さとうがたまる、ちんでんなう

「そいやっ」


 アイスコーヒーにスティックシュガーを一本投入。

 さらに、もう一本スティックシュガーを手に取り……先端を破く。


「えいっ」


 当然、投入。

 そして、もう一声と言わんばかりに続けてスティックシュガーをもう一本。


「たぁっ」


 封を開け、当然投入。

 するとどうでしょう。

 アイスコーヒーの入ったグラスの底にはとても溶けきらないだろう砂糖の層ができた。


「何してるの?」

「ひゃああっ!」


 トドメにもう一本! と、思っていた所に明人に声をかけられ、あたしは封を切ったスティックシュガーを落としてしまう。

 テーブルの上に細かな砂糖の粒が散乱し、それは砂の宝石みたいに蛍光灯の光を反射した。


「急に話しかけないでよ! ばか!」

「それってアイスコーヒー?」


 罵倒するあたしを無視して、明人はグラスの中身をまじまじと見つめる。

 あたしは、彼からふんっとそっぽを向いて、マドラーを手にした。


「だったら何よ」


 その後、グラスの中にマドラーを突き立てぐるぐるとかき混ぜていく。

 指先からごりごりと沈殿した砂糖をかき混ぜる感触が伝わって来た。


「……あざみちゃん、アイスコーヒー飲むの?」

「見てわからない?」

「いや、そりゃわかるけど……苦いよ? コーヒー」

「知ってる。だからお砂糖入れてるでしょ」


 明人はちらりと空になったシュガースティックの山を見て、またあたしへと目線を戻す。

 それから、ごりごりとマドラーを回す様子を見つめ……。


「砂糖。溶けないと思うよ?」


 ……たっぷり間を置いてからそんなことをつぶやいた。

 その途端、あたしはぴたりと手を止める。


「ちゃんと溶けるわよ」

「そうかな?」

「そうよ。そうに決まってる。そうじゃないと困るもの」


 あたしはぼうっとグラスの底を見遣る明人をよそに、ぐるぐるとマドラーでアイスコーヒーをかき混ぜ続けた。

 そうして、どれ程かき混ぜ続けだろう。


「な、なんでよ……」


 そろそろ良いかと思ってマドラーを置くと、ぐるぐると渦巻いていたアイスコーヒーは徐々に水流が緩やかになる。

 すると、ぐるぐると回っていた砂糖の粒がゆっくりと視認できるようになり……。

 それは、静かに沈殿を始めた。


「ほら、言った通り」


 あっという間に砂糖はグラスの底に溜まり、一、二センチほどの層を作る。

 あたしはその様子をみてがくりと肩を落とし……すぐさま顔を上げて、明人をキッとにらんだ。


「別にいいの! お砂糖はいっぱい入れたから! すっごく甘くなってるわよ!」

「そうかな?」

「そうよ。そうに決まってる。そうじゃないと困るもの」


 直後、あたしはグラスを手に取り、ヒンヤリしたそれを口元へと運び、一口分だけ口に含んだ。

 けれど……。


「……にがい」


 あんなにいっぱい砂糖を入れたのに、あたしのこども舌にそのアイスコーヒーはとっても苦く思えた。

 刹那的に甘さは感じられたのだけど、後味って言うんだろうか?

 口に含んだ瞬間に、コーヒーの苦みが砂糖の甘さを追い出したんだ。


 最終的にあたしの口の中には、コーヒーコーヒーした風味が充満していた。


 べぇっと舌を出し、あたしは買っておいたショートケーキをお口の中に一口迎え入れる。

 その瞬間の幸せなことこの上ない。


「あまーい……」


 あたしはフォークを片手に甘美という言葉を噛みしめていた。

 その隙をついて、明人はひょいとあたしからアイスコーヒーのグラスを取り上げる。


「あ! ちょっと!」


 あたしの制止などまるで聞かずに明人はコーヒーを一口含み、次の瞬間――


「……甘すぎる」


 ――そんな信じられない言葉を、吐いて捨てた。


「ちょっ! どこが! 苦いわよ!」

「うーん。あざみちゃんにはそうかもね?」


 彼はそうやって余裕ぶると、グラスを傾けながら甘いとのたまったコーヒーをぐびぐびと飲んでいく。

 あたしがその様子を見ていると一度口を離し「飲むの?」と訊いてきた。


 あんな苦いもの飲める訳ないじゃない……。


 明人の問いかけにぶんぶんと首を振って答えると、彼はまたぐびぐびとアイスコーヒーを飲んでいく。

 そして……。


「ごちそうさま」


 ごとっとテーブルにグラスを置いた。

 グラスには沈殿していた砂糖が、彼が口をつけていたふちに向かって緩やかな三角形を形作っている。

 とても溶けきっていなかった砂糖を目にして、あたしは歯がゆい気持ちになった。


「別に……一人でだって飲めたからね」


 結果、あたしは悔しまぎれにそんな言葉を口にする。


「あざみちゃんが?」


 すると、明人は「本当に?」と言いたげにあたしの顔を覗き込んできた。

 あたしは必死に彼から顔を背け続け……。


「がんばればできたわよ。がんばれば」


 ……あたしがそう付け足して初めて、明人は目線を外してくれた。

 ほっと胸を撫で下ろしながら、あたしはキッと明人をにらみつける。

 けど、あたしの鋭い視線が刺さる前に彼はあたしに背を向けていた。


「ちょっ――どこ行くのよっ」


 思わず彼を留めるようなことを口走ってしまう。

 しまったと、一瞬考えるけど、彼はそんなことを気にする素振りもなく振り返り――


「口直し。コーヒー取って来るよ。あと君には紅茶を持ってくる」


 ――そんなことを言って、またのそのそと歩き出した。


「……この珈琲党めぇ」


 あたしは、またぱくりとケーキを口に入れる。

 そして、飲み物を取りに行った彼の背中をじっとうらめしくにらみ続けた。

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