第3話 不幸な鉢合わせ
「皆さんは、祐司さんとお知り合いだったんですか?」
「ああ、俺達全員、市原のリトルリー」
「和哉、本っ当に久し振りだなっ!! 何年ぶりだよ、おい? こんな所で会えて、俺は本当に嬉しいぞ!?」
和哉が自分達の付き合いを綾乃に説明しようとした途端、祐司が大声で喚きながら抱き付き、更に背中を両手でバンバン叩いてきた為、目を白黒させた。
「おう……」
「どうした祐司」
「お前、暫く見ないうちに、キャラが変わったのか? 以前は誰よりもクールで、正確無比なピッチングマシ」
「そう言えば銀至、彼女が世話になったそうだな! すまん。ちょっと離れるだけだから、大丈夫だと思っていてな!」
和也の横で銀至が呆れ気味に口にした台詞の途中で、祐司は和哉から離れて銀至の左手首を両手で掴み、ブンブンと上下に振った。
「お前の方が、大丈夫じゃ無さそうだがな……」
「可愛い彼女持ちだと、色々気苦労が多そうだな……」
「分かってくれるか、康太?」
「それはまあ……、何と言っても俺とお前は、ガキの頃からバッテリ」
「お前達、試合開始前に、他の所と応援の打ち合わせしなくて良いのか? 今回仕切ってるのはどこだ?」
疲れたように溜め息を吐いた康太に、祐司が険しい顔で詰め寄る。それに一歩後退しながら、康太が答えた。
「今、透が挨拶してるところだ。だから俺達は待機中」
「デート中で、邪魔されたくないのは分かるがな」
「そんなに邪険にするなよ。さすがに俺達でも傷つくぜ?」
「……すまん。そんなつもりじゃないんだが」
そこで、ここまで男達のやり取りを黙って聞いていた綾乃が、納得した様に頷きながら口を挟んできた。
「祐司さん、野球に詳しくないし観戦もした事は無いって言ってましたけど、応援団の事については、仲の良いお友達の皆さんから、折に触れお話とか聞いていたんですね」
「あ、ああ……。そんなところだな……」
それを聞いた祐司は引き攣った笑顔を綾乃に向けたが、彼の旧友達は揃って怪訝な顔を祐司に向けた。
「詳しくない、だぁ?」
「観戦した事がない?」
「……祐司?」
揃って不審な眼差しを向け、無言で問いかけてくる旧友を前に、祐司は冷や汗を流したが、その場の空気を見事に読み損なった綾乃が、穏やかな笑顔で彼に告げた。
「良かった。祐司さんが実は野球が大嫌いで、私に無理に合わせてくれていたら申し訳ないなって思ってたんです。でも野球好きのお友達が居るなら、そんな事はありませんよね?」
「勿論だよ」
「…………」
三人から胡散臭そうな視線を浴びつつも、何とか平静さを装って「ははは……」と綾乃に笑って見せた祐司だったが、ここで綾乃が決定的な一言を放った。
「あのっ! まだ試合開始まで時間が有りますよね? あそこで応援グッズを買って来て良いですか? 実家に全部置いてきてしまったもので。祐司さんは皆さんと積もる話も有るでしょうから、私一人で行ってきますから」
「…………」
ウキウキと、期待に満ち溢れる表情で綾乃が指差した場所には、長方形の三方幕付きの屋根型テントが三つほど並び、そこで今日の対戦相手である広島カープの公式グッズや応援グッズが売られていた。それで先程からの祐司の不審な言動の理由がしっかりと理解できてしまった三人が、無言のまま祐司に冷え切った眼差しを向ける。それを避ける様に、祐司が綾乃を促しながら、移動しようとした。
「……いや、さっきの事もあるし、俺も一緒に」
「そうだな。あのテントの辺りには球場のスタッフが目を光らせてるし、大して心配は要らないだろう」
「祐司、ちょ~っと俺達と親交を温め直そうか?」
「悪いね。綾乃ちゃんだっけ? 少しだけ祐司を借りるよ?」
