第6話 う、嘘と言って……

「もしもし……」

「あ、千秋さん。電話、待ってました」

「昨日の話なんだけど……」

「許可はもらえました?」

「ええ……、慎也君なら信用出来るから、って」

「えっ? 僕も知ってる人のことですか?」

「そうなの。実は、美香のことなの」

「ああ、なるほど……」

美香との電話を切って、今度は慎也に掛けた。

 慎也が私からの連絡を待っているだろうと思ったから……。

 私だけでは美香を救いきれないことがハッキリしただけに、慎也に話して、少しでも解決の糸口を手繰りたかったのだ。


 慎也は、相づちを打ちながら、真剣に聞いてくれた。

 ただ、時々入る質問の感じからすると、やはり、あまり堪能な方面の話ではないらしく、理解するので精一杯と言った感じであった。


 だから、あまり具体的な助言が聞けるとは思えなかったが、それでも、誠実な慎也の反応は私にとっての癒しになった。

 私がしっかりしなくては……、と思う一方、あの藤田と小川を向こうに回し、しかも肝心の美香が諦めきっていると言う状態は、心細いとしか言いようがない。

 誰にも頼れないし、ここで慎也が話を聞いてくれなかったら、私の気持ちも折れそうだったのだ。


 そう、私には慎也がついている。

 それだけが今の私の支えであった。





「うーん、そう言うことだったんですか」

「ね……。かなり深刻な話でしょう?」

「ですね」

「美香はすっかり諦めてしまってるの」

私は、県警本部に行ったことと、高山課長からの助言以外は、すべて慎也に話した。

 他の人の意見を聞くと、どうしてもそれに流されがちになるので、その二つはあえて伏せたのだ。

 そして、私も主観を極力交えず語ったつもりであった。


「千秋さん……。一つ思ったんですけど」

「……、……」

「もし、美香さんがお金を出しちゃったとしますよね。でも、それだけで本当に終わるんでしょうか?」

「どういうこと?」

「詐欺の被害に遭う人って、このくらいの額なら良いだろう……、って感じで、最初は受け入れてしまうと思うんです」

「……、……」

「でも、詐欺師はそういう相手の心理を利用して、段々ハードルを上げていったりするような気がするんですよ」

「なるほど……」

「だとすると、今回は100万円ですけど、それだけでは済まない可能性ってないですか?」

「うん、それは言えるわ」

「脅すようなことを言って申し訳ないのですが、今の美香さんの心境って、すでに相手ペースで話が進んでしまっているのではないかと……」

「……、……」

私は、かなり驚いた。

 若いし、得意分野ではないはずだしで、慎也がこんなにしっかりとした意見を示すとは思わなかったからだ。


 しかし、言ってることは、核心を突いているような気さえする。


 先ほど美香と話をした時に、これも指摘してあげれば良かった。

 それで何が変わると言うものでもないだろうが、100万円を渡すと言う選択肢がどれだけ危ないものなのかを、もっと分かりやすく示せていたことは間違いない。


「千秋さん……。それで、何か具体的に美香さんを止める方法はありますか?」

「それが……」

「あ、いえ……。具体的なんて言われても、千秋さんも困りますよね」

「そうなの……。本当は、美香を張り倒してでも止めたいのだけれど、そういうわけにもいかないわよね。美香の気持ちもあるし」

慎也は、また、うーん……、と唸った。

 私も、心の中で同じように唸っていた。





「あの、提案があるんですけど、良いでしょうか?」

「提案? 大歓迎よ。もう、私は万策尽きてしまっているの」

「まあ、提案と言っても、僕が何かをしてあげられるわけではないので、あまり期待しないで聞いて下さいね」

「うん……。でも、期待しちゃうかも」

「あはは……。ちょっと、プレッシャーがかかります」

「うふふ……。ごめん」

万策尽きているのは事実だ。

 今は、美香が暴走しないことを祈るだけしか、私には出来ない。

 口で笑ってはいるが、気持ちは必死だったりする。


「実は……、僕の先輩に、フィナンシャルプランナーの資格を持っている人がいるんです」

「えっ?」

「大遅刻をした前の日に、朝まで飲んでいた方々の中の1人なんですが、若いときはサラ金の店長をやっていたそうで、多分、そういうのに詳しいんです。少し前まで、投資顧問の仕事もなさってましたしね」

