第17話
緑のエーサク 〔 森の中の緑〕編
後編〔緑の秘密と森野の想い〕
高校を卒業し、アメリカに渡った森野だったが、卒業する前、緑に1つの課題を残していたのだった。
才能はあるが、それゆえ孤立しやすい森野は、部長という肩書きはあったものの、実際部活動を仕切っていたのは副部長や他の部員だった。
しかし、緑だけは森野に付いて回り、森野が納得のいく映像が録れるまで何日もつきあったり、森野のサポートに徹していた。
それもこれも森野の映像の一部になりたい、その一心からだった。
そんな緑に森野が出した課題とは、「卒業するまでに、この学校の生徒全員を騙してみせろ。」というものだった。
「騙す」という言葉は乱暴だが、緑はその意味をわかっていた。
つまり、騙すというのは、今の自分じゃない別のキャラクターを作りあげ、それを残り2年間違和感なく演じてみせろ。ということだった。
緑は一瞬とまどったが、すぐにうなずき森野を見送った。
そして新学期が始まり、緑は2年生になった。しかしそこには1年生の頃の緑の面影はなかった。
三つ編みにしていた髪はポニーテールにし、メガネは外しコンタクトに。膝の下まであったスカートを膝上まで短くし、少し痩せたせいか、背も高く見えた。
緑は春休みの間、体力をつけるためスポーツジムにひそかに通っていたのだ。
「み、緑⁉ 緑だよね?どうしちゃったの?」
声をかけてきたのは1年の時同じクラスだった、秋山 紅葉(もみじ)だ。
「うん、ちょっとイメチェンかな。また同じクラスだね。」
緑は照れ臭そうに答えた。
2年生になった緑は「映研」を辞め、生徒会に入った。
緑にとって森野の居ない「映研 」には何の魅力もなかったのだ。
もともと頭も良く、真面目な緑は、先生からの信頼もあったので、自ら生徒会副会長に立候補し、徐々に表舞台に立つようになった。
緑はキャラクターを作るにあたり、ある人物に相談していた。
その人物とは、お察しの通り「草村育枝」だ。
母親同士が同期生という、関係から緑も草村をよく知っていた。
しかも草村の父親と森野が知り合いということで、森野もよく草村家を訪れていたのだった。
春休みに緑は草村の家に行き、どんなキャラクターを演じればいいか相談してたのだ。
草村は年下だったが、緑にとっては、よき相談相手だった。
「キャラクターを作る?あ~、森野さんの言いそうなことだな。」
草村は「ふ~」とひとつため息をついて緑を見た。
「じゃあさ、その辺にある漫画を参考にすれば?学園物だったらいろんなキャラクターがいるから。」
草村は部屋に散らばっている漫画を指さした。
「漫画かぁ、これとかいいかな?」
緑は1冊の本を手に取った。
パラパラとめくっていくと
「ん?」
緑の手が止まり、ゆっくりとページをめくり出した。
見つめ合う上半身裸の男子達、徐々に顔が近づき重なる唇。
緑の顔が、だんだん本に近づいて来た。
その様子をニヤニヤしながら草村は見ていた。
「ねえ?これって、」
緑が顔を赤らめながら草村を見る。
「いいだろ~、青春だろ~、純愛だろ~。」
草村が満足そうな顔で答えた。
緑が部屋を改めて見渡すと半分以上はその手の漫画で埋め尽くされていた。
「まあ、こうゆうのも参考にした方がいいのかな。」
緑は部屋中の漫画を、手当たり次第に手に取って読み始めた。
「DVDもあるから、持って行ってもいいよ。」
草村が隣の部屋から大量のDVDを持ってきた。
「ありがとね。育枝ちゃん。」
緑は気になった漫画とDVDを持ち帰り、春休みの間ひたすらキャラクター作りに専念していたのだ。
緑は考えた、「そうだ、どうせ作るなら、今の私と正反対のキャラクターにしよう。」
そうして出来上がったのが、男口調の竹を割ったような性格、誰からも愛される生徒会長。今の「木々野 緑」である。
そして、それから2年の月日が流れ、全校生徒から惜しまれつつ卒業式の日を迎えた。
「木々野先輩、卒業おめでとうございます。」
「緑姉~おめでとう。」
「また、エーサクにも顔を出してくださいよ。」
そこには校庭で、大勢の生徒に囲まれている緑の姿があった。
「緑姉~」
「緑姉~」
憂稀と友生が泣きながら抱きついて来た。
「コラコラ、お前らが泣いてどうすんだよ。
これからのエーサクはお前達にかかっているんだからしっかりな。」
緑は2人の頭をポンポンと撫でながら、優しく言った。
「緑先輩は、やっぱり大学に行くんですか?」
清美が尋ねた。その清美も目が真っ赤だ。
「いや、大学には行かないよ。女優の夢も諦められないからな、とりあえず知り合いの所にでも転がり込もうと思っているんだ。」
緑は懐かしそうに、空を見上げながら言った。
そんな緑達を、校庭の端から静かに見ていた男性がいた。
その男性は両手を前に出し、親指と人差し指で四角を作り、真ん中から緑が見えるように覗くと、少し笑みを浮かべ、クルリと背を向けその場から立ち去ろうとした。
その男性の背中に向かって、勢いよく走ってくる生徒がいた。
木々野緑だ。緑だけはその男性の存在に気付き、さらにはその男性が誰なのかを一瞬でわかったのだ。
「森野先~輩 !!」
緑はありったけの声を出しながら森野に向かって走った。
森野は静かに振り返り、走ってくる緑を見つめた。
緑は森野の目の前で止まり、
「ハァハァ、も、森野先輩・・・あ、あたし、あたし・・・」
緑は息をきらしながら、目に涙を浮かべ、森野を見つめた。
そんな緑の頭を撫で、
「良く出来たな、O.K!合格だ。」
森野は笑顔で答えた。
その笑顔を見たとたん、緑はいままで我慢していた涙が大粒になってこぼれ落ちた。
「うわ~ん!うわ~ん!大変だったんだから、寂しかったんだから~!」
緑は顔をくしゃくしゃにしながら、森野の胸に顔を埋めた。
そこには今までの「男勝りの生徒会長」の姿はなかった。
ただ1人の男性を一途に想う少女の姿があった。
森野は緑の頭を抱え、優しく抱き寄せた。
そんな2人を暖かな光が包み込み、まるで映画のワンシーンを見ているようだった。
その様子を遠くで見ていた友生達は、
「あんな緑姉、初めて見た。」
「でもなんか可愛い。」
憂稀が嬉しそうに言った。
そんな中、草村は携帯で2人を覗きこみ、
「さすが〔光の魔術師〕森野洋成、自分達までか輝せやがった。」
そして携帯で撮った写真を見ながら、ニヤリて笑みを浮かべ、
「フフ、これは「木々野 緑」から「森野 緑」になるのも、そう遠くないかもな。」
暖かな春の光りは、いつまでも2人を 輝かせ続けていた。
お し ま い。。。
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