第15話

〔緑のエーサク〕



〔水の想い…風の歌…〕最終幕 「恋は円周率」



3人がケーキを美味しく食べてる頃、風見は清美を追い掛けていた。


「水川!ちょっと待てって!」


「なによ!追い掛けて来ないで!!神成さんと一緒に居ればいいじゃない!!!」


「だから、違うんだって!」


風見は清美の腕を掴み、引き止めた。


「離してよ!何が違うの!私、この目で見て、ちゃんと聞いたんだから、あなたが神成さんの事「好き」って言って、神成さんが「OK」って言ってたの。」


デパートの通路の真ん中でケンカしてるアベックは、とにかく目立つ。案の定2人は注目の的になっていた。


「ちょっとこっちに来い。」


風見は人目を避けるため、腕を掴んだまま、柱の陰まで清美を連れていった。


「いいか、よく聞け、確かにお前の言う通り言った、でもなあれば練習なんだ。」


「練習?じゃあ、さっさと戻って、神成さんに告白して来なさいよ。そうよね、私みたいなガリ勉女なんて可愛くもないし、めんどくさいだけだよね。私一人舞い上がってバカみたい。だいたい、風見君が私の事好きになるわけないじゃない、風見君は勉強出来るし、スポーツ万能だし、優しいし、それに比べて私なんて、勉強しても風見君に勝てないし、漫画もアニメも知らないし、可愛くないし…」


「あ~!もう!」


風見は、清美の言葉を遮るように、腕を引き寄せ、自分の唇で清美の口をふさいだ。


「え?????何??何???」


清美は一瞬、何が起こったのか解らなかった。ただ、目を閉じた風見の顔がすぐに目の前にあり、風見の唇が自分の唇に触れている感触は確かにあった。


「え~~~~~~?!キ、キス~~~~~!?わたし、風見君とキスしてるの~???!!!」


とっさの事でわからなかったが、キスをしてる間、息をしてない自分に気が付いた。清美は息が続かなくなり、風見の体を押し返した。


「ハァ、ハァ…ななななな何するのよ!」


清美の顔は、ゆでダコのように真っ赤だ。


「いや、だから、よく聞けって。」


風見は一度間を置き、深呼吸をして話し始めた。


「俺はお前の事が好きだ!俺の彼女になって欲しい… ダメか?」


「そ、そのセリフって…」


「ああ、さっき神成を相手に練習してたセリフ…あいつ、いきなり俺の所に来て、「ちゃんと水川さんに気持ちを伝えたの?」って聞いて来たから、「まだだ」って言ったら、「ちゃんと言葉で伝えなきゃダメだよ。」って、無理矢理練習させられてたんだ。」


「じゃあ、今のセリフは…」


「だから、俺の水川に対する気持ちだ。もう一度言うぞ、水川、俺の彼女になってくれ。」


そう言うと、風見はポケットから、小さな包みを取り出した。


「ホントはさっきのレストランで、バースデーケーキを食べながら、渡そうと思ってたんだけど…

誕生日おめでとう、水川。」


「え!?あ!今日、わたしの誕生日だったんだ。」


「え?なんだよ、自分の誕生日を忘れていたのか?」


「だ、だって、映画撮ったり、いろいろあったから…

開けてもいい?」


「ああ…」


「あ!これ、さっきの…」



実は、2人がレストランに入る前の店で、こんなやり取りがあったのだ。



「あ、これカワイイ。」


「え?これか?ちょっと大学生には可愛すぎないか?」


「違うよ、わたしが欲しいなって…」


それは猫のブローチだった。


「ほら、この猫、ブッちゃんに似てるんだ。」


「ブッちゃん?」


「ほら、この間、風見君が見つけた子猫。」


「ああ、そういえば、お前が一匹世話してくれてるんだってな。ありがとう。」


「うん、お母さんに頼んだら、一匹だけならいいって言ってくれたから。」


「今度さ、その子猫、見に行ってもいいかな?…」


「え?!風見君がうちに来るの?」


清美は心の中で、嬉しさと恥ずかしさが、ごちゃまぜになっていた。


「それ、買うのか?」


「う~ん、どうしようかな、今月のお小遣も少ないから、来月まで待とうかな?」



そんなやり取りのあと、お姉さんのプレゼントを買い、店を出たのだった。

しかし、風見は忘れ物をしたと言って、一旦店に戻り、清美に内緒であの猫のブローチを買っていたのだった。


「いいの?貰っちゃって?」


「いいに決まってるだろ、他に誰が受け取るんだよ。ホントは今日、お前の誕生日を祝うのがメインだったんだ。お姉さんのプレゼントを選んでもらうのは口実なんだよ。

俺はお前に嫌われてるみたいだったから…」


「そ、そんな嫌ってなんか…」


「でも、なにかあるたびに突っ掛かってきたじゃないか。」


「い、いや…あれは…風見君の事が…す… と、とにかく嫌ってなんかないから。」


「そ、そうか、よかった。俺、こんなに女の子の事が気になった事はないから、どうしたらいいかわからかったんだ。テストなら考えれば答えが出るけど、このことに関しては、考えても考えても答えが出ないんだ。まるで円周率を延々と言ってるような…」