「……、……」

「良かったら、千秋さんがその人に会って、直接アドバイスを受けたらどうでしょうか? もちろん、僕も同席します」

「慎也君、それ、凄く助かるわ。お願いできる?」

「ええ、大丈夫ですよ。連絡は付きやすい人ですから。それに、頼み事を断るような人でもありませんしね」

「実は、私、警察にも行ったのだけれど、民事不介入とかで何も出来ないって言われてしまったのよ」

「ああ、じゃあ、丁度良かったですね」

「丁度良かったどころじゃないわ。これこそ正に、地獄に仏よ……」

私は、そう言いながら、心底、慎也に感謝した。


 それにしても、こんなひょんなところから活路が開けるなんて。

 やはり、独りでグダグダ考えているだけでは、何も解決はしやしない。


 よく考えてみれば、フィナンシャルプランナーを評価するには、同じ資格を持った人の意見を聞くのが一番早いに決まっている。

 特に、藤田は胡散臭いことこの上ないのだから……。


 しかし、私にはそんな発想はまったく思いつきもしなかった。

 そして、そんな人間関係もありはしなかった。

 若いと言うだけで軽視した慎也に、私は何度も心の中で詫びるのであった。





 慎也の先輩と会う日は、先方の都合で、土曜日になった。

 慎也は、

「ギリギリの対応になってすいません」

と謝っていたが、私だけでは日曜まで無為に時間を過ごすしかなかったのだから、対応してくれるだけで、有り難いことこの上ない。


 待ち合わせの場所は、新宿のアルタ前……。

 何処か落ち着いて話の出来る居酒屋にでも入って、じっくり話を聞かせていただくつもりだ。

 だから、待ち合わせの時間は、夜7時に設定させてもらった。





 慎也の先輩と会う約束を取り付け、私はようやく少し安心したのだった。


 今まで、どうしても私の主観や先入観が入ってはしないかと及び腰になるようなところもあったが、専門家のハッキリとした意見の裏付けがあれば、美香にももっと強く言える。

 それに、たとえ、美香との友人関係が破綻しても、私自身にも、美香に対しても、後悔を残すようなことはないと思えるのだ。


 高山課長は仰っていた。

「結婚するときに失った友達には、今でも心底悪かったと思っている」

と……。


 私も、高山課長のご友人と同じで良いと思っていた。

 それで、美香が本当に救われるのなら……。





 土曜日の件が決まり、私は、一つだけ残念なことがあった。

 それは、今週の二人での週末デートが、なくなってしまったことだった。

 日曜日も、私は品川に行って美香を救うつもりでいるので、土日の両方が塞がってしまっている。


 非常時にこんなことを考えるのは、不謹慎なのかも知れない。

 一応、私にもその自覚はある。

 慎也の先輩には、私の方からお願いしたことだし……。


 しかし、今は、私にも慎也の精神的な支えが必要だった。

 二人で過ごす、何気ない時間も……。


 あの、藤田と小川という男達に出会ってから、私の心はささくれ立っていたのだ。

 剥き出しの悪意が美香を飲み込もうとしていることに対しての、嫌悪感が原因なのかもしれない。

 私は今まで、そういう人の弱みに付け込んで突き刺すような悪意と、対峙した経験がなかった。


 だから、尚更、慎也の純朴な心に触れていたかった。

 干支一回り分も年上なのに……。

 有り体に言えば、私は慎也に甘えたかったのだろうと思う。





「千秋さん、早いですね」

「慎也君こそ……。まだ30分前よ」

「あはは……。先日、大遅刻しましたので」

「私も、美香のことが気になっていたから……」

週末のアルタ前は、酷く混んでいる。

 かなり大きな声を出さないと、隣にいる慎也の耳に声が届かない。


「後で直接聞いてもらえばいいのですが、先輩が言うには、やはり、かなり怪しいそうです」

「そう……」

「最初に、投資の話で太陽光発電……、と僕が言っただけで、危ないと言ってましたから」

「太陽光発電と聞いただけで?」

「ええ……。先輩が言うには、もし大規模にこれから事業をやるのなら、太陽熱発電の方が効率が良いそうなんですよ」

「太陽光と太陽熱って、どう違うの?」

「ああ……、僕も疑問に思ったので聞いたんです。そうしたら、太陽光は太陽光をパネルに当てて発電する技術で、太陽熱は太陽光を鏡で一点に集め、その熱を利用して水を蒸気に換え、タービンを回して発電する技術なんだそうです」

