第12話 予想外の頼み事
「すみません遠藤さん、ちょっとこっちに来て下さい!」
「うおっ!? っと、あれ? 綾乃ちゃん?」
仕事の合間にトイレに行き、さあ戻ろうかと廊下に出て歩き出した途端、どこからともなく現れた突風に腕を掴まれ、かなり強引に引っ張られた弘樹は、慌てて相手を見やった。
その突風、もとい綾乃が必死の面持ちで、周囲の様子を窺いつつ曲がり角の方へ誘導するのに驚きながらも、弘樹は大人しくそれに従う。そして周囲を見回し、他人の目が無い事を確認した綾乃が、彼に向き直って深々と頭を下げた。
「届け物のついでに、商品開発部のフロアの様子を覗きに来たら、遠藤さんの姿が見えたので……。申し訳ありません! 昼休みとか出勤退社時は、どうしても人目に付き易いので」
「いや、それは構わないし、綾乃ちゃんのお誘いを無碍に断る程野暮じゃ無いつもりだけど……。一体どうしたの?」
(この娘に限って、こっそり俺のプライベート番号やアドレスを聞き出そうとする筈は無いだろうしな)
同様のシチュエーションは何度も経験済みの弘樹だったが、それらとは用件は異なる筈だと判断し、何か困った事でも起きたのかと真顔で尋ねた。すると綾乃が俯き加減のまま、事情を説明する。
「以前から、社内メールを私用で頻繁に使うのは、まずいと思ってはいたのですが……。一昨日隣席の先輩にそれがバレてしまいまして。他の方には内密に、注意を受けてしまいました」
「ああ、そうなんだ」
(それは仕方ないだろうな。指導役の公子さんとしては、私用メールを発見したら、立場上、注意せざるを得ないだろうし)
自分も半ば強引に個人情報を聞き出すような、褒められない事をした自覚はあった為、弘樹は苦笑いしながら慰めようとしたが、それより早く綾乃が予想外の事を言い出した。
「それで……、もし差し支え無かったら、遠藤さんの個人的な連絡先を教えて貰えないでしょうか?」
「へ?」
真剣極まりない表情で、自分を見上げてきた綾乃を見た弘樹が咄嗟に考えた事は、(これを祐司が知ったら、暴れるか落ち込むか、どっちだろう?)というものだった。
「あの、遠藤さん? やっぱり駄目でしょうか?」
そこで心配そうに綾乃がお伺いを立ててきた為、我に返った弘樹は戸惑いながら問い返した。
「いや、それは構わないんだけど……。どうして俺の個人的な連絡先を聞きたいのかな?」
「実は、折り入ってご相談したい事がありまして。その……、今は色々立て込んでいるので、もう少し落ち着いたら改めて話を聞いて貰いたいんですが……」
そのいかにも恐縮気味の口調や雰囲気から、どう考えても色恋沙汰ではないなと判断した弘樹は、鷹揚に笑って頷いた。
「ああ、うん。そうか。じゃあ教えておくよ。綾乃ちゃんだったら、いつでも連絡をくれて構わないからね?」
「はい! 遠藤さん、ありがとうございます! その時は宜しくお願いします!」
途端に笑顔になった綾乃が、そこでいそいそと手帳とペンを差し出してきた為、弘樹は快く自分の電話番号とメルアドを書き出し、彼女に返した。そして何度も頭を下げて廊下の向こうに去っていく彼女を見送りながら、僅かに首を傾げる。
「だが……、相談ってなんだろう?」
しかし少しの間考えても分からなかった弘樹は、すぐに気持ちを切り替えて自身の職場に戻って行った。
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