第11話
〔緑のエーサク〕
〔水の想い…風の歌…〕第11幕「東京ビッグサイト」
夏休みも残り2週間あまりになった頃、風見を除くエーサクの面々は、東京ビッグサイトに集まっていた。
「あ、いたいた。あそこが無策先生のブースだ。」
氷河を先頭に、ところ狭しと並べられた机を掻き分けながら、憂稀達が草村の所へやって来た。
「ものすごい人なんだね~」
「迷子になるかと思った。」
「氷河君が一緒に来てくれて助かった。ありがとうね、氷河君…。」
香はお礼を言いいながら、氷河を見つめた。
「で、あたしはどこで脱げばいい?」
「せ、先輩!まだ脱がなくていいですから!」
人前で服を脱ごうとする緑を清美が慌て緑を止めた。緑は早くコスプレがしくてたたまらなかった。
コスプレといえば氷河なのだが、今回は草村からコスプレ禁止令が出ていた。
そのかわり、草村のブースを手伝うように命令されていたのだ。
毎回コスプレをしてる氷河にとってはコスプレが出来ない事は残念だったが、それ以上に自分の大好きな作家の手伝いが出来ると大喜びだった。
氷河が案内してくれたブースには草村らしき人影はなく、見知らぬ女性が座っていた。
「あの人誰だろ?草村さんの知り合いかしら。」
「綺麗な人だね。」
「草村さんはどこ?」
清美達が、ヒソヒソとしゃべっていると、氷河はなんの躊躇いもなくその女性に話しかけた。すると、
「お~、やっと来たか。待ってたよ。」
いつもの草村の声だ。キョトンとする清美達をよそに、
「氷河、あのダンボール箱をこっちに運んでくれ。あ、それから、今日はこのTシャツな。まあ、スタッフTシャツみたいな物だ。特別に作ったんだぞ、ありがたく着るように。」
「ありがとうございます。感無量でごさいます。」
氷河は両手を高く差し出し、お辞儀をしながらTシャツを受け取った。
「も、もしかして、あれ草村さん?」
「ウ、ウソ…!」
「凄くキレイ…」
清美達が驚くのもむりもない、草村育枝のトレードマークでもある眼鏡は外し、髪の毛もオシャレにセットし、大人っぽい白いワンピースに、ちゃんと化粧までしている。そう、コミケにいたっては草村育枝ではなく、榮倉無策なのだった。
ボー然と立ってる清美達に、
「ほらほら、そんなところに立っていたら、邪魔になる、こっちに入れ。」
草村にうながされ、清美達はブースの中に入った。
「じゃあ、早速手伝って貰おうか。このダンボールから本を出して並べてくれ。」
草村の後ろには何段も重ねられたダンボール箱が置いてあった。
憂稀がダンボールを開け本を手にとると、
「あ~、この本、私達が手伝ったやつだ。」
憂稀が嬉しそうに叫んだ。正確には、憂稀はこの本に一切かかわってないのだか、そんな事は関係なかった。
「〔幼なじみは僕の母親?!〕?へ~、こんなタイトルだったんだ。」
そう、この漫画こそ、のちに〔緑のエーサク〕の代表作になる作品だった。しかし、この時点ではこの漫画を演じる事になるとは草村以外、誰ひとり夢にも思ってなかった。
「あれ?こっちの箱にある漫画は見たことないよ。」
香が手にとり清美に見せた。タイトルは〔実録!生ボイス!!〕
表紙には見つめ合う2人の男性が描かれてあった。タイプは違えど、どちらもどことなく氷河に似ていた。
「あ~、それか。みんなが手伝ってくれたおかげで、時間に余裕が出来たからさ、ちょっと書いてみたんだ。試したい事もあったからな。」
そう言うと、ブースの端に音楽プレイヤーとイヤホンを置き〔試聴コーナー〕という貼紙をした。
そして、その隣には漫画とCDをセットにし、並べ始めた。
実は、「時間が余ったからついでに書いた」というのはウソだった。草村的には今回のコミケは、こっちの方がメインだったのだ。
「さて、そろそろ時間だな。」
草村は時計を見ながら、氷河の近くに行き、
「今日は頼んだぞ。」
草村が、ポンと氷河の背中を叩くと同時に背中に貼ってあった白い布を剥がした。そこには〔声の主〕という文字が大きく書かれてあった。
香がその本を手にとり、パラパラと中を見て、思わず赤面しすぐに本を閉じた。
それを見ていた憂稀も本を手にとり中を見た。
「うわっ!なにこれ!」
そこにはベッドの上で愛し合う男性の姿が描かれていた。ストーリー性も何も無い、ただ愛し合ってるシーンが書かれていたのである。
「じゃあ、このCDは?」