「円周率…?考えすぎだよ、風見君。そんなに考え過ぎないでいいんじゃないかな、円周率だって「π」(パイ)一文字で表してるんだし。好きなものは好き、それでいいんじゃないかな。わたしは風見君の事が好き…風見君の彼女にしてくれる?」


「ほ、本当か?」


「うん…よろしくね…」


「いゃった~~~~~!!!」


風見は清美に抱き着き、グルグルと回った。


「ち、ちょっと風見君…みんなが見てる…」


「あ、ご、ごめん。」


「う…うん…」


「じゃあさ、もう一回お祝いしないか、水川の誕生日と俺達の記念日ということで。」


「うん。そういえば、さっきバースデーケーキとか言ってなかった?」


「実はさっきのレストランに予約しておいたんだ。あのレストランは、なんでもアメリカからパティシエが来て、ケーキが無茶苦茶美味しいって評判になったんだ。」


「へ~、そうなんだ。よく知ってるね~」


「実は、草村から聞いたんだけどな…あいついろんな事知ってるから。」


「じゃあさ、早く戻ってケーキ食べよう。」


「ああ、そうだな。」


2人は、どちらからともなく手を繋ぎ、レストランに戻った。

その最中、風見は1つの不安が頭をよぎっていた。

それはバースデーケーキの事だ、店から出る際ケーキを友生のテーブルに運ぶように頼んでおいた風見だか、友生だけなら、人のケーキを食べずいるだろうが、あの憂稀も一緒ということを忘れていたからである。


