一抹の明かり

 死体のポケットなどを漁り、いくつもの弾薬を掌にのせて、使えない弾薬を指で弾いていく。


「これとこれとこれ……これは違う…」


 弾かれて跳んだ弾薬は軽い音を立てて硬い床を跳ねる。

 必要な弾薬を探し終えてポーチに無造作に突っ込んでから、彼らの荷物から携帯食料やライトを見つけては、彼らが持っていた大きめのバッグに押し込んで背負った。


「んー……ついでに…こいつも貰っていくね」


 そう言うと、彼女は醜くひしゃげて歪んだ頭になった死体の傍に落ちていた銃身の短い銀色のリボルバーを拾い上げて、軽く振ってアピール。


「じゃあね。あなたたちの死を糧にして今日もまた生きてくわ」


 その言葉を最後に、背負ったバッグをもう一度しっかり背負い直してその場を去っていく。


 ────────────────────


「どこで今夜は休もうかしら……」


 少女は先程この街に到着したばかりで、到着早々に物資を略奪出来たのは幸いな事だ。

 だが、それでも安心して休める場所がなければ意味がない。

 夜の間、感染者は大きな音を聞き付けない限りは大人しい。

 だが、日が出ると彼らは動き回って生存者の出す音を探して彷徨い始める。

 そして、また夜に近付くと自身がいた定位置に戻ってくる習性があり、まるでコンピューターゲームの雑魚キャラが徘徊するかのようだ。


「さっむ……」


 寒々しい街の雰囲気を乗せたかのように夜の風は冷たく、少女は自分の小柄な体を抱いて寒さに震える。

 身を縮こまらせながら歩いていると、荒れた道路の先にうっすらと明かりが灯っているのに気付いた。


 急いで近くまで確認しに行くと、どうやら明かりは廃れたガソリンスタンドに併設されたコンビニの中からのようだった。

 壁や外に設置された給油機の塗装が剥がれ落ちて荒れた雰囲気の中に優しく灯る明かりが、この場所を寂れた空気を少しだけ打ち消してくれているかのようだ。

 しかし、明かりがあると言う事は人がいるという事。

 背負っていたバッグを下ろすと、先程貰ってきたリボルバーの弾倉を確認する。

 弾倉に込められるのは8発のようで、今装弾されている弾は4発。

 恐らく、さっき弾いた弾薬の中にリボルバーの弾もあったのだろう。そう思い、小さく舌打ちした。


「仕方ないか。ダメならダメでこれで何とかしよう」


 すぐにライフルも構えられるように肩に下げたまま、再び気配を殺しながら静かに明かりの灯るコンビニへ近付いていく。

 不用心にも入口の扉は開け放たれており、それがまるで罠でもあるかのように警戒心を煽られる。

 リボルバーのグリップを握り直し、意を決して中へと踏み込む。

 明かりに灯されて揺らめく影は人の形をしており、その数は1つ。

 ゆっくりゆっくりと進むと、奥のカウンターの前で椅子に腰掛けて何かを読み耽る男が1人。

 周りを見渡すも他に人の気配はなく、彼1人だけしかいないようだ。


 男にしては細すぎる背中へ銃口を押し当てて、


「動かないで。変な動きをしたらすぐに撃つわ」

「ごめん、ちょっと今面白いところだから後にして」


 そう言い返されて面食らってしまう少女。

 男の手元を見下ろすと、何かの本を読んでいたようだ。


「何読んでるのよ」


 少女が尋ねてみたが、男は何の反応も返さない。

 その態度にムッとなるのを堪えて、周囲を観察する。

 カウンタの上にはランプがあり、明かりの正体はこのランプの揺らめく炎だったようだ。

 そして、その傍には熱そうに湯気の立っているマグカップが置かれている。

 その中身が気になり、少女が手を伸ばすと、


「失礼。このカップはぼくのお気に入りでね。きみのぶんは、ここを読み終えたら淹れてあげるよ」


 男の手がさっとマグカップを掴んで、彼の口元へと運ばれた。


 1回1回の男の行動が、少女を弄ぶかのように感じられて腹が立ってくる。

 いっその事、もう引き金を引いてしまおうか、なんて短気なことを考え始めていた所で、パタン、と音を立てて本が閉じられた。


「ふーっ……毎度毎度、こんかいいとこで終わらせるなよ、まったく……」


 眼鏡を外して目頭を押さえてから、「さてと」と、こちらへ振り返る。


「う、動くな…!」

「こんなぼくに銃を突き付けて何が望みかな…?食料?銃弾?それとも、ぼくの命?生憎だけどさ、ぼくの命を奪ったところで何の得にもなりはしないと思うよ?…おや?」


 と、そこで男は何かに気付いたかのように声を上げた。


「何よ?」


 文句あるのか、と威圧的に聞き返してみる。


「その銃は確かダリウスが使ってた銃じゃないか。きみはどこでその銃を手に入れたんだい?」

「別に。肉塊になった死体の傍から拾っただけよ」


 嘘は言ってない。

 このリボルバーは死体の傍で拾っただけだ。

 その死体はの死因は、少女が瓦礫で撲殺したからなのだが、それは口にしないでおく。


「そうか……あいつ、死んだのか…教えてくれてありがと…」


 あの男の死を惜しんでるのか悔やんでるのか、目を瞑って押し黙る彼の気持ちはわからない。

 彼の言葉と態度に、少女は罪悪感が芽生えてくるも、軽く首を振って振り払う。