今度は友生がイヤホンを耳に付けCDを聞きはじめた。そこにはなにやら聞き覚えのある声と会話が流れていた。
「これって、この間の風見君と氷河君?」
「え?」
それを聞いた清美は、片方のイヤホンを友生から貸してもらい耳にあてた。
「ホントだ、この間草村さんのマンションで聞いてた声だ。でも…なんか…」
清美はマンションで聞き耳をたてていた時に、聞いた声とは少し違うように聞こえた。
もちろん、草村がそのままCDにするはずがない。草村は風見と氷河が「耳かき」をしてる時、終始目を閉じていた。そして声を頼りに、自分の中で映像を作っていたのだ。草村にとって、その映像こそが真実であり、またその映像をリアルに再現するのは、ごく当然のことなのである。
草村は、いろんな効果音を入れ、まさに2人が体を重ねて愛し合ってるかのように仕上げていた。
さらに、漫画に書く事によって、2次元で楽しみながら、CDで想像し、さらに声の本人を見る事により、よりリアルな想像も出来るのだ。
草村は漫画のキャラクターをどちらも氷河に似せて書いていた。攻め受けどちらが氷河本人かは読者に任せたのである。
本を並べ終わった頃、友生が本を手にとり、
草村に尋ねた。
「ところでさ、この〔榮倉無策〕って草村さんの事?」
「ああ、私のペンネームだ。誰も気が付いてなかったけどな。あの氷河ですらわかってなかったみたいだな。」
それを後ろで聞いていた氷河が、
「まさか、同じ学校に、しかも同じ学年に先生がいるなんて思ってもいませんでしたよ。」
そして得意げに話し始めた。
「クサムライクエ」反対から読むと「エクイラムサク……あれ?〔えいくらむさく〕にならない??」
自信満々に話した氷河だったが、間違いに気づきがっくりと肩を落とした。
「ホントのところはどうなの?」
憂稀が、このモヤモヤ感をどうにかしてほしいという感じで聞いてきた。
「ん?氷河の言う通りだよ。名前を反対から読んで、ゴロが悪かったから、クとイを入れ替えただけだ。深い意味は無い。」
草村が名前の由来を話したと同時に、開始のアナウンスが鳴りコミックマーケットがスタートした。
そして、着替え終わった緑が草村のブースに帰ってきた。
緑は葉っぱをあしらったビキニ姿のコスプレをしていた。これは物語のクライマックスに登場する「木の妖精」の衣装だった。
あっという間に緑の回りにはカメラ小僧が群がった。
そして、CDの試聴コーナーもすぐに人だかりが出来ていた。
草村のブースは人が途切れる事なく、エーサクの面々は人々の対応に追われていた。
「いつもこんなに忙しいの?」
友生がお釣りを渡しながら、草村に聞いた。
草村は買ってくれた人達と握手をしながら、
「いや、いつもは1種類しか置かないから、ここまでの事はないかな。でも君達が居てくれて助かったよ。いつもは風見と2人きりだから。」
風見の言葉に清美がピクッと反応した。
「そういえば、今日は風見君来てないよね。」
憂稀が草村に尋ねた。
「いつも無理矢理手伝ってもらってるからな、今日はみんなが来てくれるから、来なくてもいいって言ったんだ。もともと人混みは苦手なんだ、あいつは。」
「へ~、そうなんだ。」
納得したように返事をする憂稀に対して、清美は風見が来ない事がわかり、ガックリと肩を落とした。
草村の説明には1つ抜けていた事があった。いつも無理矢理付き合わせている事、風見が人混みが苦手な事、これらは確か本当なのだが、もう1つ風見に来て欲しくない理由があったのだ。
それは、後から作った例のCD。もちろん風見には内緒で作ったのだから、ばれると販売を阻止される可能性があった。氷河にも内緒にしていたが、氷河ならどうにでもなると思っていたのだ。
それどころか、逆に自分が「榮倉無策」の作品になっている事を知ったら、調子に乗るのはわかっていたので、あえて秘密にしていたのである。
草村の予想通り、CDはどんどん無くなっていった。買う人もさまざまで、まず本見て、CDを聞く人、CDを聞いて本を見る人、しかし共通しているのは、必ず最後に氷河を見て、なにやらヒソヒソと話し込んでいるのだ。中には氷河に手を振ったり、一緒に写真をねだる女性もいた。
氷河は訳のわからないまま、女性達のリクエストに答えた。
もともとコスプレの大好きな氷河だ。自分のコスプレのファンか何かと思っていたのかもしれない。
本の数が少なくなるにつれ、香の顔が曇っていった。そして隣にいた清美に、
