第4話


──カチャッ……ギギィィ

 鉄の扉が開く音がして目を覚ます。頬に新鮮な空気が触れるが、動く気にならない。

 横になったまま、ただぼんやりとした意識で息をする。


「おはようマコちゃん?」

 あの男の声が聞こえてきた。久しぶりに人と会う。その刺激が何よりの喜びだったが、恐怖も同時に襲ってきた。


「ひぃぃっ…………」

 後ろに身体を這って下がる。

 今から何をされるのだろう。それが怖くて怖くて堪らない。


「泣かないで、おじちゃん怖くない人だから」

 そういって頬にゴツゴツとした手が触れてきて、喋れなくしていた布を解かれる。


 人の温もりを久しぶりに感じて孤独感が満たされる。俺はもう1人じゃない、と心が落ち着く。


「だっ、誰っ……? 私に何をするのっ……?」

 口を開けれるようになって、久しぶりに声を出す。


「大丈夫……何もしないよ。お腹空いてるでしょ? ほら、ご飯だよ」

 口元に何かが当てられる。


「んんっ……何っ!? 嫌だっ!」

 何なのか分からない物を口に入れられそうになり、必死に抵抗する。


「……暴れるなよ!」

「ひっっ」

 顔をガシッと捕まれ叫ばれる。拒絶したら殺される、そう確信した俺は恐怖に震えながら口を開ける。


 口に入れられたのはパンだった。普段なら何の味もしないパンなのに、今だけはパンが物凄く美味しく感じられた。

 それだけなのに涙が溢れてくる。懐かしいパンの味で、シズキやトモキ達を思い出す。


「皆にっ……会いたいよぉっ……」

 泣きながらお願いした。それが絶対に無理な事だと知っていても、お願いしたくなった。


「会いたいよねぇ……でもね。君の友達は誰も君を探していないんだよ?」

「……えっ?」

「寂しいよね。おじちゃんが話し相手になってあげる。今ね、ニュースで交通事故があってるの。マコちゃんの事は何も報道されてない。それってマコちゃんが誘拐されても誰も心配してないって事だよね」

 優しい声で、淡々と冷たい言葉を発していく。それが胸にズキズキと突き刺さり涙が止まらない。


「おじちゃんはマコちゃんが心配だよ。今日もずっと心配してたんだ。元気にしてるかな、寂しくないかなって」

「寂しかったっ……辛いっ……誰かに会いたいっ……」

 感情が言葉となって漏れていく。


「大丈夫。おじちゃんが傍にいるよ」

 再びゴツゴツとした手が頬を撫でてきて、心が落ち着く。


 それからしばらくこの男の人と何気ない話をした。好きな食べ物だったり、将来の夢。趣味の話や、おじちゃんの恥ずかしかった過去の話。

 久しぶりに人と話して、笑って。たまに触れるゴツゴツとした手で安心して。その時間が何よりも楽しかった。


「じゃあそろそろおじちゃん行くね」

「もう行くのっ? んぐっ」

 再び口に布を巻かれて喋れなくさせられる。


「また明日」

「また明日って……あとどのくらい?」

「どのくらいだろうね……眠ってたらきっとすぐにくるよ。じゃあね、マコちゃん」

 その言葉を最後に、ドアと鍵が閉められて車が走り去っていく音がした。


 シンとした冷たい空間の中で、また寂しい孤独の時間がやってきた。


──コツン……コツン

 足で地面を叩いて暇を潰す。それでも、おじちゃんと話している時の方が楽しくて、暇じゃなかった。


 おじちゃんに会いたい。寂しい。話したい。


 また明日。それはきっととてつもなく長い時間なのだろう。

 俺は再び寝たまま用を足し、ぺちゃぺちゃと触って暇を潰しながら明日を待った。おじちゃんが会いに来るまでの間が1番の地獄だった。


 おじちゃんに早く会いたい。

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