第8話 投資詐欺では……、ない?
「監督が来るまで、一時間くらいかかるそうよ」
「でも、良く連絡が付きましたね」
「メールじゃなくて、直接電話しちゃったから」
「ああ……、高梨さんじゃなきゃ、それは無理ですね」
高梨さんは緑茶ハイを口に運ぶと、グラスに付いた口紅を紙ナプキンで拭った。
慎也と高梨さんは、監督と言う人に全幅の信頼を寄せているようだった。
高梨さんが、来れば勝手に仕切ってくれる……、と言うと、慎也も嬉しそうに、うなずいていたし。
「慎也君じゃ、電話に出てくれないの?」
「ええ……。お忙しい人なので、僕みたいな若僧だとスルーされてしまうんです」
「そんな人を喚んで、良かったの?」
「あ、それは高梨さんだから……」
「……?」
「監督は、高梨さんが今みたいになった原因を作った人なので……」
「……、……」
「だから、高梨さんの頼みなら、かなりの無理でも聞いてくれます」
私には慎也の言っている意味が分りかねたが、要するに、高梨さんがオカマになったのは、監督のせいと言うことのようだ。
慎也の言葉を聞いて、私はまた妄想を膨らませるのであった。
「もしかして、監督もオカマなのかしら?」
「それとも同性愛者?」
「……だとすると、もしかして、慎也も……?」
よく考えてみると、高梨さんが元男性であったとしても、慎也と性的な関係がないことの証明にはならないのだった。
慎也が、バイセクシャルか、私とは性的な関係抜きの可能性もあるから……。
事実、私は、まだ慎也と性的な関係になっていない。
ただ、今回は、それほど悲観してはいなかった。
どうしてかと言うと、さっき、慎也が、
「千秋さん一筋です」
と言ってくれたからだ。
そのあとに、
「今も、これからも他の女性には目もくれません!」
と言っていたから、慎也がウソをついていない場合でも、男性と付き合う可能性は否定しきれないのはある。
女性には……、と言っているのだから。
しかし、もしそうなら、高梨さんをわざわざ私に引き合わせるだろうか?
それに、監督と言う人物とも……。
引き合わせた後も、慎也が私に隠しているのなら、高梨さんを女性で押し通してしまった方が、よほど解決しやすいし、ウソをつく必要もなくなる。
今まで、慎也は一つもウソをついてはいない。
隠し事はありそうだが、故意に間違ったことを言うこともない。
その信用と状況証拠の数々からすると、慎也がバイセクシャルであることや、私とは仮面カップルである可能性は、極めて低いと思うのだった。
もちろん、私の願望が、多々入っていることは否めないが……。
「慎ちゃん……。先週は大丈夫だった? 千秋さんとデートだったんでしょう?」
「それが、大遅刻しちゃいまして……」
「ダメよ……。彼女を泣かしちゃ。いつも監督にも言われているでしょう? 恋愛、家庭最優先、って」
「ええ~っ? 日高屋でもう一杯って言ったの、高梨さんじゃないですか」
「えっ? そうだっけ……。千秋さん、ごめんなさいね。私がいけなかったみたい」
「酔って覚えてないからって、酷いですよ」
なるほど……。
そう言うことだったのか。
高梨さんが酔っていたので無茶を言い、慎也はそれに付き合っていたのか。
「ちーっす」
突然、個室の戸が開き、男性が入ってきた。
「あ、監督、お疲れさまです」
「悪かったわね、呼び出しちゃって」
高梨さんが個室の奥に詰め、男性が滑り込むように空いたスペースに座る。
監督と呼ばれた男性は、40代くらいだろうか?
格好は、黒いTシャツに黒いダメージジーンズと言う軽装で、色の白い少し太った感じからすると、どうと言うことのない普通の中年男性のように見える。
「ああ、この人が噂の千秋さんね。よろしく……。川田です」
「初めまして、中野千秋です」
「そっか……。こりゃあ、慎ちゃんのど真ん中、どストライクだわ」
「……、……」
「納得したよ、奥手の慎ちゃんが一目惚れするの」
「……、……」
ストレートな物言いに少しビックリしたが、とても嬉しいことを言われて、私は少し照れた。
ど真ん中で、どストライク……。
それに、慎也が奥手だと言うことも、私に一目惚れしてくれていたと言うことも……。
今までバカな妄想を繰り返してきたが、すべて私の負のオーラに起因していることに気がつく。
川田さんが一言喋っただけで、その忌まわしき負のオーラも取り払われたかのようだ。
フッと見ると、慎也も照れくさそうに笑っている。
ああ、私、今まで何を思い悩んでいたのだろう?
「ただ、千秋ちゃんって、結構嫉妬深くない?」
「えっ?」
「もしかして、慎ちゃんと高梨さんとの関係を疑ったりしなかった?」
「……、……」
何だろう、この人?