「……、……」

「太陽光のパネルって、結構値段が高い割に、メンテナンスが大変で、しかも発電量が少ないのだそうです。でも、太陽熱は、タービンを回して発電する技術なので、規模が大きければ大きいほど効率が良く、発電システム自体が従来のものとほとんど変わらないから、設備がシンプルで安くつく……、って言ってました」

「そうなんだ……」

正直、相づちは打ったものの、正確に理解したとは言い難かった。


 ただ、イメージは湧いた。

 太陽光パネルは、屋根いっぱいに設置しても、一家庭用の電気分も心許ないのは知っている。

 どれだけ広い土地でやるのかは分らないが、パネルを相当敷き詰めても十分に電力供給が可能だとは思えなかった。


 慎也が言うには、太陽熱発電の理屈は、地熱発電などとほとんど原理が変わらないのだそうだ。

 こう説明されて、私はハッキリとイメージ出来た。

 つまり、地熱を使うか、太陽熱を使うかの差しかないわけだ。

 大きなタービンを回せば回すほど効率が良いらしいので、確かに規模が大きいのならば太陽熱の方に軍配が上がりそうだ。

 私は、幼い頃に学んだ理科の実験を思い出していた。


「……と言うことは、太陽光発電の業者ってだけで、かなり怪しいってこと?」

「あ、いえ……。そう言うことではないようですよ」

「……、……」

「太陽光は、家庭で設置するのなら、現状ではコストが高いものの十分に効果があるそうです。だから、住宅向けの設備を売っているような会社は、技術もフォローもしっかりしてきているので、投資先として悪くないそうです」

「……、……」

「ただ、そういう技術を持っている会社は、もうすでに事業を始めてしまっていて、後発では食い込めないらしいんです」

「……、……」

「メガソーラーの方は、計画倒れでかなり多くの事業が破綻しているようですので、結局、今の時期に投資枠を設定している太陽光発電事業が危ない……、と言うことのようです」

「そうなの……」

「太陽光発電の電気の買い取り値段が下がったりとかで、これからやる事業ではないようですね」

慎也は、先輩からしっかり教わったのか、私にも分るように教えてくれた。


 しかし、こんなことは一般人の私が、予め知っているはずもない。

 ましてや、恋愛とファッションに興味が偏る美香なら尚更だ。


 やはり、専門家の知識は凄い。

 私はあらためてそう思った。

 そして、一生懸命その知識を覚えて私に教えてくれた、慎也に感謝するのだった。





「しーんちゃん……」

人混みが増す中、慎也の肩を叩いた人がいた。


「あ、高梨さん、すいません……、お呼びだてしてしまって」

「いいのよ、慎ちゃんの頼みなんだから……」


 私は、慎也と話している、慎也を「しんちゃん」と呼ぶ人物を凝視した。

 

「そ、そんな……。サラ金の店長をやっていたって言っていたじゃない!」

私は、心の中で叫んだ。


 慎也と親しげに話している人は、どう見ても女性であった。

 年齢は50代くらいだろうか?

 綿の白いブラウスにワイドパンツを履き、顔にはバッチリメイクが施してある。


 身体は私よりもかなり小柄で、体型は、スレンダーながらも丸みを帯びていて、私よりも女性らしい体つきだった。


 美香は言っていた。

「早朝の日高屋で、女性が飲み直したりすると思う?」

と……。

 私もそれで男性と飲んでいたのだと納得したのだ。

 それなのに……。


 私は、慎也に裏切られたような気持ちでいっぱいになっていた。

 デートの前日に、他に複数の人がいたにしても、女性と朝まで飲むなんて……。


 それに、高梨と言う女性は、慎也とかなり親しそうだ。

 そうでなければ、「しんちゃん」なんて呼ぶだろうか?

 いや、どう看ても親しいとしか思えない。

 年齢差があるから、性的な関係かどうかまでは自信がないが、それでも、かなり付き合いも長いのではないだろうか?


 大体、この女性と慎也の接点が思いつかない。

 

 そう……。

 性的な関係でなかったら、どうやって知り合うと言うのだろう?


 私は、呆然としながら、慎也と女性を見つめていた。

 ただ、見つめてはいたが、二人の姿が視野から遠ざかっていくような気がしていた。


 遠くで、慎也が何かを言っているようだ。

 しかし、私の耳には何の音も入っては来なかった。

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