第7話 お風呂で失神した!
就職してからもう3週間たった。お給料をもらうのは大変なのが良く分かった。学生のうちは本当に楽だった。幸い職場では皆親切にしてくれる。仕事も教えてくれる。女の子だからかもしれないが、甘えてはいけないことも分かっている。
勤め始めて実感したのが、不規則な休日。休みは週に2日あるが、ウィークデイが多い。また、勤務もシフト制で早番、遅番がある。早番の時は、始発の電車に乗って出勤。遅番では帰るのが終電に近いこともある。
家事は休みの日にまとめてやるようにしているが、疲れて昼頃まで寝ていることが多くなった。パパは私が疲れているのを心配して負担のかからないように協力してくれた。
ただ、パパとすれ違いが多くなり、一緒にいる時間が少なくなったので、会話ができなくて、寂しくものたりない感じがする。
遅番で終電近くなって帰ってもパパは起きて待っていてくれる。私が帰宅すると安心して寝てしまう。パパが気を使っていてくれるのが嬉しい反面、何もしてあげられない自分にいら立つこともある。
今日は遅番だけど比較的早く帰れた。まだ、11時前、家に着くと、パパは私の作り置きの料理を食べて、食器の後片付けも済ませてある。お風呂も済ませている。
「ただいま」
「おかえり」
「夕食は食べた?」
「ごちそうさま、おいしかった。ビールのつまみもありがとう」
「後片付けしてくれてありがとう」
「久恵ちゃん、夕食は?」
「まかないで済ませた。お風呂に入ります」
「少し休んでからにしたら?」
「大丈夫、早く寝たいから」
パパはお風呂が好き。ここのお風呂は私も大好き、バスタブが広くて、足が伸ばせて、ゆったりできる。
パパは熱いのが好きで、私は温めが好きなので、後から入るといつも丁度いい湯加減になっている。それで結構な長風呂になる。あまり長いとパパが必ず「大丈夫」と声をかけてくれる。
いつものようにゆっくり入る。お風呂は気持ちいい。ましてこんなお風呂に入れるなんで最高、疲れがとれる。髪と身体を洗って、また、湯船につかる。もうすでにかなりの長風呂になっている。
パパがいつものように「大丈夫」と聞いてくる。「大丈夫」と応える。気持ちいい、最高、今日はいろいろあって疲れた。
夢を見ているみたい。誰かが私を抱きかかえている。「大丈夫?」の声が聞こえる。冷たいものが首の下に入れられる。額に冷たいものが載せられる。
目を開けるとパパが心配そうにのぞき込んでいる。「気が付いてよかった」といって、水を飲ませてくれる。
「お風呂で寝ていた?」
「返事がないから覗いてみたら、寝ているみたいで浮かんでいた。早く気づいたから溺れなくてよかった」
「ありがとう、疲れていたので眠ったみたい」
「ゆっくり休んだら」
「うん、着替えるから」
ようやく、意識がはっきりしてきた。私、お風呂で寝てしまったんだ。裸で浮かんでいた? ここまで運んだのはパパ? 裸のままの私を運んだ?
