第7話
〔緑のエーサク〕
〔水の想い…風の歌…〕第7幕
1学期の期末テストの結果が発表された。
しかし清美は、今回のテストに関しては順位などどうでもよかった。1番のライバル、風見が居ない事。それにその風見に風邪をひかせてしまった事。そして、偶然とはいえ風見に抱きしめられた事、さらには自分が風見を好きだという気持ちに気が付いてしまった事。
いろんな気持ちが重なり合い、テストの結果どころではなかったのである。
が、しかし、そんな清美の気持ちとは裏腹に、もう1つの思いが清美の心を動かしていた。そして清美は学年2位を死守していた。
それでは1位は誰か?
実は、今回のテストにおいて、虎視眈々と1位を狙ってる人物がいたのである。
その名は「氷河 透」
そう、いつも風見と清美に上位を奪われ、毎回3位に留まっていた人物である。
氷河は、今回のテストの時、風見が風邪で学校を休んでいたのは知っていた。
ということは、あとは清美より成績が良ければ、念願の1位である。氷河はこのチャンスに賭けていた。
しかし、氷河は結果発表を見てガク然とした。
1位の所に、自分の名前は無く、いつもの定位置3位だったのである。
そしてなんと、今回の1位は、毎回7位の「草村育枝」だったのである。
実は草村は、風見にも匹敵する頭脳の持ち主なのだが、テストや成績にはまったく興味が無く、人の心理状態をよみ、自分で順位を決めることに力を注いでいた。
たしかに狙って7位を取れる訳がないのだが、草村はそれをやってのけていた。1年全員の中学時代の成績、性格を全て把握し、上位10人を決め、その10人をさらに詳しく観察(ストーカー?)をし、あえて7番という順位を狙ってテストを受けていたのである。
そんな芸当が出来るのは、世界でただ1人、草村だけかもしれない。というより、世界中のどこを捜しても、そんなことに力を注ぎ込むのは草村ぐらいであろう。
しかし、ではなぜ今回のテストはその信念を曲げてまで、1位を取ることにこだわったのか、それには草村なりの草村的な理由があった。
実は、今回のテストにおいて、草村の完璧ともいえる読みにも、1つだけ読み違いが間違いがあったのだ。
それは「水川清美」であった。草村が想像するに今回のテストでは、テスト前日と当日に水川清美が、いままでの人生の中で体験したことのない経験、感情、葛藤を味わったはずだ。
これまでの水川清美なら、間違いなく落ち込み、悩みテストにも影響が出ると思っていた。いくら芯が強く成績優秀でも、まだ高校1年の女の子だ。今まで勉強一筋だったのが、目の前に現れた男の子の優しさに惹かれ、生まれて初めての恋をし、その男の子が自分の為に風邪をひき、自分自身を責めるという、そんな経験をたった1日2日で味わったのである。テストに影響が出ないはずがないと草村は思っていた。
じゃあ、その清美の気持ちと草村の1位には、どのような関係があるのか?
それには毎回3位である氷河の存在が大きく関わっていた。
氷河は、ハッキリ言って「オタク」だ。しかし、オタクにも意地がある。世間的にも認められつつある「オタクの世界」ではあるが、まだまだ認知度は低く、この学校でも浮いた存在になっていた。それでも「緑」の作った「エーサク」には、自分の尊敬する草村がいる。氷河にとって「エーサク」はかけがえのない場所になっていた。
この学校で「オタク」のジャンルを広めるには、自分が学年トップになり、「文武両道」ならぬ「文オタ両道」を示せば、生徒達の見方も変わるのではないかと、日々アニメのかたわら、勉学に勤しんでいたのである。
そんな野望を胸に秘めた氷河にとって、今回のテストは最初で最後のチャンスだったのかもしれない。
しかし、そんな事は草村は百も承知だった。草村は氷河の野望も、なにもかも全て知ってた上で、氷河の1位を阻止しようとしたのである。
草村も氷河と同様「オタク」だ。いや、氷河と比べるのは間違ってるかもしれない。草村は日本を代表する…いや、世界を代表するオタクの1人だ。しかも頭に「腐」の付くメガオタクなのだ。
草村にとって、世の中が「オタク」という世界を認めるか認めないか、そんな事など、ど~でもよかった。認める奴は認めるし、認めない奴は何をやっても認めない。
ただ、自分が自分らしくいられる場所がある、それだけでよかった。
喉が乾けば、飲み物を飲む。お腹が空けば、何かを食べる。そんなふうに草村も、見たくなったらアニメを見る、読みたくなったらマンガを読み、書きたくなったら、漫画を書く。ただ、それだけなのだ。
話が少しそれたが、そんな草村が氷河の悲願である学年トップを、なぜ阻止したのか?それは草村が氷河がトップになるのを気に入らなかったからである。
それはどういう事か、今回は夏休み前最後のテスト、もしこのテストで、マグレでもトップを取ったとなると、あの氷河の事だ、次のテストまで、つまり夏休みの間中、自慢するに違いない、それが草村は我慢出来なかった。ただそれだけの事である。
そして、氷河にとって、最初で最後のチャンスは、草村によって握り潰されたのであった。このあと高校卒業するまで、テスト期間中、風見と清美が学校を休む事は無かった。
ただ1つ草村にとって誤算だったのは、清美の精神力の強さであった。
たしかに清美はテスト当日、風見が風邪をひいた事を知り、激しく動揺した。当然である、自分が好きになった異性が自分のために風邪をひいてしまったのだから。
今までの清美なら、草村の予想通り、落ち込みテストどころではなく順位も下がったであろう。
しかし、清美の風見に対する気持ちは草村の予想より特別ものになっていた。
それはテスト前日、風見に抱きしめられた事、風見の家にお見舞いに行った時にわかった自分の気持ち、それらが清美の心を強くしたのだった。
清美は落ち込みながらも、風見の学年トップの座を自分が守るという意識が強く働いた。風見がいないからこそ、自分が風見の変わりにトップになって、次のテストで決着をつけるという気持ちが沸き起こってきたのだ。
その結果、草村にトップの座を渡したものの2位の座は譲らなかった。多分、草村がいつも通りなら、清美のトップは間違いなかったであろう。
草村は自分の予想が外れたのはショックだったが、嬉しくてたまらなかった。自分の予想を覆す人間が近くにいる事が嬉しかったのだ。
それぞれの思惑が入り混じり、一喜一憂した1学期のテストが終わった。そして夏休み、「エーサク」初めての撮影が始まるのだった。
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