第12話
〔緑のエーサク〕
〔水の想い…風の歌…〕第12幕「初恋」
「お、俺…前からお前のこと…今度の中間試験で俺が勝ったら付き合ってくれ」
風見が決死の覚悟で清美に告白した数日後、中間試験前日の夜を迎えた。
それぞれの思いを胸に夜は更けて行くのだが、清美だけは勉強など、まったく手に付かず、いろんな思いが頭の中をグルグルと回っていた。
「さぁ、今度こそ予習しなくちゃ。みてらっしゃい、次こそ風見君に勝ってやるんだから。
でも…もし…負けたら…風見君が私の彼氏って事になるんだよね…
風見君が彼氏…… ま、まぁ、風見君は勉強出来るし、優しいし、猫好きだし… あ、彼氏って事は、私と風見君が、こ、恋人同士って事だよね。恋人って、やっぱりデートしたり、手をつないだり、き、き、キ、キ、キス…とかするのかな。しなくちゃいけないのかな…こ、恋人同士なんだもん、キスぐらいは当然だよね。アメリカじゃ、挨拶みたいなもんだし、私と風見君がキス…
息は止めなくちゃいけないよね。目も閉じるんだよね、たしか。でも目を閉じたら、唇の場所がわからないんじゃないのかな。薄目を開けててもいいのかな、風見君、背が高いから少し背伸びした方がやりやすいかな。風見君てキスしたことあるのかな。」
清美は近くに置いてあったクマのぬいぐるみを相手にキスの練習をした。
「ぷはぁ!やっぱり30秒ぐらいが限界ね。でも風見くんは男だからもっと我慢出来るかも…、そうだ、口は付けたまま、鼻呼吸すれば何分でも出来るはず。いいや、ダメだダメだ。鼻息が聞こえたら恥ずかしくて死んじゃうよ。どうしたら…
そもそもなんで私なんだろ?風見君て結構モテて何人もの告白を断って来たって聞いてるけど… だいたい勝負ってなによ、ちゃんと普通に告白してくれれば、私だって普通にOKするのに…
え?今… 私なんて言った?告白されたらOKする?え?え?私、やっぱり風見君の事が好きなの?でも、もし私が勝ったら、風見君とは付き合えないって事?
ちょ、ちょっと待ってよ、愛し合う2人が付き合えないってどういう事?
結局、私はどうすればいいの?風見君が勝ったらキスされるし、私が勝ったらキスは出来ない。私は風見君が好きなのに…」
考え過ぎた清美は、風見が勝ったら「付き合う」から「キス」に変わっていた。
「ええい、考えてもしょうかない。あいつの私に対する気持ちがどれくらいのものか試してやる。本気の私に勝つぐらいじゃないとね。そうと決まったら、早速テスト勉強しなくちゃ。
でも、その前にキスの練習もした方がいいかな?」
清美はクマのぬいぐるみに何回も何回もキスをした。
清美がキスの練習をしている頃、眠れない夜を過ごしている者が他にもいた。
それは、次の試験こそトップの座を奪い取ろうと頑張っている氷河ではなく…
「ほらほら憂稀、寝ちゃダメだよ。今回の試験で水川さん達に勝つのはムリだとしても、順位を大幅に上げて、みんなをギャフンて言わせるんでしょ。その為に泊まり込みで勉強してるんだから。」
「だって~、ギャフン。」
「ほらほら、憂稀がギャフってどうするの、もう少し頑張ろ。」
「アハハ、友生ったらおもしろい~」
「まったく憂稀ったら…じゃあ少し休憩しようか。少しだけだよ。」
「やった~、友生~愛してる~!」
憂稀は友生に抱き着きキスをしようとしたが、両腕で突っぱねられ阻止された。
「もう、友生ったら恥ずかしがり屋さんなんだから。」
憂稀がポテチの袋を抱え込み、口いっぱいに放り込み食べていると、少し沈んだような表情をした友生が話しかけてきた。
「ねえ、憂稀。水川さんと翔君の事なんだけど、あの2人て付き合うのかな?」
「ん?はのふはり?は~ふひあふんひゃはいほ?へっほうほひはひひはいはひ。」
「ごめん、何言ってるかわからない。」
憂稀は口の中のポテチを全部食べ終えると、
「なになに友生、あの2人が羨ましいの?
