第6話 未だ告白ならず

 そして色々な思惑が交錯する、祐司の実家を訪問する当日。

 待ち合わせ場所から、それなりに和やかに会話しながらやって来た二人だったが、実家の最寄り駅に降り立ってから、祐司の口調が微妙に少なくなってきた。そんな彼を見上げつつ、綾乃が精一杯明るい声で話しかける。


「今日も良いお天気で良かったですね」

「……そうだな」

「祐司さんから『散歩がてら俺もジーンズとスニーカーで行くから、気楽な服装で』って言われたのでキュロットスカートにフラットシューズで来ちゃいましたけど、ご実家の皆さんに失礼では無いですか?」

「……心配要らない。連中も普段、サンダル履きだ」

「やっぱり地元に帰ると、気分が高揚しませんか?」

「……それなりに」

「えっと……、ご家族の皆さんは、お元気なんですよね?」

「……ああ、ピンピンしてる」

 思い付くまま、何となく気乗りしない返事をしてくる祐司に話しかけていた綾乃だったが、そこでとうとう足を止め、俯き加減で自信なさげに呟いた。


「その……、やっぱり私じゃ、物足りないでしょうか?」

「は? 何が?」

 祐司が思わず足を止めて斜め後ろに佇む綾乃を見下ろすと、綾乃は涙ぐんで話を続けた。


「さっきから、祐司さんが私を実家に連れて行きたく無いみたいなので……」

(そうよね。幸恵さんを始めとして、笹木さんに教えて貰った、以前社内で祐司さんが付き合ってた人って、皆、大人系の美人さんばっかりだったもの)

 祐司がそれを聞いたら、笹木に対して「余計な事はしないで下さい!」と怒鳴りつけそうな内容を綾乃が思い返していると、祐司が幾分慌てて弁解した。


「いや、そうじゃないんだ! ただ、実家に付き合っている相手を連れて行くのは初めてだから、絶対にからかわれたり冷やかされるのか確実で、ちょっと気が重いだけで!」

「初めてなんですか?」

 そこで如何にも予想外の事を聞いたといった風情で、綾乃が軽く目を見張った為、今度は祐司の機嫌が急降下した。


「何? まさか俺が、これまで何人も実家に連れて行ったと思ってたとか? それなら家族が、手ぐすね引いて待ってるわけないから」

「そ、そうですか……、すみません」

 顔を青くして謝罪した綾乃だったが、次に(連れて行くのは、私が最初なんだ)と嬉しくなり、更に気恥ずかしくなって僅かに頬を染める。その一連の表情の変化を見て伝染したのか、祐司も僅かに照れくさそうな顔になったが、それをごまかすように再び歩き出した。


「ところでちょっと寄り道して行っても良いかな? あまり長居はしないから」

「はい、構いません。約束の時間には余裕を持って来ましたし」

 ほっとしながら綾乃が祐司の案内で道を曲がり、並んで歩き出してから改めて目的地を尋ねた。


「それで、どこに行くんですか?」

「この先をもう少し行った所にある市営グラウンド。綾乃、観戦の時に会った康太を覚えてる?」

「勿論です」

 力強く頷いた綾乃に、祐司の笑みも深くなった。

「日曜の昼前だから、この時間帯なら、康太が少年野球チームを指導している筈なんだ。せっかく地元に来たから、ちょっと顔を見ていこうかと思って」

「私も練習風景を見たいです。野球チームかぁ……、懐かしいなぁ」

 どうやら過去に所属していた野球チームの事でも思い返しているのか、楽しそうに微笑んでいる綾乃に向き直り、祐司は真剣な顔つきになって声をかけた。


「えっと、綾乃。ちょっと聞いて欲しいんだ」

「はい、何ですか? 祐司さん」

「野球に関しての話なんだが、今まで言いそびれていたが実は俺、昔から」

 そこで立ち止っている二人の横でキキキッとブレーキ音が響き、祐司の台詞を遮った。思わず祐司と綾乃が車道に顔を向けると、スタジアムで顔を合わせた銀至が自転車から降りながら、二人に驚いた表情で声をかけてくる。


「あれ? 祐司? お前、何でこんな所に? それに綾乃ちゃんまで居るとは。こんにちは」

「こんにちは、銀至さん。その節はどうもありがとうございました」

 思わず祐司が小さく舌打ちし、その横で綾乃が真面目に頭を下げると、銀至は嬉しそうに綾乃に向かって笑顔を振りまいた。


「名前を覚えていてくれたんだ、嬉しいな。ところで二人揃ってどうしたの?」

「祐司さんの実家に行く途中なんですが、ちょっと回り道をして康太さんが指導している野球チームの練習風景を見に行くところです」

「じゃあ一緒に行くよ。俺もちょうどガキ達に差し入れを持って行ってやるところだったんだ。……って、祐司。お前二人っきりを邪魔して悪いとは思うが、そこまで露骨に嫌な顔をする事はないだろう?」

