第8話
〔緑のエーサク〕
〔水の想い…風の歌…〕第8幕
終業式も終わり、夏休みに入った。
早速、エーサクの部員達は部室に集まり、撮影の計画を立てた。
「これが、今回撮影する短編映画のあらすじと台本な。」
そう言って、草村は全員に台本を渡した。そこには、あらすじ、個々の役名が書いてあった。しかし、草村の台本には普通なら絶対書かれているものが無かった。
それは「台詞」である。たしかにしゃべる順番やニュアンス的な事は書いてあったが、きちんとした台詞は書いて無い。
それが草村のやり方だった。言わされる台詞より、その状況になり思わず出た言葉、それこそ生きた台詞だと草村は確信していた。
その台本を見た友生は、
「え?これ、台詞は自分で考えるの?」
「ああ、そうだよ。自由に演じてもらいたいからね。それに君達も、決められた台詞だと感情とか込めるの難しいだろ?あたしは、役作りをするより、役に成り切った君達の姿を撮りたいんだ。」
それは草村だから出来る芸当であった。
いつも人間観察をしている草村だからこそ、その人物のピッタリのキャラクターが出来るのである。
「そのままの俺達か。へたに役作りするより、いいかもな。」
風見の言葉に、そこにいた全員が目を合わせ、おのおのうなずいた。
「よし、決まり。じゃあ、各自あらすじと話の流れを頭に叩き込む事!」
「はい!」「了解」「わかったわ」「わかりました。」「OK!」「は~い」
みんなバラバラの返事だったが、草村的にはこれが正解だった。
「よし、それじゃ撮影する前に、みんなにやってもらいたい事があるんだ。明日、うちに来てくれ。」
そう言うと草村は、あらかじめ作っておいたプリントをみんなに渡した。
そこには、マンションの地図、集合時間が書かれていた。
「何をするの?」
憂稀が尋ねると、
「大事な事なんだ、これが済まないと撮影が始まらないんだ。」
次の日、緑を除くエーサクのメンバーは草村のマンション前に集合した。緑は生徒会の仕事で来れなかったのだ。そしてメンバーは、草村の部屋を尋ねた。
「お~い、来たぞ~」
風見は慣れた手つきで、草村の部屋番号を押すと、インターホンに向かって話した。
すると、インターホンの向こうから、
「よく来た、よく来た。さぁ、入って、入って。」
草村の返事に、風見は、
「あんまり、こき使うなよ。」
風見は、草村が自分達に何をさせるのか知っているようだった。
部屋に着くと、ど真ん中に大きなテーブル、その上にはマンガの原稿用紙、ハサミや定規、文房具一式、マンガを書くのに必要な道具が置いてあった。
「え~っと、これは何をするのかな?」
友生はまだ理解出来てないようだ。
「これって、もしかして…」
女子の中で、最初に気付いたのは香だった。
アニメやマンガをよく見る香は、同人誌の存在は知ってたが、本物の現場を見るのは初めてだった。
もちろん、マンガもアニメも見ない清美は、同人誌の存在すら知らなかった。
氷河にいたっては、憧れの「榮倉無策」の仕事場にいるのだから、テンションが上がって仕方ない。
「まさか、先生のお手伝いが出来るなんて、夢にも思わなかったですよ。何でもします!」
「よし、よく言った、今の言葉、忘れるなよ。」
「でも、草村さんのマンガの手伝いと、私たちの撮影と、どんな関係があるの?」
憂稀はマンガの手伝いに納得がいかないようだ。
「まあ、そう言うなよ。実は、夏コミに出す同人誌の締め切りがもうすぐなんだ。同人誌は、私のライフスタイルみたいなものだからな、手を抜く事は出来ないんだ。
かといって、映画の撮影も手を抜きたくない。たかが文化祭の出し物といっても、作るからにはいい作品にしたいじゃないか。だから、同人誌が早く終われば、それだけ撮影に多くの時間が使えるって訳だ。と、いうわけでいい映画にするために頑張ろうじゃないか。」
草村は、無理矢理話をまとめあげ、そしてそれぞれに指示を出した。
「上地さんは、枠線引いて。神成さんは、消しゴムかけ。水川さんはベタ。花咲さんはトーンをお願い。」
「ベタ?ベタって何のこと?」
清美は草村が何を言ってるのか、全然わからなかった。それもそのはずである、マンガを読まない清美にとっては、初めて聞く単語ばかりだからだ。
