第4話 対決……、したものの

 間に合った。

 時刻は0時55分……。

 私は、品川駅のJR改札口を出た。

 美香と彼氏は1時に待ち合わせている。

 ギリギリ、滑り込んだ感じだ。


 美香はすでに着いている。

 電車の中で、ずっとメールのやり取りをしていたので、一応は打ち合わせ済みだ。


 美香には、私より後に着くように指示を出した。

 今は、品川駅構内の新幹線待合所で待機していることになっている。

 1時ピッタリになったら、JR改札口に来て、まず、私を見つけるようにメールしておいた。


 品川駅は、混雑していた。

 家族連れが多いのか、子供の姿が目立つ。

 相手は男性の二人連れのはずだが、どれが美香の彼氏かは、私には分らなかった。





「なあ、美香……。いい話だろう?」

藤田と名乗った美香の彼氏は、一通り説明すると、美香の腰に手を回しながら言った。


 私と美香は、品川駅から出てすぐの喫茶店で、投資話の説明を受けた。

 大金が動くかも知れない話なのに、喫茶店で説明するというのが、私には気に入らなかったが……。


 藤田は、派手な服装で、一見するとどんな職業の人間かは分らなかった。

 赤いポロシャツに、緑色のチェックのスラックス、首には太い金のネックレスを付けていた。

 体格は大柄でガッチリしており、色の黒い感じからすると肉体労働系の仕事のようにも見えるが、手首から先だけがやけに白く、ゴルフで日に焼けているようだった。


 藤田と同席していた男は、小川と名乗った。

 名刺の肩書きは、

「東和アソシエイト(株)、メガソーラー事業部担当取締役」

であった。


 小川は、藤田と違い、ノーネクタイだが、紺のスーツに白いワイシャツ姿だった。

 肩書きの通り、企業に勤めているように見えた。

 色白で痩せ型……、メガネの奥に光る目が細く、何を考えているのか分らないようなタイプだ。


 投資話の説明は、主に藤田がした。

 資料をもとに、専門用語を交え、約30分くらいかかった。


 資料は、パソコンのプリンターからプリントアウトされたような紙の綴りが4種類あり、そこには、事業計画やソーラーパネルの説明、東和アソシエイトの企業理念、実際に事業を行う場所の画像などが載っていた。

 美香と私は、説明を受けながら、目を皿のようにして資料を眺めたが、数字の記載などはどういう意味なのか分らず、

「何となく、そんな事業計画がある……」

くらいの印象しか残らなかった。





「詳しいことは、HPに全て出ていますので……」

藤田が説明し終わると、名刺のURLを示して小川は言った。

 資料はそれをプリントアウトしたものだから……、と言うことで、受け取ることは出来なかった。

 美香が手にしたのは、小川の名刺……、それだけであった。


「投資の期日ですが、もうすでに枠があまりありませんので、お早めにお願いいたします。今回は、藤田様が仲介に入っていただいたので特別枠をご用意いたしましたが、本来なら、ご紹介のない投資は遠慮させていただいています」

