第02話:僕とキミの60シーシー

「はぁ? なんでアタシがテメーと付き合わなくちゃなんねーんだよ? アタシはテメーの事なんか1ミリも好きじゃ……って、それは言い過ぎか。えっと……15センチも好きじゃねーんだよ! それに告白しに来る奴が減塩マヨネーズ臭いって舐めてんのか?」


 菜々美ななみのバイト先である喫茶店に出向いた僕は、ウェイトレス姿の彼女に瞬殺でフラれた。

 テーブルの上でちょこんと正座している千智に非難の目を向ける。


「キミの能力ちからがあれば、告白なんて取るに足らないんじゃ?」

「う~む、おかしいのう」


 腕組みをして頭をひねる千智に、思わずため息がでる。そんな僕の様子を見て菜々美が怪訝けげんな顔をした。


「……何それ? 独り言? キモいんだけど」


 どうやら彼女には千智の姿は見えておらず、声も届いていないらしい。そりゃそうか。千智みたいな未確認生物が見えていたら、こんなに平然としていられないだろう。


「……まぁ、どうでも良いわ。注文が決まったら、そこのボタンを押して呼べよ」


 吐き捨てるようにして接客を終えた菜々美が店の奥へ戻っていった。残された僕と千智。

 千智が不思議そうな顔をしながら僕を見上げる。


「フラれたわりには、あまり落ち込んでおらんのう」

「いや、落ち込んでる。悲しみで全米が沈没しそうだ。数値化すると15センチメンタルくらいある」

「お主の例えはよく解らん」


 呆れる千智を横目に、僕はテーブルに備え付けられたメニューを手に取る。せっかく喫茶店に来たんだから何か頼もう。

 ペラペラとメニューのページをめくっていると、千智が僕の肩に飛び乗った。千智は「ワシはメロンソーダを頼む」というと、ドカッと僕の肩に腰をかける。


「しかし、あの女は何なんじゃ!? 什悟のことをよく知りもせぬ癖に、什悟をゴミカスのように言いおって!」


 そう言って店の奥を睨む千智。どうやら僕のために本気で怒ってくれているらしい。……少しだけ嬉しい。

 僕は浮つきそうになる気持ちを隠すために、千智に軽口をたたく。


「千智だって結構キツイこと僕に言うけど?」

「ワシは良いんじゃ。ワシはお主の良いところを数えきれぬほど知っておる。今さら1つや2つ罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせようとワシの什悟に対する評価は変わらん」

「何だ、その屁理屈へりくつ


 僕が呼び出しボタンを押すと、イライラとした様子の菜々美が注文をとりにやってきた。エスブレッソとメロンソーダを頼むと菜々美が複雑な表情をする。


「……お前はコーヒーとメロンソーダを一緒に飲むのか?」


 メロンソーダは僕の魂が飲むんだよ、とは言えないので「うん、飲む」とだけ答える。すると、菜々美は「やっぱり変な奴」と言い残してキッチンへ入っていった。


「……のう、什悟よ。あの女は止めた方が良いぞ。他にも良い女子おなごは沢山おるじゃろう」

「うん、同感」


 僕が頷くと、千智は鳩が豆ミサイルをくらったような顔をした。何をそんなに驚いているんだ?