失礼にもずかずかと人の心の中に入ってくる。
でも……、……。
当っているけど。
「大丈夫だよ。高梨さんは、男のときも年下の女性には目もくれなかったから」
「……、……」
「それに、変わった人なのは高梨さんだけ。俺と慎ちゃんはいたってノーマルだしね」
「……、……」
川田さんは、どう考えても、高梨さんと私達が会ってから今までの流れを、知っているわけがない。
慎也も高梨さんも、私と一緒に飲んでいたし、メールのやり取りなんかもしていなかったのだから。
しかし、何故か、すべてお見通しのようだった。
そのことが私には腑に落ちないのだった。
「千秋さん……。こういう人なんです、監督って」
「……、……」
「言わなくても、勝手に推論を立てて、ズバズバ当てて来るんです」
「……、……」
私の気持ちを察したのか、慎也が笑いながら教えてくれた。
「おいおい……、慎ちゃん。推論なんて、俺はそんな難しいことを言ってないぞ?」
「あ、いえ……。そうかもしれないですけど」
「千秋さんは30代半ばだろう? だとすると、もう遊びで恋愛する時間は終わってるんだよ」
「……、……」
「それに、千秋さんを見れば、真面目なタイプなのは、誰だって一目瞭然じゃねーか」
「……、……」
「そんな人が慎ちゃんみたいな若僧と付き合うってのは、よくよく惚れてるってこった」
「……、……」
「だったら、高梨さんみたいな怪しい人を連れてくれば、疑いたくなるのが人情だろうが」
「ですね……」
「どうせ、慎ちゃんは自分がノーマルだってことさえ言ってないだろうしな」
「……、……」
「きっと、千秋ちゃんは心配してたはずだぞ。だから、代わりに俺が言ってやっただけのことじゃねーか」
「す、すいません……」
慎也は、頭をかきながら謝った。
「まあ、自分のことをノーマルだと紹介しなきゃいけないシュチエーションって、あんまないから、しょうがねーけどな」
「酷いわ、監督……。私が怪しいだなんて……」
「あはは……、まあ、客観的に看れば、怪しいなんてモンじゃないですよ、高梨さんは。やばいレベルです」
「もう……」
場は、すっかり川田さんのペースだった。
ただ、川田さんの乱暴な物言いも、失礼にも人の心境に踏み込んでくる無礼さも、何故だか、それほど気にはならなかった。
「さて、じゃあ、本題に入ろうじゃねーか。今日は、あんま時間ねーんだよ。慎ちゃんと千秋ちゃんのおのろけ話を、長々と聞いていらんねーんだ」
「あ、じゃあ、私が説明するわね」
「そうっすね。高梨さんが一番冷静に物事を看られる立場だから……」
「さっき、HPのアドレスを送ったわよね」
「ああ、あれですか。言わせてもらうと、超怪しいっすね」
「そう……?」
和やかなムードの中、川田さんは、突然、本題に入った。
そして、先ほど、東和アソシエイツのHPは怪しくないと言った高梨さんの見解を、真っ向から否定した。
「ああ、まあ、その東和何とかだっけ? そこのHPがしっかり出来てるのは確かっすよ」
「でしょう?」
「だけどさあ……、高梨さん。今の時期に、しっかりしたHPを作る会社が、太陽光発電なんかやると思うっすか?」
「あ、なるほど……」
「そうなんっすよ。企画のちゃちさとHPの内容の立派さが釣り合ってないんっすよ」
「……、……」
高梨さんは、太陽光発電をやる時期がおかしいと言っていた。
だから、高梨さんの言っていることは間違ってはいなかったが、川田さんは、もう一歩踏み込んできた。
「つまり、これはフェイクなんっす。こんな事業も会社も、実際には存在しないっすよ」
「……、……」
「あ、いや……。正確に言うと、事業や会社はあるだろうけど、それは東和なんとかって会社じゃないよ」
「どういうこと?」
「このHPはどっかの会社のをパクったってことです」
「そういうことか」
まさか……。
会社名もしっかり覚えていないのに、そんなことまで分ってしまうなんて……。
確かに、この人は、私達はもちろん、高梨さんとは違う。
何と言うか、見えている物が違いすぎる感じがするのだ。
「千秋ちゃんさあ……。このHPがパクったものだと言うことの意味が分るかい?」
「意味……、ですか?」
「そう、これ、重大なことを示唆してるの」
「……、……」
「まあ、いいや……。それは後回しにして、これって、結局、誰がハマりそうな話なの?」
「私の友達の美香です」
「ああ、やっぱそうか。それで全部分ったよ」
「えっ?」
私には、相変わらずHPが投資詐欺の道具になっていることしか分らない。
意味と言われたが……。
それに、川田さんが全部分ったと言うのも、私にはわけが分らない。
「あのね……。詐欺ってのは、ハメる相手によって、道具が違うんだ」
「……、……」
「……で、投資詐欺をやるとすると、事業や会社は、自力で立ち上げないといけないの」
