履いているホットパンツのチャックを下げてきた。


「なっっ……何っ……するのっ?」

「マコちゃん初めてだよね? 痛くしないから安心して」

 ダメだ。それだけはダメだ。


 俺は男なんだ。おじちゃんは俺を女だと思って今まで優しくしてきてくれたけど、俺が男だと知ったらどうなるだろう。

 きっと怒り狂って、殺される。


「だっ、ダメっ!」

 咄嗟におじちゃんの手を振り払った。


「ぁ…………」

「……ダメじゃないか逆らっちゃ」

「ごめん……なさいっ……でもっ」

「最初は怖いよね。大丈夫」

 また手を伸ばしてきた。


「嫌っ!!」

「……いい加減にしろよ」

「ごめんなさいっ……え゛ふぅっ!?」

 思いっきり身体を蹴られて吹き飛ばされる。


 ベッドから離れすぎて、足首の手錠がギチッと皮膚にめり込む。


「なんで逆らうんだっ!? おいっ!」

「やめえ゛っ……ごめんなざっ…………」

 髪を掴まれ、腹を何度も何度も膝で蹴られる。


 鍛えていなかったら……今頃気を失っていただろう。


「この糞ガキィッ!!」

「あ゛ぁ゛っ!!」

 髪を掴まれたまま床に顔を叩きつけられる。


「このっ!」

──ブチブチィッ

「あ……?」

 その時だった。


 ウィッグの毛が、おじちゃんに握られていた毛が一気にブチブチと抜けた。

 自分の手に残る大量の髪の毛を見て、おじちゃんはプルプルと震えていた。


「……ち、違うんだ……そんなつもりは……」

「げほっ…………ぅぅっ……」

 痛みに苦しむ俺を、おじちゃんは抱きしめてきた。


「ごめんなっ……許してくれっ……悪気はないんだっ……」

「おじちゃんっ…………」

 本当の髪の毛を抜いてしまったと思ったようで、おじちゃんは泣きながら俺の背中をさする。


「あぁ……苦しむマコちゃんも可愛いよ……痛かったね……」

──ピンポーン


 その時、この家のインターホンがなった。


「ちっ……こんな時に……。ごめんねマコちゃん、はい、髪の毛返すよ」

 手についた髪の毛を煩わしく振り払って俺に渡す。


 そのままおじちゃんは落ち着いた様子で玄関に向かった。


「…………危なかった……」

 もし女装がバレたらおじちゃんに嫌われる所だった。そう思いながら玄関の方に耳を傾ける。


──ドタドタッバタッ

「は、入ってくるなぁっ! やめろっ! そっちはっ!!」

 おじちゃんの叫び声と、大勢の人が入ってくる足音がした。


──ガチャッ

「っ! 1名、マコを発見。何度も暴行を受けた怪我、抜け落ちた髪の毛の束もある。すぐ病院に運ぶ」

 警察の格好をした男の人が、無線で通信をとって俺の方にやってきた。


「辛かったな。もう大丈夫だマコト君」

「マコト……は?」

「シズキ嬢の兄のタケルだ。話は聞いている、病院に連れていくよ」

 マコトと言われて、急に今までの俺が冷静になる。


 足首の手錠を外され、お姫様抱っこをされて家の外に運び出される。


「マコォォッッ!! 僕のマコッ!!」

 複数の警察に取り押さえられたおじちゃんは、必死に俺の方に手を伸ばして名前を叫んでいた。


「っ……おじちゃんっ! 離してっ! おじちゃんを助けられるのは私しかいないのっ!!」

 そんなおじちゃんを見て、俺は咄嗟にもがいておじちゃんの元に行こうと暴れる。


「今の君はマコトだ。落ち着いて」

「ぁっ…………」

 そう言われると、急に冷静になる。なんだこの感覚。俺は……どうしてしまったんだ?


 それから俺はしばらく何も考えることができなくなり、パトカーに運ばれて病院へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る