清美は香に小さな声で尋ねた。
「ね、ねえ、香… 香は「ベタ」とか「トーン」ってわかるの?」
「う、うん、ベタは×印の所を黒く塗ることで、トーンはシールみたいなのを貼ることなの…」
香は、頭のいい清美に教える事が、申し訳なさそうに小さな声で答えた。
「そうなんだ、私の知らない事ばかりだ…」
清美は慣れない手つきで×印の所を黒く塗っていった。
もくもくと作業に入る女子達を尻目に、部屋の隅で立ちすくむ風見と氷河の姿があった。
「お、おい…草村…、俺達は何をしたらいいんだ?」
何も指示を出してくれない草村に、シビレをきらした風見が、困ったように問いだだした。
その瞬間、草村の顔は至福の笑顔に変わり、少し息が荒くなった。
「あ、ああ、男子二人は、ちょっとこっちの部屋に来てくれ。」
そう言うと、草村は二人を連れ、隣の部屋に入っていった。
そして部屋に入るやいなや、風見のシャツを脱がし始めた。
「ちょっ、ちょっと待て!草村…」
抵抗をする風見をよそに
「まあ、まあ、いいからいいから。
こら、じたばたするな!氷河、黙って見てないで、風見を押さえ付けろ!」
「わかった。すまん風見、先生の言う事は、絶対なんだ。」
そう言うと、氷河は風見を押さえ付け、あっという間に風見の上半身は裸になった。
そして、草村は風見の胸板を撫でながら、
「やっぱり思った通り、いい体してる。これならいい絵が書ける。
よし、次は氷河だ。ほら、さっさと脱げ!」
風見の体は筋肉質ではないにしろ、無駄な贅肉も無く、いわゆる細マッチョというやつだ。
氷河は言われるがまま、服を脱ぎ、二人共上半裸になって草村の前に立った。
「まあ、とりあえず上半身だけでいいか。二人にはモデルになってもらう。絵の参考にするから真面目にな。」
そう言うと、草村はカメラを取り出し、二人の写真を撮り始めた。
「なんだ、モデルならモデルって、最新から言えよ。」
風見は呆れたように呟いた。
「じゃあ、向き合って立ってみようか。」
草村はそう指示を出すと、関を切ったようにシャッターを押し始めた。
「もうちょっと近づいてみようか、もうちょっと、もうちょっと、もうちょっと…あと少し…」
「ちょっ、ちょっと待て氷河!近い!近い!」
思わず風見が顔をずらし叫んだ。それもそのはずである、二人の顔はお互いの鼻が当たる距離まで近づいていたのだ。
「こら、風見、照れるな。氷河はお前の恋人なんだぞ。」
「なっ、なんだと!」
「まあ、という設定なんだけどな。
ほら、氷河を見てみろ、ノリノリじゃないか。」
たしかに、氷河は顔を赤らめ風見の事を見つめていた。
「ちょっ、ちょっとまて氷河、お、お前ノーマルだよな。男になんて興味ないよな。」
風見は氷河を必死に説得するように問いただした。
その問い掛けに氷河は、
「安心しろ風見、俺はノーマルだよ。
ただし、先生が望むなら、お前を抱いてもいい!」
そう言い放つと氷河は風見を抱きしめた。
「ちょっ、待て、待てって…わかった、わかったから。」
風見は氷河の肩を押し返した。
「おい、草村。演技でいいんだよな。ったく、お前らは…」
風見は呆れ返ったように大きくため息をつくと、草村に指示を仰いだ。
「風見、演技とはいえ、出来るだけ本気でたのむ。私も本気で書きたいんだ。」
草村は風見の目を真っすぐに見つめ、頭を下げた。
「ったく、しょうがないな…、わかったよ出来るだけ本気でやるよ。」
風見は草村の熱意に押され、しぶしぶ了解をした。
それを頭を下げたままの状態で聞いてた草村は、少し口元がにやけた。
そう、草村は知っていた。風見は本気のお願いに弱いということを。
風見は男気を兼ね備えた優しさを持つ。それゆえ相手が本気でぶつかってくるとそれに全力で答えたくなるのである。
草村はその心理を巧に利用したのだった。
「さてと、どう絡んで貰おうかな?」
草村の頭の中では、いろんなシチュエーションが入れ替わり立ち替わり浮かんでいくのであった。
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