急いでレストランに戻った2だったが、風見が目にしたのは、口のまわりに生クリームをつけた憂稀の姿と申し訳なさそうに風見を見つめる友生と香の姿だった。


「あ~!やっぱり遅かったか~…」


「え?何?これってもしかして、わたしのバースデーケーキ?あなたたち、全部食べちゃったの?」


すると友生が、


「いや、これにはちょっとした訳があって…」


すると憂稀が、


「それに全部食べたわけじゃないわよ。ほらここ、ここ。」


憂稀が指をさした先には、チョコレートの板があった。そのチョコレートには「HAPPY BIRTHDAY to清美」と書かれてあった。


「さずがにそれは食べれなかったわ。」


「あなたは黙ってなさい!」


「お前らなぁ…」


「違うの翔君、聞いて聞いて。僕と香ちゃんがアベックに間違われて、香ちゃんが清美ちゃんと思われちゃって…店員さんも、いつ食べるんだみたいな顔で見てて…」


「ごめんね清美ちゃん。誕生日のこと忘れちゃってた。」


「もう、いいわよ、香。わたしも自分の誕生日を忘れてたんだから。」


「もとはと言えば、風見君が飛び出して行くからいけないのよ。」


「な、何言ってんだ!お前が変な事言わせるからいけないんだろ!」


「でもおかげで、カチンコチンになってるじゃない。ね~友生~。」


「カチンコチン?なんだそれ?」


「まあ、いいからいいから、ほら、いつまでも手なんか繋いでつっ立ってないで、みんなでお祝いしましょ。もちろん風見君のおごりで。」


「な、なんでお前らのまで俺が出さなくちゃいけないんだ。」


「だって、風見君が中途半端な告白するから、みんな心配してついて来ちゃったんだから。」


「香、あなたもなの?」


「だって、清美ちゃん、男の人とデートしたことないから心配で…」


「あ~!もう!わかったよ。今日だけだぞ。」


「やった~!」

「やった~」

「やった~!!」


4人はメニューを見ながら、


「どれにしようかなぁ~」


「え?お前ら、まだ食べるのか?」


「だって~、ここのケーキ、無茶苦茶美味しかったんだから。」


「ホント?神成さん?」


すると友生も、


「ホント、ホント。何個でもいけちゃうぐらい美味しかった。」



4人が、ケーキを選んでいると、店に1人の女の子が入って来た。


「お、なんだ、なんだ。風見がケーキをおごってくれるのか?」


草村育枝だった。


「く、草村…なんでお前がここに…」


「ちょっと買い物があってな。それに風見、この店を教えたのは、あたしだろ。」


「草村さんも、一緒にケーキ食べよ。」


誘ったのは憂稀だった。


「ちょっ、ちょっと待て…」


風見がとめようとすると、


「そういえば、さっき面白いものを見たぞ。どっかのアベックが人目もはばからず、路チ…」


風見は大声で草村の声を遮り、


「わかった!わかりました!みんなで水川の誕生日をお祝いしよう!!」


するとそこへ、


「デーマエ、デーマエ、カエッテキテモ、デールマエ。」


カタコトの日本語の歌が聞こえてきた。


「タダイマ、カエリマシタ。」


そこには、店の制服を着たスーの姿があった。


「あれ?スー?こんなところで何してるの?」


「オ~、トモ~キ、あれ?ミナサンオソロイデナニシテイルンデスカ?」


すると草村が立ち上がり、


「紹介しよう。彼女は、ここのパティシエの娘さんだ。


「え~~~~!!!」


みんな一斉に声を上げた。


「じゃあ、もしかして、スーのお母さんがパティシエ?」


「友生はスーのお母さんを知ってるのか?」


「うん、よくスーから聞いたんだ、ワタシノママサンハ、オカシヅクリガダイトクイデ~ス」って」


「得意ってレベルじゃないよこれ。」


「ところで、スーはなんでここにいるの?」


「オー、アルバイトデ~ス。イマ、チカノヒミツキチマデデマエ二イッテキマシタ。」


「秘密基地?」


憂稀が不思議そうに尋ねた。すると草村が、


「要約するとだな、ここのケーキは有名だから、地下の食料品街にも、店を出してるんだ、だからそこに配達して来たんだ。」


「よく知ってるな。」


風見の問いに、


「ああ、スーのお母さんをこの店に紹介したのは、あたしだからな。」


「な、なんだって!?」


「トコロデ、ミンナソロッテナニシテルンデスカ?」


すると憂稀が、


「今日は水川さんの誕生日なの。だから風見君のおごりで、お祝いしてるの。ね~友生、香ちゃん。」


「お前な~…」


「ジャア、ワタシモオイワイシマ~ス、カザミヨロシクデ~ス。」


「え?アルバイトはいいのかよ。」


「ダイジョウブデ~ス、サッキノデマエデオワリマシタ。」


「よし、決まりだな。よろしく風見。」


「あ~、もう、わかったよ。好きなのを選べよ。」


スーも加わり、それぞれケーキを選んでると、


「あ~、いたいた。お~い、来たよ~!」


見覚えのある2人がやって来た。すると草村が、


「お~、雪山と光。よく来た。」


「あ!光君だ。」


憂稀が右手を高く上げた。すると光が、


「イェーイ!!」


パチンとハイタッチをした。


「でもなんでお前らまでここに来たんだ。」


風見が不思議そうに聞くと、冬李が、


「草村から連絡があったんだ、ここに来るようにって。」


「そうそう、この時間に来れば、タダでケーキが食べれるって。」


光が嬉しそうに言った。


「草村~!!!お前ってやつは~」


風見は草村を睨みつけた。


「まあまあ、そう言うな、どうせならエーサクのメンバー全員で祝いたいじゃないか。」


「でも、お前ら、わざわざケーキ食べにここまで来たのか?」