「ね、ねえ、清美ちゃん。この本って、私達が買ってもいいのかな?」
香はあえて、氷河が描かれている本とは別の本を手にとり、清美に聞いた。
もちろん、香が本当に欲しかったのは氷河が描かれていた本だったが、恥ずかしくて言えなかった。
「ん~、どうだろ~。お金をちゃんと払えばいいんじゃないかな?実はね、私も欲しいと思ってたんだ。」
清美も自分が書いた漫画がちゃんとした本になってる事が嬉しくて欲しくなっていたのだ。しかも、最初は「ベタ」だけだったが、絵の上手さを買われ簡単な背景も書いていたのである。
清美は草村に聞いてみたた。
「ねえ、草村さん。この本て私達が買ってもいいの?」
「ん、別にいいよ。誰が買っても自由だ。でも、その必要はないかな、みんなの分は別に取ってあるから、手伝ってくれたお礼だ。もちろん、こっちの本もな。」
草村はCD付きの本を手にとり、香にウインクをしてみせた。
香は顔が赤くなり下を向いた。
草村の書いた本は、どちらも終了の合図を待たずして完売となった。メンバー達はハイタッチをし、お互いをねぎらいあった。
「さて、今日はもうすぐ終わるけど、あたしは明日、明後日もここに来るから、撮影は休みだ。みんな好き勝手にやってくれ。」
草村は片付けながら、みんなに伝えた。
氷河はもちろん、明日も明後日もここに来るつもりだった。今回の為に、新しいコスプレも作っていたのである。
「ねえ、友生~、私達も明日来ない?」
憂稀が甘えるような声で、友生に尋ねた。
「ダメだよ、憂稀は。宿題が全然終わってないんだから。まったく写そうともしないで、遊んでばっかりなんだから。この2日間で、出来るだけやろうよ。ボクも手伝うからさ。」
友生はポンポンと憂稀の頭を撫で、言い聞かすように言った。
「2人きりで…?」
憂稀が上目遣いに尋ねると、
「ん?まあ、そうゆうことになるかな?大勢がいいなら、水川さん達も誘ってみる?」
憂稀はブンブンと大きく首を振り、
「友生と2人きりがいい~!」
と言うと同時に、友生に抱き着いた。
イチャイチャしている2人を横目に、香が清美に尋ねた。
「ね…ねぇ…、清美ちゃん…清美ちゃんは明日どうするの?あ…あたしは明日も来たいかな、って」
香は初めて来た「コミケ」に感動すら覚えていた。他のブースやコスプレなどをもっと見てみたいと思っていたのだ。
清美も同じだった。自分のまったく知らない世界がここにはあった。
もっといろんな事が知りたいと思ったのだ。
「うん、明日も来ようか。私、漫画の事よくわからないから、香、教えてね。」
「うん、清美ちゃんならどんな漫画がいいかなぁ~」
香は清美と漫画の話が出来る事が、とても嬉しそうにだった。
次の日、駅で待ち合わせをした草村達は、会場に入ると、おのおの目的の場所に散っていった。
3日目になると、さすがに清美と香の姿はなかった。暑さに加え、長い行列と人の多さに体力がもたなかったのだ。
そしてコミックマーケットも全日程が終了し、エーサクのメンバーは夏休み中に残っていた撮影と宿題を終え、2学期が始まる頃には編集を残すのみとなっていた。
2学期が始まり、清美達が部室に集まっていると、あきらかに不機嫌そうな風見が現れた。
「く~さ~む~ら~~」
風見は草村を見つけると、目の前にCDを置いた。
「これはなんだ、これは!?」
「何って、君達が耳かきしてる音声じゃないか、忘れたのか?」
草村はとぼけるように答えた。
「そうじゃない!変な音も入ってるし、だいたいあの漫画はなんだ!」
「まあまあ、誰もあの声が風見とは思わないよ。ちゃんと加工してるんだから。氷河の声はそのままだけどな。」
「そうゆう事じゃなくて…」
「みんなも喜んでいたんだし。」
畳み掛けるように草村がつづけた。
「はぁ~、わかったよ。次はないからな。」
風見は諦めたように吐き捨てた。
「ちゃんとこの埋め合わせはするから安心しろ。」
草村は風見をなだめるように言った。
草村の風見に対する埋め合わせ、それがつぎの短編映画の配役だった。お互いの距離がなかなか縮まらない風見と清美。その2人の絡みを多くし、なおかつ劇中で恋人どうしにしたのだった。
そして話は1年後、風見の告白に戻るのだった。
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