「……お主、あの女を好いておるんじゃよな?」

「うん。大好きだ」

「ならば、なぜ同意するのじゃ?」

「なぜ……って、菜々美を好きでいるのを止めた方が良いというのも同感だし、菜々美よりも優れた女の子が沢山いるのも同感だから」


 僕は一呼吸すると、自分の気持ちを確かめながら言葉を続ける。


「それでも、菜々美が好きだ。菜々美が良い。好きになるって、そういうもんだろ?」


 千智の目を見ながらハッキリと告げると、彼女は何処か寂しそうに苦笑いをする。


「まぁ、お主の言う通りかもしれんの。理屈で好きになる訳ではないからの」


 それからしばらくして、菜々美がエスブレッソとメロンソーダを持ってきた。


「とっとと飲み干して、とっとと帰れよな」

「いいや、飲み干したらおかわりを頼む予定だ」

「へいへい、ご贔屓ひいきどーも。勝手にしてくれ」


 このふてぶてしい態度も彼女の魅力だと思うのだけれど、千智はそう思わないらしい。戻っていく菜々美の背中を睨み付けながら悪態をつく。


「なんじゃ、あの態度は!? あやつの眉間みけんに五寸釘を15センチばかり打ち込んで、その性格を直してやりたいわい!」

「五寸釘を15センチって、根元まで打ち込むってことか。わら人形でもそんなに深く打ち込まないぞ」

「あやつには、それでも生ぬるいわい! お主は腹がたたんのか!? ほれ見てみい!」


 千智がコーヒーカップを指差して怒鳴り続ける。


「あやつめ、お主に意地悪して、そんなに小さいカップでコーヒーを持ってきおった!」

「意地悪じゃない。この店のエスブレッソは、いつもデミタスカップだ」

「……デミタスカップじゃと?」

「うん、普通のカップの半分くらいのサイズのコーヒーカップ。容量は60ミリリットルくらいだな」


 僕の言葉を聞いた千智が、顔を真っ赤にして怒った。


「そうやってお主はワシを馬鹿にするのか!?」


 なんだ? いったいどうした? 僕は千智を怒らせるようなことを言ったか?

 僕は慌てて彼女の言葉を否定する。


「バカになんてしてない」

「馬鹿にしとるわい! なぜ『ミリリットル』などという単位を使う!? 60ミリリットルなら6センチリットルで良いじゃろうが! 60キュービックセンチメートルで良いじゃろうが!」


 キュービックセンチメートル……ってccシーシーのことか。


「センチリットルは日本じゃ一般的じゃないし、ccは国際単位系では認められていない」

「そんなの理不尽じゃ! 『ミリ』よりも『センチ』の方が華があって品があって可愛いではないか!」


 それこそ理不尽だ。ミリ単位信者に謝れ……とは言えなかった。それじゃ火に油を注ぐだけだ。

 まったく何をそんなに怒ってるんだ。ミリもセンチも変わらないだろうに。ひとまずは千智の怒りをしずめないと。

 僕がどうやって千智をなだめようか考えていると、不意に少年の声がする。


「あなたは自分の魂と喋れるのですね」


 声のした方に振り向くと、いつの間にか小さな少年がテーブルの角に立っていた。何だ、この少年は?

 千智が「何じゃ貴様は!?」と少年に食ってかかるが、彼を見るやいなや驚きをあらわにする。


「……ほう、これは珍しい。同族がワシの目の前に姿を表すとはのう」


 同族? 千智と同族ってことは、この少年も魂なのだろうか?

 僕は財布から千円札を取り出すと、少年の隣に並べてみる。確かに同じくらいのサイズだ。つまり、少年の身長は15センチ。ということは――。


「――少年も魂なのか」

「お主はサイズか重さでしか物事が判断できんのか」

「そういう訳じゃないが、判断材料は多いほうが良いだろう」


 僕と千智のやりとりを見ていた少年がクスクスと笑う。


「仲がよろしいんですね、羨ましいです」


 澄ました顔で上品に笑う少年は、透き通る声で続ける。


「自己紹介がまだでしたね。私の名前は真利しんり。あそこにいる菜々美さんの魂です」


 菜々美の魂……? なぜ菜々美の魂が僕たちの前に姿を現したんだ? 僕の気持ちを代弁するかのように千智が真利に問いかける。


「して、真利とやら。ワシらに何の用じゃ?」

「おふたりにお願いがあるのです」


 真利は僕の目を真っすぐと見る。


「彼女を……菜々美さんを救ってほしいのです」

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