 銀至が自転車の荷台に括り付けられているクーラーボックスを軽く叩きながら説明したが、祐司の顔を見て嫌そうに顔を顰めた。それを聞いた綾乃は驚いて祐司を振り返ったが、確かに不機嫌な顔だった為、僅かに動揺する。


「祐司さん?」

「別に、お前が同行するのが、嫌なわけじゃない」

 溜め息を吐きながら弁解した祐司だったが、銀至は益々要領を得ない顔つきになった。


「それじゃあどうしてだ?」

「そんな事より行こうか。あまりのんびりできなくなるし」

「そうですね」

 取り敢えず先を急いだ三人だったが、再び祐司が黙り込み、必然的に綾乃と銀至が世間話をする事になった。綾乃としては祐司が気になるものの、下手に話しかけて良いものかどうか判断に迷い、加えて祐司達の子供の頃の事を銀至が面白おかしく話してくれる為、少しだけそちらに集中する事にした。

 そして何分か過ぎて、二人の会話が自然に途切れた時、祐司が徐に話し出した。


「綾乃、さっきの話の続きなんだが……」

「祐司さん、ごめんなさい。さっきの話って、何でしたっけ?」

 咄嗟に話の内容が分からず、恐縮気味に尋ねた綾乃に、祐司は立ち止って気合を入れつつ一気に核心に触れようとした。


「その、野球に関わる話なんだが、俺が野球をした経験が無くて、贔屓球団も無いって話は実は」

「あ、見えましたよ? あそこのグラウンドですよね!?」

「あ、ああ、そう……」

 そこで祐司の背後に夜間練習用の照明柱が乱立しているのを目ざとく見つけた綾乃は、表情を明るくして前方を指差しつつ祐司に確認を入れた。対する祐司は素直に頷く。すると綾乃は早速うずうずしてきたらしく、祐司に軽く断りを入れて勢いよく駆け出した。


「うわぁ、懐かしい。良い音……。ちょっと先に行って、練習を見てますね!」

「あ、おい、綾乃! ちょっと待て!」

 慌てて祐司が引きとめようとしたが、綾乃は振り返りもせず、一直線にグラウンドへと走って行った。その豪快な走りっぷりに銀至は思わず感嘆の溜め息を漏らしたが、祐司を振り返って呆れたと言わんばかりの視線を向ける。


「祐司。お前ひょっとして……、いや、ひょっとしなくても、まだ白状していないとか?」

「…………」

 反論できずに黙り込んだ祐司の肩を、銀至が軽く叩きつつ言い聞かせた。


「いい加減、洗いざらい吐けよ。あの子ならそんなに怒ったりしないと思うぜ? 何をやってんだ、お前」

「何かタイミングが掴めなくてな。妙に邪魔が入るし」

「俺のせいにするなよ」

 思わず恨みがましい目を向けてきた旧友に、銀至は完全に呆れた表情になった。そして男二人でグラウンドに向かうと、既に到達していた綾乃は隅の方で康太と何やら愛想良く話し込んでおり、気配を感じて振り返った康太が二人を認めて笑って声をかけてくる。


「よう、祐司。綾乃ちゃんをほったらかして、何やってんだよ。愛想尽かされるぞ?」

「言ってろ」

「ほら、康太差し入れ。一息入れとけ」

「おぅ、いつも悪いな。お~い、皆、集合!」

 銀至が荷台からクーラーボックスを下ろしながら康太に声をかけると、康太の号令で広いグラウンドに散らばっていた少年たちが即座に集まって来た。

 差し入れのスポーツドリンクを飲む者、タオルを取り出して汗を拭く者、ミスした所のチェックをする者など様々だったが、一人として静かにしている者はなく、周囲と一緒になって明るく笑い合っている。その空気を懐かしく思いながら、綾乃が祐司に声をかけた。


「賑やかで良いですね」

「手がかかって騒がしいだけだな」

「でも楽しいですよ。皆で同じ目標に向かって頑張るって。久し振りに打ちたくなっちゃったなぁ」

 苦笑した祐司に綾乃がしみじみと感想を述べると、そこで康太が口を挟んできた。


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