バスタオルにくるまっているけど、裸のまま。ええええ・・・。気を取り直して着替える。パパに裸を見られた? 恥ずかしい。
パパがまたドアをノックして、ドア越しに声をかけてくれる。
「大丈夫?もう寝てもいい?」
「もう大丈夫、本当にありがとう」
「びっくりしたよ、でもよかった、大丈夫そうで」
「パパ、私の裸見たでしょ」
「慌てていて、そんなゆとりは全くなかった」
「どうだった、私の裸?」
「本当に、驚いてそんな見ているゆとりなんかなかったんだ。感想を聞かれるのならもっとよく見ておくんだった」
「やっぱり見たんだ。でもしかたないわ、助けてくれたお礼ということで」
「明日の朝、身体の調子を見て、仕事に行くか決めたらいい。おやすみ」
パパは慌てて戻っていった。絶対にしっかり見ていたはず。まあ、いいかパパには見られても。本当に疲れた。おやすみなさい。
翌朝、目覚めたときに、身体がとてもだるいので、ホテルに体調がすぐれないので1日休ませてもらうと電話を入れた。パパは心配そうに出勤した。昼過ぎまで寝ていたらようやく回復した。やっぱり、疲れが出たんだなあ。
◆ ◆ ◆
私の最初のお給料日にパパは家事とお手当についての相談をしたいといった。パパは、私が就職して扶養家族ではなくなったので、これからは家事のお手当を廃止すること、共働きの家庭と同じように、私に過度の負担がかからないように自分も家事を分担することなどを提案してくれた。もちろん一緒に住むことも。
夕食は先に帰った方が準備する。
朝食はそれぞれが作って食べて出勤する。
洗濯は随時、それぞれが行う。
洗濯物の取入れは、先に帰った方が行う。
浴室の乾燥室は乾きが悪いので、衣料乾燥機を購入する。
自分の部屋は自分で掃除し、共通スペースはそれぞれが空いた時間に行う。
食材などの買い出しはメールでお互い連絡する。
私は食費と光熱水費の一部を負担する。
メールでの連絡を密にする。
問題があればお互いその都度遠慮なく相談する。などなど。
「今日初めてお給料をいただきました。自立できるようにしてもらって本当にありがとう」
「兄貴との約束を果たしたまでだから、恩にきることではないから、気にしないで」
「本来ならば、アパートを借りてここを出ていかなければいけないけど、今の給料では不十分なので、このまま住まわせてほしいと思っていました。ありがたい提案をしてもらってとってもうれしい。これからもよろしくお願いします」
「久恵ちゃんがいてくれた方が楽しいから、遠慮しないでいてほしい」
「でもできるだけ家事はやります。だってここでは妻ということになっていることを忘れていないから」
「気にしないで無理しないこと。体を壊したらもっと大変。できないときはできないと遠慮なく言って。久恵ちゃんが来る前は全部自分でやっていたので、全然平気だから」
「ありがとう」
「もっと仕事を楽しんでほしい。今は仕事も家事も苦痛じゃないの。就職してから久恵ちゃんは少しピリピリ・イライラしているよ」
「家事が十分できていないのが申し訳なくて」
「できないのが当たり前」
「わかった。もっと手抜きして提案に甘えることにする。でも家事をしたいの」
「ありがとう、その気持ちだけで十分」
「甘えついでに一つお願いがあるんですけど聞いてもらえますか」
「いいよ、何でも聞くよ」
「初めてのお給料でベッドを買いたいんです。友達の家へ遊びにいったら、ベッドがあってそういう生活にあこがれていたので、ほしいんだけど、いい?」
「自分の部屋だから、何をおいても自由だから、買ったらいい」
「うれしい。ありがとう」
次の休みの日に友達とベッドを買いにいった。ほしかったのは、足が延ばせるソファーがついていて、配置も変えられる意外に大型な組み立て式のもので、そこそこの値段がしたが、買うことにして配達を依頼した。
それから、パパにネクタイを買った。朝、手渡して締めてあげると、パパははにかんでいたけど、とても喜んでくれた。よかった。
まもなくベッドが届いた。でもいざ梱包を開けてみると、やはり一人では組み立てられないことが分かった。パパに頼んだら喜んで組み立てを手伝ってくれた。組み立てに結構時間がかかったけど楽しかった。
配置してみると、広めの部屋の1/3を占有するほど大きい。「一緒に寝てみて」と言ったら「いいよ、いいよ」とあわてて部屋を出ていった。二人で寝てみたかったのに!
この後、パパの配慮もあって、私には少しずつ生活パターンができてきた。生活パターンができてくると、イライラもなくなってきた。パパと一緒にいる時間をできるだけ作った。
話をすることでまた、距離が近くなった気がする。パパも私と話をしているととても嬉しそうだ。私のこと好きになってくれていると思うとなぜか心が安らかになる。ただ、娘としてじゃなくて、好きになってほしいと思う。
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