第4話 祐司の受難

 それは、三歳年下の弟から、突然かかってきた電話で始まった。


「ゆ・う・じぃ~、聞いたぜ? とうとう年貢の納め時だって? それで? 俺の義姉さんになる人って、どんな系統の美人さん?」

 面白がっているとしか思えない弟の声に、祐司は盛大に舌打ちしてから問い返した。


「……孝司、少しは兄を敬え。それから、誰に何を聞いた?」

「決まってるだろ? 祐司がマリーンズファンな事を隠して付き合ってる、お嬢様風年下彼女の事だよ! 今までの兄貴を考えるとそんな事はあり得ないし、そうなるとその彼女が本命って事だろ? 昨日和哉さんが家で飲んだ時、洗いざらい吐いて行ったぜ?」

「和哉、あの野郎……」

 色々断言されてしまった祐司は、頭の中で旧友に制裁を加えたが、それに構う事無く孝司の話は続いた。


「いやぁ~、祐司が落ち着くまでもう少しかかると読んでいたが、そうか。三十手前ギリギリで相手を見つけたか。めでたい」

「五月蝿い! 余計なお世話だ!」

「って、親父が言っててさ」

「…………」

 孝司を怒鳴りつけたものの、しれっと言い返された祐司は黙り込んだ。そこで孝司が追い討ちをかけてくる。


「お袋もすっかり喜んじゃって、『そんなに可愛いお嬢さんなら、是非顔を見たいわね』って言い出したら、親父が『ああ、そうだな。言わないと祐司はなかなか帰って来ないし』って事で、俺が電話する事になったわけ」

「……どんなわけだ?」

 相手が次に何を言うつもりなのかを祐司はおおよそ察したものの、一応尋ねてみた。すると案の定、孝司は呆れ気味に言ってくる。


「往生際が悪いな~、祐司。今度、彼女を家に連れて来いって言ってるんじゃないか。来ないなら親父とお袋、そっちのマンションに押し掛けるとさ。それも駄目なら職場に行くって言ってたぞ? 正月にもこっちに帰って来なかったツケを、まとめて払う事になったな」

 そう言ってカラカラと笑った弟に、祐司は全く反論できなかった。


「分かった。確かに暫く顔を見せて無かったし、今週末は帰る」

「そうか。じゃあ彼女さんにも宜し」

「ただし! 綾乃を同伴するかどうかは、綾乃の都合次第だからな!? 彼女の都合が悪かったら、俺だけで帰るからな。文句は言わせないぞ、分かったか!?」

 自分の台詞を遮り、強い口調で主張してきた祐司に、孝司は(できるなら、彼女の都合が合わない事を願ってるな。そりゃあ、両親から弄られるのは嫌だよな)と少しだけ同情した。


「分かった分かった。あくまでも彼女の都合が良ければ同伴って事で。顔を合わせる前から、嫌われたくは無いしな」

「それから! 俺がマリーンズファンだって事は、くれぐれも」

「だけどそれは、早いうちに言っておいた方が良いんじゃないか? どうせパ・リーグとセ・リーグに別れているんだから、そうそう敵対するカードは無いだろうし」

 呆れと困惑が半々の口調で正論を繰り出してきた弟に、祐司は言い訳がましく弁解した。


「それは……、確かにそうなんだが、タイミングを逃したと言うか、益々言いにくくなったと言うか……。野球の話を持ち出そうとしただけで、カープの事を熱く語られて、止められないと言うか……」

 そして不自然に口を噤んだ祐司だったが、電話の向こうの孝司にも祐司の訴えの内容は伝わったらしく、慰めの言葉を返してきた。


「うん、大体の感じは分かったから、頑張れ。じゃあ親父達には俺から言っておくから」

「ああ。詳しい時間とかは後から連絡する」

「それと……、一応家の中で、マリーンズ云々の話は禁句って事にしておいた方が良いよな?」

「……頼む」

「OK、三人で意思統一しとくわ。それじゃあな」

「ああ」

 そうして弟との通話を終わらせた祐司は、深い溜め息を吐いた。


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