「そう言うんじゃなくて、なんかこの間から、胸がチクチクするんだ。」
「なにそれ?何かの呪い?それとも、友生の胸が少しづつ成長してるとか?」
「そんなんじゃないよ。翔君の顔見ると、胸がチクチクするんだ。」
すると今までふざけて答えていた憂稀が少し真顔になり、
「友生、この間っていつの事?」
「え~っと、翔君が水川さんに告白した時からかな?」
「友生、あなたまさか…」
そのまさかだった、友生は生まれて初めて恋をしたのだった。小さい頃から憂稀と一緒に育った友生はいつも憂稀と遊んでいたため、異性との交流はほとんどなかった。まあ、友生の知らないところで憂稀が友生に近づく異性を排除していたのではあるが。
「ねえ友生、あなた風見君の事どう思う?」
「どう思うって?」
「好きか嫌いかって事よ。」
「ボクは翔君のこと好きだよ。最初は何このうっとうしい人って思ったけど、優しいしおもしろいし、困った時なんか助けてくれたりしたからね。もちろん憂稀も大好きだよ。」
友生にとって風見は初めての異性の友達だった。にこやかに返事をする友生に対して、真顔になった憂稀が核心をついた。
「じゃあ、質問を変えるわ、もし風見君が他の女の子とキスしたらどうする?」
一瞬友生の顔が曇った、と同時に友生の胸に痛みが走った。それは今までのようなチクチクとした痛みではなく、なにかに貫かれたような激しい痛みだった。
「そ、それはその…翔く…んが…決めるこ…と…だから…」
友生が言葉を言い終わらないうちに大粒の涙が溢れ出した。
「あ…れ?ボク泣いてるの…?」
「友生はね風見君の事を友達としてじゃなく1人の男性として好きなの。だから風見君に好きな人がいることが辛いのよ。
あなたは風見君に恋したの。友生、泣きたい時は泣いてもいいのよ。さぁ、私の胸で泣きなさい。」
憂稀はおもむろに服を脱いで両腕を広げた。
「ちょ、ちょっと、憂稀、なに脱いでるの!?」
「ちぇっ、ばれたか…」
「もう…憂稀ったら。」
「まだ大丈夫だよ友生。風見君と水川さんが付き合ってる訳じゃないんだから、友生にだってチャンスはあるよ。友生にも良いとこいっぱいあるし。」
「たとえば…?」
「え~っと、友生は… 水川さんと比べたら、背は…低いか…、頭は…水川さんの勝ち…、身長も…水川さんの勝ち…、胸も…水川さんの勝ち…、スタイルは…これまた水川さんの勝ち…。」
「いいよ…もう…、惨めになるだけだから。それに風見君が水川さんを好きなのは間違いないみたいだし…それにわがまま言って翔君を困らせたくないから…
そうか…これが恋なんだ…恋って苦しいんだね。漫画と違うや…初めての恋と初めての失恋を同時にしちゃった…ボクも水川さんみたいにスタイルが良くて女の子みたいだったら翔君も好きになってくれたかな?」
「違うよ友生!友生は今のままが1番ステキなんだよ!」
憂稀が目に涙を浮かべながら叫んだ。
「私は知ってるもん!友生がどれだけ優しいか、私がどんなにだらし無くても、わがまま言って友生を困らせても、友生は絶対見捨てたりしなかったもん!私は友生が好き!今のままの友生が好きなの!うわぁ~~ん!!」
憂稀は自分の思いを叫ぶと顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「憂稀…、ありがとう…憂稀が幼なじみでよかった。ボクも憂稀の事、大好きだよ。じゃあ…今日は憂稀に甘えようかな?」
「ぐすっ、うん、いいよ。ちょっと待って脱ぐから…」
「だから、なんで脱ぐんだよ… くすっ…まあ、いいか。」
そして友生は憂稀の胸に 顔を埋めた。
「憂稀の胸って柔らかくて、あったかいや… う…うっ、うわぁ~ん!うわぁ~ん!」
友生は胸につかえていた物が一気に取れたように大泣きした。
そんな友生を憂稀は泣き止むまで頭を撫でながら抱きしめていた。
そして、試験当日の朝が来た。
香と一緒に登校してきた清美は、あきらかにいつもと違っていた。目の下には大きなクマを作り、くちびるも赤くなり少し腫れていた。
「清美ちゃん、大丈夫?」
「うん、だ、大丈夫。ちょっと練習…予習し過ぎちゃった。」
2人が校門に入ると、同じように目の下にクマを作って、フラフラと歩いてる憂稀がいた。その横には目を真っ赤にした友生もいた。
「え?何?神成さんも徹夜したの?なんであなたがそこまでしなくちゃいけないのよ。」
清美は憂稀が徹夜をする意味がわからなかった。
「ふっ、あなたたちをギャフンと言わせる為よ。」
憂稀は精一杯強がったが、まったくのウソである。
昨日、あれから2人は勉強するのを諦め、寝ようとしたが、友生が失恋の寂しさからか憂稀の布団に潜り込み腕に抱き着いていたのだった。憂稀はそんな無防備な友生の寝顔を一晩中見ていたのである。
と、そこへ風見がやって来た。
「なんだ水川その顔、徹夜までして勉強したのか。嫌われているとは思ってたけど、そこまでとはな。ちょっとショックだよ。」
清美は風見のくちびるが気になって、まともに顔も見れなかった。「負けたらキス」のフレーズが頭の中を駆け巡っていたのである。
そして風見はいつもと違う憂稀と友生にも気がついた。
「なんだ?神成まで徹夜か?まあ、どうせお前のことだから、漫画でも見てたんだろ。友生は付き合わされたのか?目が真っ赤だぞ。顔も赤いし熱があるんじゃないか?」
風見は友生の額に自分の額をくっつけた。
「なんでもないよ。昨日の憂稀が無茶苦茶面白くて、涙が止まらなかったんだ。」
友生は溢れ出しそうになる涙をこらえ、笑ってみせた。そんな友生の腕を憂稀が引っ張り、
「こら風見、私の友生に手を出すな!いこ、友生。」
そう言うと、そそくさと校舎に入って行った。
そんなやり取りを見ていた清美は、
「なによ、風見君たら。上地さんとイチャイチャして、私の事が好きじゃないの?」
そして風見を指差し、
「風見君!今度こそ絶対あなたに勝ってやるんだからね。」
「ああ、のぞむところだ。もし、俺が負けたら、お前の言うことなんでも聞いてやるよ。」
それを聞いた清美の頭の中は、「負けたらキス」から「勝っても負けてもキス」になったのだ。
「わ、わかったわ、後悔しても知らないから。行こう、香。」
そう言い残すと清美達も校舎の中に入って行った。
そして数日後、運命の結果が発表された…
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