「それであなたはここで、何をしてるわけ?」

「何って読書だけど?」


 目を開いて答える男は、先程までの沈んだ空気をまったく感じさせないような声できょとんとしている。


「質問を変えるわ。あなたは何者なの?」

「ふっふっふっ。実は……なんて言えるような秘密はないけど、敢えて言うならぼくは壁の中の人間さ。壁の外にいるけど」


 軽口を交えながら、彼ははっきりと言った。


「そう、壁の中の……ちょうどいいわ。あなたの持ってる物資の半分を貰えないかしら?」

「いや、普通に無理だから……」


 当然の返しだろう。

 予測していたというより、当たり前の反応をされるのは仕方ない。


「じゃあ、わたしが無理矢理に奪うからここで死んで」

「いやいや、ちょっと落ち着こうか。まずはココアでも飲んでさ。今淹れるから座ってて」


 そう言うと男は立ち上がり、ボトルに入った水をヤカンに入れて、ランプの上に台座を置いて沸かし始める。

 手際の良さに、引き金を引くタイミングを完全に逃した少女は、彼が淹れ終えるのを待つ事しか出来なかった。


 数分後。

 湯気の立つピンク色の塗装のされたマグカップを手渡される。


「熱いから気を付けて。なんなら冷めるまでふーふーしてるといいよ」


 と、子供扱いをしてくる始末。


「そこまで子供じゃないです」


 流石の物言いに少女は、反論する。

 少女自身、自分の身長が低すぎる事は理解しているつもりだ。

 それでも、ここまで言われるのは馬鹿にしすぎだと思い、カチンと来てしまう。


「そっか、ごめんごめん。さてと、話を戻すとして」

「話?ああ、ここにある物資全部もらっていいって話だったわよね」

「さっきよりも図々しくなってるなぁ……」


 男は困ったように苦笑い。


「ぼくは壁の外にいるけど壁内の人間だ。でも、壁の外の人達の味方でもある。こっそり物資を横流しにしたりしてね」

「じゃあ、さっさとちょうだい。そしたら引き金は引かないであげる」

「きみ、神経図太いね」


 男に向けたままの銃を軽く振って脅すも、彼は怯えもせずに平然と苦笑いを続けるだけだ。

 どっちが図太い神経なんだか、と少女は声に出さずに内心だけで思っておく。


「流石にたくさん横流ししてたらすぐバレる。そしたらぼくは切り捨てられちゃうし、壁の外の人達を助けられない。だから少しずつしか渡せないのさ。長期的に支援するにもそっちのがやりやすいしね?」

「何でわざわざそんな手間かけて壁の外の人達を支援するのよ?壁内の人間って壁外の人達を病原菌扱いして毛嫌いしてるじゃない」


 そうなのだ。

 壁内の人間にとっては、壁外は感染者達が巣食って世界を蝕んでいて、そこに生きる壁外の人全てを感染者と同じ病床だと思い込んでいる連中ばかりである。


「全員が全員そうって訳じゃないさ。壁外にいる人だって、感染者と戦いながら生きている。ぼくはそれを知っているから、そんな彼らも平等に助けたいんだ」


 そこで彼は言葉を区切り、少女を指さす。


「もちろん、きみの事も…ね?」


 左目を閉じてウィンクする姿がとても似合っておらず、少女はつい顔を顰めて椅子を引きずって引いてしまう。

 そのあからさまな反応にまたも苦笑して、


「そういう訳だから全部も半分も無理。とりあえず1人分の3日分の水と食料と……弾薬はさっきダリウス達に渡したので切らしてるから、あと数日は持ち前で何とかしてもらうしかないかな?おっと、あと2時間くらいで夜が明けるし、きみもそろそろ活動拠点に戻った方がいいんじゃないかな?」

「わたし、まだこの街に来たばかりだったから、ここを拠点にしようかなって思ってたんだけど」

「助けてると言った手前、否定しづらいんだけど、もしダリウス達の仲間の生き残りが戻ってきたら色々とマズイと思うから、それは出来ないかな」

「そう、ね……じゃあ、近くにいい場所ないかしら?」


 彼らの仲間は皆死んだ事を少女は知っているが、怪しまれては面倒になるので素直に引き下がって、他に安全な場所があるか問いかてみる。


「近くに……だったら、ここから2ブロック先にある孤児院かな?ちょっと荒れてると思うけど、そこを気にしなければ安全だと思うよ?」

「ここから2ブロック先ね。わかったわ」


 それを聞くと、少女はすぐに立ち上がって、


「ねえ、スマホの充電器って、ある?」

「え、スマホの…?多分、そこのレジの横にぶら下がってるやつじゃないかな?」


 カウンターの隅を指差し、少女は隅にある棚に掛けられたパッケージを適当に数個引っ掴んで、立ち去ろうと開け放たれたままの扉まで行き、


「ありがと」

「また困った事があったらおいで。

 出来る限りの事なら協力するからさ」


 振り返らずぶっきらぼうにお礼を言って、今度こそコンビニから出て、急いで外に置いてきた荷物を持って2ブロック先の孤児院へと急いだ。

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ゆるやかに滅びへと向かう世界より 比名瀬 @no_name_heisse

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