「そうだぞ、美香。これは特別なんだ。年利38%の投資なんて、今時、滅多にない。しかも、元本保証なんて、プロの俺でも聞いたことがない良い話だ」

「再来週には大口の投資家様が入金なされますので、出来れば、次の日曜日までにお願いします」

「一週間あれば、何とかなる。50万が二口で100万だ。大した金額じゃない。次の日曜に、ここで待ち合わせで良いよな?」

小川と藤田が、代わる代わる美香にたたみかける。


 美香は、

「はい……」

「そうですか……」

と曖昧な返事をするだけで、確定的なことは何も言わなかった。

 そして、返事をしつつ、私の方をチラチラ見ては、不安そうな表情をのぞかせるのだった。


 この辺のことについては、私が事前に指示出しをしてあったのだ。

「絶対に、必ず契約するとか、いつ判を押しますとかって言ったらダメよ」

「返事は極力曖昧にして、言質をとられないようにね」

と……。

メールで、何度も美香に念押しをしておいた効果が現れていた。


 私はと言えば、何も言わず、じっと座っていた。

 相手が言うことを一言一句聞き逃すまいと、神経を集中して……。

 藤田も、小川も、美香だけに話しかけ、私の方には見向きもしなかった。





「美香……。これ、絶対におかしいよ」

東海道線の車内で、私は美香にささやいた。

 スマホでHPを調べたが、東和アソシエイツの会社の所在は、何処にも書いてなかったからだ。

 所在どころか、電話番号も載っていない。

 あるのは、メールアドレスだけであった。


「あんな感じで良かったわよ」

「私は、何だか分らなかったの。だから、千秋に来てもらって本当に良かったわ」

「そうかも……。具体的に何処がってわけではないけど、話が旨すぎる」

「そうなの……?」

「うん……。資本金3000万円の会社が、8億円も投資枠を設定して、ほとんど枠が残ってないなんて考えられないもの」

「……、……」

「でも、決定的な証拠がないのよね」

「証拠?」

「そう、投資話がインチキだって言う証拠よ」

「じゃあ、もしかして彼も騙されているの?」

美香は不安そうな顔で私を見たが、私はその問いに答えられなかった。


 私の感触だと、藤田も小川とグルだと思う。

 しかし、証拠のない状態で藤田を疑うと、美香が逆上しかねないから、問いかけには答えなかった。





 美香とは、横浜駅で別れた。

 美香は帰宅したが、私はみなとみらい線に乗り替えて、日本大通り駅で降りた。


 日本大通り駅には、神奈川県警の県警本部がある。

 どこに相談して良いか分らなかった私は、とりあえず警察を頼ることにしたのだ。


 県警本部の建物に入ろうとすると、制服を着た女性の警察官に呼び止められた。

「何か、県警本部に御用でしょうか?」

と……。

 私が、友人が詐欺かもしれない投資話で困っていることを告げると、女性警察官自らが、県警本部の受付に案内してくれた。


 受付の女性は、知的犯罪課の、男性の刑事さんを呼び出してくれた。

 刑事さんは、私の話を辛抱強く聞いてくれ、しきりと、

「うーん……。断定的なことは言えないですが、かなりお友達は危ないかもです」

「その投資をご友人に諦めさせることは出来ないのですか?」

と言っていた。


 しかし、刑事さんは、最後にこう言って私を絶望させた。

「すいません。今の状態では、警察は介入出来ないのです。民事不介入と言って、警察は民間の契約事に口を挟めないことになっています」

と……。


 県警本部で、私へ対応してくれた方々は、皆、丁寧な上に親切であった。

 ただ、残念だが、私と美香の役には立ってくれなかった。





 家に帰り着くと、時刻は9時を過ぎていた。

 

 私は、県警本部を出てから、関内駅にある市役所と、横浜駅にある県民センターを回ってから帰宅したのだ。

 どちらも、法律の市民相談が目当てであったが、残念ながら空きががなく、次の日曜日までの予約は取れなかった。


 お役所などを回ったせいか、私は酷く疲れていた。

 身体もだが、心が……。

 美香が哀れで仕方がないが、美香自身が藤田を信じている。

 いや、美香は藤田を信じたいと思っているのだ。

 その事実が、私の気持ちを更に重くさせた。


 食欲はなかったが、昼から何も食べていないことに気づき、とりあえずご飯を炊いた。

 こういうときこそ、しっかり食べないと……、と、自らに言い聞かせて。


 面倒くさかったが、トマトサラダとほうれん草のおひたしを作った。

 手早く豆腐のお味噌汁も作る。

 そして、ご飯が炊けると、いつもより少し多めに茶碗に盛り、納豆と卵をかけ、よくかき混ぜて食べた。





 夕食を簡単に済ませると、私はスマホを手に取った。

 昼からマナーモードにしっぱなしだったので、着信メールが溜まっていた。


 メールは、慎也と美香からだった。


 美香のはお礼と、

「明日の夜、また電話するので、相談に乗ってね」

と言う、悩ましいものだった。

 明日の夜、私は適切なアドバイスが出来るのだろうか。

 正直なところ、まったく自信がなかった。


 慎也からは、6通届いていた。

 最初の方は、いつもの通り、私に語りかける内容だったが、8時過ぎのメールには、

「今日はお忙しいようですね。

もし、僕に協力出来ることがあったら、連絡を下さい。

あまり役には立ちませんが、何でも協力いたしますので」

と、書いてあった。


 いつも返信を欠かさない私が、今日に限って一通しか返信しなかったことで、慎也なりに思うところがあったのだろう。

 昨日の今日で、私の様子が変なのを気にしたのかも知れない。

 もしかすると、遅刻の件をまだ気にしているのかも……。


 私の異変を察知して、気遣いのメールをしてくれる慎也が愛おしかった。

 昨日、ささいなことで疑ったが、それは私が疑い深すぎるのかもしれないと、かなり反省もした。


「とにかく、すぐ、慎也に返信をしよう」

そう、呟いて、私はスマホ画面に向かうのだった。

 

「今日は返信出来なくてごめんなさい。

ちょっと、午後から用が出来、人と会ったりしていましたので。

協力をお願いするときは、きちんと事情をお話しますね。

今はまだ、その段階ではないのですが……。

デートは、土曜日が良いかな?