「……、……」
「お金を払いに行ったら……、事業の説明を聞きに行ったら……、登記を調べられたら……、ってときに、架空の物だけじゃ騙しきれないでしょう? 不特定多数の相手にお金を出させなきゃいけないんだから」
「……、……」
「まあ、特定の顧客を狙った投資詐欺もあるけど、だとしたら、千秋ちゃんのお友達なんか狙わないのは分るよね? 実入りが少ないから」
「はい……」
「だとするとね、HPくらい自力で作るんだ。パクったりしないで」
「……、……」
「……でね、そう言う詐欺をする連中は、絶対にHPを完璧に作ったりはしないの」
「どういうことですか?」
「この投資詐欺ってのは、必ずいつかはバレるの。そうだよね? 事業自体がないかいい加減なんだからさ」
「ええ……」
「バレる時にね、完璧にHPを作っちゃうと、言い訳が効かないんだよ、告訴されたときに」
「……、……」
「つまり、彼らは、何らかの事情で事業が進められませんでした……、って言い訳をして、自分たちがやっていたことは詐欺ではなかったと言うのね。いわゆる、悪意はなかった、って主張するの」
「……、……」
「だから、成功している会社のバランスシートなんかを貼り付けたりはしないんだ。見る人が見れば分るようなツッコミ処を、必ず用意しておくものなんだ」
「……、……」
「それをあたかも誤算だったと言い訳をして、裁判に臨むの」
「……、……」
「何が言いたいかと言うとね。このお友達の件は、投資詐欺ではないってことなの」
「えっ?」
「これは、投資詐欺じゃなく、一種の結婚詐欺だよ」
「……、……」
決定的なことを言ったにも拘わらず、川田さんはさも当たり前のことを言ったような顔で、ウーロンハイを喉に流し込んだ。
「美香ちゃんは、もうお金を払っちゃったの? 某かでも……」
「いえ……、その前に私に相談してきました」
「ああ、それで、千秋さんが一緒に付いて行ったりしたんだね?」
「ええ……。心配だったもので」
「危なかったね。それ、千秋ちゃんが一緒に行かなかったら、その日にお金を振り込まされていたよ」
「……そうですか」
「大事な友達なんだね?」
「ええ……、慎也君も、美香が引き合わせてくれました」
「じゃあ、ちゃんとケリをつけてあげるよ」
「何とかなるのでしょうか?」
「ああ、任せな。美香ちゃんが納得する形で納めてあげるし、アフターフォローもしてあげるから」
「すいません……。よろしくお願いします」
川田さんはそう言って、私の肩をポンポンと軽く叩いた。
その感触は、高山課長に叩かれたときと同じように、私に安心を感じさせるものだった。
「ところで、次に美香さんが東和何とかって連中と会うのはいつなわけ?」
「明日です」
「あ、明日? 明日の何時頃?」
「1時に、JR品川駅改札口で待ち合わせになっています」
「うーん、まあ、何とかなるか。じゃあ、12時半に品川駅構内のドトールに集合。軽く、打ち合わせをするからさ」
「はい……」
「千秋さんは、美香さんに連絡しておいてね」
「はい……」
何か用事があるのか、川田さんは困ったような顔をしていた。
でも、明日の件も請け負ってくれたのだから、大丈夫なのだろう。
「慎ちゃんも12時半に集合。相手と会ってるときはどっかで時間を潰してもらうけど、君がいないと俺が行っても美香さんは不安がるだろうからさ」
「了解です」
慎也も、力強くうなずいてくれる。
「高梨さんは、悪いけど、後から来て下さい。そうね、2時に品川駅に着いて、着いたら慎ちゃんに連絡を付けて合流して欲しいかな」
「あら、私も行くの? それに、何故、私だけ後からなの?」
「ああ、それは、美香さんは精神的なダメージを負うんで、その介抱役ってことで……。俺は用事があるんで、東和何とかをやっつけたら一度消えます。戻ってくるまでに、高梨さんの身の上話でも、美香さんに聞かせてやって下さいよ」
「私の身の上話?」
「そう、世の中にはこんなとんでもない人がいるって分れば、美香さんだって元気が出るだろうからさ」
「もう……。また、酷いことを言って……。でも、分ったわ、言うとおりにします」
「あ、そうそう、そのときはメイクは控えめにね」
「えっ?」
「今みたいに気張ってちゃ、美香ちゃんが怯えかねないですから」
「もう……」
「まあ、2時に合流なら、今晩二丁目でオールしても大丈夫でしょ? ってことで、よろしくお願いします」
「了解……」
一通り指示出しをすると、川田さんはウーロンハイを飲み干した。
そして、
「じゃあ、俺、先に失礼するわ」
と言って、千円札を三枚置いて立ち上がった。
居酒屋に来て小一時間……。
1人で場を仕切り、勝手に話を進めて、川田さんは帰って行った。
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