しかしガシッと肩を掴まれた祐司が抵抗する前に、旧友達が不気味な笑顔を浮かべつつ綾乃に断りを入れた。それに綾乃は素直に頷き、笑顔でテントに向かって駆け出して行く。
「はい! じゃあ、ちょっと行って来ます!」
「綾乃!」
「気を付けてな」
「何かあったらスタッフか、俺らの様なユニフォーム着てる奴らに声掛けて」
「そうそう、俺達の仲間は基本的に紳士ばかりだから」
「分かりました、そうさせて貰います!」
そして綾乃を引き留める言葉も虚しく、一人その場に取り残された祐司は、男だけになった瞬間、針の筵(むしろ)状態に陥った。
「さて、祐司君? 俺らが何を聞きたいか、言いたいのかは分かるよな?」
「…………」
嫌味っぽく銀至に言われたが、祐司は相手をこれ以上刺激したくない為無言を貫いた。それを見た康太が、わざとらしく嘆いてみせる。
「そうか……、祐司。お前、ダチを捨てて女を取る様な薄情者だったか……」
「情け無い。あの硬派なお前はどこに行った!?」
「どの面下げて三塁側に座るつもりだ、この裏切り者が!?」
「そんなんじゃないぞ!」
思わず声を荒げた祐司だったが、三人の追及は更に続いた。
「しかも? 彼女にはお前が野球をしていた事も、マリーンズの応援団に入ってた事も、ひた隠しにしていると見た」
「バカかお前」
「ここにはお前の顔を知ってる奴らが、どれだけ来てると思ってるんだ」
「…………」
尤もな指摘に反論できず、再び黙り込んだ祐司を見て、三人は(しょうがないな)と言うように顔を見合わせて肩を竦めた。
「まあ、武士の情けだ。色々事情はあると思うし、今回は彼女には黙っておいてやる」
「そうだな。俺達も鬼じゃないし」
「その代わり……、今度地元に帰って来た時は、覚悟しておけよ? 孝司に言い含めておくからな。誤魔化して逃げられると思うなよ?」
「……分かった」
同じチームに入っていた弟の名前を出された上で軽く睨まれ、祐司が観念して頷いた所で、綾乃が満面の笑みでカープのロゴが入った紙袋を両手に提げて意気揚々と戻ってきた。
「お待たせしました!」
「はは……、大量だな」
思わず祐司が乾いた笑いを漏らすと、綾乃が笑顔で紙袋の中を漁り、取り出したメガホンを祐司に差し出す。
「どうせだから、祐司さんの分もと思いまして。はい、どうぞ!」
「……ありがとう」
「…………」
全く悪気は無い綾乃の行為に、祐司が引き攣った笑みで礼を述べる、和哉達はそれを生温かい目で見やってから、愛想良く綾乃に声をかけた。
「じゃあ綾乃ちゃん。俺達はこれで」
「祐司と仲良くね」
「観戦中は敵だから、容赦しないよ?」
「はい、望むところです! 人数で負けても気合いでは負けませんから!」
笑顔で綾乃が幸恵の台詞を借りて宣言すると、男達は微笑ましそうに綾乃を眺めまがら、軽く手を振った。
「はは……、頼もしいねぇ」
「じゃあまたね」
「はい、ありがとうございました」
「……またな」
祐司以外は笑顔で別れの挨拶を済ませてから、綾乃は祐司を見上げながらちょっと考え込んだ。
「さあ、行きましょうか。あ、その前に、何か飲み物でも買って行きますか?」
「荷物になるから、それは後から俺が買って来るから。取り敢えず席に着こうか」
「そうですね」
取り敢えずこれ以上人目に付きたくなかった祐司は、ビジターチーム側応援席に綾乃を誘導したが、観戦中、見慣れないユニフォーム集団に囲まれた事と、興奮した綾乃がいつもの様子とは豹変していた事と、向かい側のスタンドから鋭い視線を受けている気がしていた事で、最後まで気が休まらなかった。
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