慎也君のスケジュール次第ですが、連絡、お待ちしております」





 慎也にメールをすると、私はパソコン画面で東和アソシエイツのHPを見返した。

 スマホ画面は小さいので、何か見落としていないかと思ったのだ。


 今のところ、東和アソシエイツの怪しいところは、資本金と投資枠のことと、本社の所在や電話番号が載っていないところ……。

 それ以外に何かないかと思ったのだが、結局、私には見つけることが出来なかった。


 次に、東和アソシエイツの社名で、Google検索をかけてみた。

 すると、一番上に載っていたのは日用雑貨の会社で、小川が勤めている東和アソシエイツとは関係のない、同名の会社のようだった。


 ただ、検索ページの1ページ目はすべてその日用雑貨の会社関連の記事で、小川が勤めている東和アソシエイツのHPは2ページ目の最初に出てくるだけだった。

 そして、小川の勤めている東和アソシエイツの記述が出ている項目は、HPの一項目だけであった。


 私はここでも違和感を覚えた。

「8億円の事業をする会社が、HPにお金をかけないなんてことがあるのだろうか?」

と……。

 大抵、何処の会社でも、自分の会社の社名が上位に来るように処置しておくものだ。

 とくに、信用のおける株式会社なら……。

 それに、HP以外に記述が出てこないのは、明らかに変だ。


 私は、また少し、東和アソシエイツへの疑惑を強めた。

 他にも何か手がかりがないかと、「メガソーラー発電」や「投資詐欺」といった項目で検索をかけてみたが、これ以上のことは、私には何も分らなかった。





 検索しながら私が思っていたのは、

「東和アソシエイツの疑惑をいくら解明しても、美香は救えない……」

と言うことだった。


 東和アソシエイツは、あくまでも藤田が抱えている投資上の案件の一つに過ぎない。

 だから、もし、疑惑を解明しても、藤田が騙されそうだったと言い出せば、美香を藤田から引き離すことは出来ない。

 被害者顔をして立ち回られたら、美香は同情さえしかねないからだ。

 そうなったら次は、きっと、藤田は私のいないところで話を進め、美香を食い物にすることだろう。


「何とか、藤田がグルだと証明出来れば……」

そう呟いたが、私に妙案はなかった。





「プルッ、プルッ……、プルッ、プルッ……」

通話の着信だ。

 スマホを見ると、慎也からだった。


「はい……」

「夜分にすいません」

「ううん……。今日は、返信できなくてごめんなさいね」

「それはいいのですが、千秋さんが心配で……」

「……、……」

「メールを見ましたけど、何か抱えてますよね?」

「……、……」

「よかったら話して下さい。それとも、僕には話せないことですか?」

「ううん……、そうじゃないのよ。ただ……」

「ただ?」

「これは、直接私が抱えていることではないのね。だから、悩みを抱えている人に話して良いか聞かないと、慎也君には話せないことなの」

「……、……」

「明日、その人と話をするから、慎也君に話をしても良いか、聞いてみるね。それでOKだったら、相談に乗ってくれる?」

「もちろんです。僕でお役に立てるのなら……」

「ありがとう。私が思うに、結構深刻な話なので、OKが出たら必ず連絡するね」

「きっとですよ」

「うん……」

日曜なのに、慎也はずっと私を心配し続けてくれたのだろう。


 スマホの向こうから聞こえる慎也の声は、いつも通り爽やかで……。

 そして、いつもより、優しかった。





 慎也からの通話を終え、私は少し物思いに耽った。


 美香は、どうしてあんな藤田みたいな男と付き合いだしたのだろう?

 慎也に話せば、少しは解決の糸が見つかるかしら?

 私が美香にしてあげられることって、何かしら?


 幾つもの想いが、浮かんでは消えた。

 しかし、どの問いにも、明確な答えはなかった。


 日曜の夜は、憂鬱なまま、更けていく。

 何故か脳裏に、藤田の手がいやらしく美香の腰を抱く場面が、思い出されるのだった。

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