ケーキを選んでる光に風見が尋ねた。


「ううん、冬李に映画に誘われて、さっきまで映画を見ていたんだ。」


「映画?何の?何の?」


憂稀が食いついた。


「傷物語」


「キス物語…?」


清美が少しビックリしたように尋ねた。


「アハハ、違うよ水川さん、「キス」じゃなくて「傷」だよ~。わたしも見たかったんだ。ね~、友生、私たちも見に行こ。」


「そんなことはいいから、おい草村、もう誰も呼んでないだろうな。」


「安心しろ、エーサクのメンバーしか呼んでないよ。」


「エーサクのメンバーって…全員呼んだのか?って氷河がいないけど…」


「氷河?ああ、あいつならずっと前からあそこにいるぞ。」


草村はレストランの1番奥の隅を指差した。

するとそこには氷河が手を振っていた。草村は氷河に向かって、こっちに来いと手招きをして、氷河を呼んだ。


氷河は近くに来るなり、


「よかった~、呼んでくれないかと思って心配してたんだ。」


「氷河君も来てたんだ。」


香は嬉しそうだった。


「で、なんでお前はここにいるんだ?」


風見は氷河に詰め寄った。


「先生に頼まれてな、ここにお前達が来るから、見張ってろって。」


「く~さ~む~ら~、お~ま~え~」


「まあ、まあ、まあ、今日は水川さんの誕生日だろ、祝うならみんなで祝おうじゃないか」


草村は風見の肩をポンポンと叩き、席についた。


「さて、これで全員揃ったな。」


「え?これで全員だっけ?あと1人いたような…」


友生が呟くと、憂稀が、


「あ、緑姉だ。緑先輩がいないんだよ。」


すると草村は、


「部長には連絡してないんだ、受験勉強で忙しいからな、夏休みも撮影で無理させたから。」



実はもう1人、連絡してない人物がいた、「雲井」だ。キャラ的に何も取り柄のない雲井は呼んでも何もないだろうと、草村はあえて連絡しなかったのだ。

案の定、誰も雲井が居ないことに気付くことはなかった。


「みんな、飲み物は持ったな?よし、それじゃ乾杯しようじゃないか。」


「乾杯の音頭は誰がとる?」


「オンドハモチロンクサムラノボスデスネ~」


「ボス?」


不思議そうに草村を見つめる清美に、


「だな、エーサクのボスに頼むか。」


風見が草村に頼んだ。


「異議な~し。」


全員声を揃えて答えた。指名をうけた草村は席を立ち、


「よし、それじゃ乾杯の前に、せっかく全員揃っているから、伝えておきたい事がある。

緑部長が卒業する前に、卒業記念作品を作りたいと思うんだ。緑部長は戦隊物が好きだから、戦隊物にしようと思う。またみんなの力を貸してくれ。

と、事務連絡はここまでにしてと…

改めて、水川清美の誕生日と、エーサクのこれからの発展と、それから2人の初路チュウを記念して、カンパ~イ!!!!」


「カンパ~イ!!!」…って!?


「え?え~~~~~~~~!!!!!」


みんな一斉に風見と清美を見た。2人は真っ赤になって下を向いた。


「バ、バカッ!草村!黙ってるって約束したじゃないか!」


「おや?そんな約束はした覚えないけどな、まあ、いいじゃないか、めでたい事なんだし。」


「え~?水川さんに先越されちゃった~。ね~友生、わたしもしよ。」


憂稀が友生の唇を奪おうとした。


友生は「ちょ、ちょっと憂稀…、待った待った。ここでキスしても、レストランの中だから、「路チュウ」にはならないよ。「レスチュウ」になっちゃうよ。」


友生は顔を背けながら、冷静に憂稀の唇ををかわした。


みんなそれぞれ喋りながら、ケーキを食べていた。そんな中、思いもよらず大人数になった事を心配した清美が、


「風見君、こんなに大勢のケーキ代出して大丈夫?わたしも少し出そうか?」


「いいって、いいって、お金は余裕を持って来てるから、それに今日はお前が主役だからな、そんな事より、ごめんな、なんかこんな大騒ぎになっちゃって。」


「ううん、大丈夫。わたし、こんな賑やかな誕生日は初めて、楽しいよ。風見君、プレゼントありがとうね、大切にする。

そ、それからね…わたしの事…な、名前で呼んでくれない…?だ、だってわたし達、ほ、ほら…アレ…したし……」


風見はキスの事だとすぐにわかった。


「じ…じゃあ、清美…」


「うん…、翔…君…。」


すると清美は何かを思い出したように微笑んだ。


「ウフフ、でも恋愛を円周率に例えるなんて、翔君らしい。」


「え?そ、そうかな…。な、なぁ清美、これからいっぱいデートしような。π(ぱい)だけに。」


どや顔で言い切る風見に

「え?………」


清美はキョトンとした顔をした。


そんな2人に気付いた憂稀が、


「ほら、そこ、何を2人でイチャイチャしてるのよ。」


すると、風見が、


「な、イチャイチャなんかしてないぞ…、ほ、ほらあれだ、円周率…そう、円周率の話をしてたんだ。」


「円周率~?もう~、こんなとこでも勉強の話?頭のいい人の考える事はわからないな~。」


するとすかさず草村が、


「いや、いや、風見の事だ、ど~せ「いっぱい思い出作ろうな、π(ぱい)だけに」とか何とか言ってんだろ。」


「え~!?何それ?ダッサ~イ!」


すると光も、


「アハハ、親父ギャグ~!」


「ねえ、ねえ水川さん、やっぱりそんな「昭和枯れすすき」やめておきなよ、アハハ。」


憂稀の言葉に、


「だ、誰が「昭和枯れすすき」だ!!


そんなやり取りを微笑みながら見ていた清美は、


「ねえ、翔君…私たち、いつまでも円満で居ようね。「円」だけに。」


「あ…」


風見の顔がほころんだ。




お・し・ま・い




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