残酷な世界
4年ほど前の話。
未確認のウィルスによるパンデミックが世界全土に広がった。
よくある映画なら一夜にして〜、などというのが常套句なのだろうが、今回はそれに当てはまらない。
感染した者は高熱にうなされて、倒れ込んでしまう。
治療薬も特効薬も見つからず、そうして、隔離されて高熱にうなされ続ける感染者達には、次第に変化が訪れた。
感染者達の肌は次第に樹皮のような質感へと変わり、ドクターやナースへと噛み付く凶行を行い、脱走したのだと言う。
噛みつかれたドクター達は、これまたゾンビ映画のテンプレをなぞるように、高熱にうなされ、やがて彼らと同じように凶暴的になって、再び被害を増やしていった結果が今の世界である。
廃れて荒廃した街。
ビル郡の窓からは明かりは一切見えず、生気の欠片も感じられなくなった静寂と暗闇に支配された世界。
そこに響くのは、少女が割れたアスファルトを踏む音だけ。
ふと、少女は歩く足を止めて耳を澄ませる。
「ん…、いる」
そう呟くと、外壁が崩れてオフィスが丸見えで半壊したビルを目指して、なるべく足音が響かぬように走り出した。
────────────────────
崩れて、中が丸見えとなったオフィスの机や棚を漁り続ける男達がいた。
「おい、どうだ?そっちは?」
「ダメだ…こっちは何もねえ…」
「とにかく探せ。夜明けまでには隔離壁門まで戻らなきゃなんねえんだ。成果なしなんて死んでも笑えねえ」
男達はそう言うと、口を閉じてまた何かを探し始める。
それをライフルの上部にテープで巻き付けたスコープを覗き見ながら、引金にかけた指を離す。
「ヤツらじゃなかったけど
恐らく、彼らは壁の外に使えそうな物資がないか探索しに来たのだろう。
隔絶するための壁をわざわざ超えてきたのだ。
ある程度の装備は整えてから外へと出てきているのだろう。
そう予想した少女は、彼らの行動を観察する。
彼らが話すと、物音が響く程の静寂な街に残響するので少し離れていても、耳を澄まして必死に聞き取ろうとする必要はない。
むしろ、こちらの物音が響かないように気を付けるだけだ。
一頻り物色をした彼らは他の場所へと移動するようで、少女は時折、スコープ越しに彼らの行く先を観察しながら、ギリギリこちらの存在を悟られない距離を保ちながら追跡する。
少女には、彼らが何を探すのか興味はなかった。
彼女が欲しいのは、彼らの物資だけ。
手に入れられるチャンスが巡ってくるまで待つだけだ。
足早に移動する男達は急に足を止め、ゆっくりと足音を殺すように歩き始める。
傍目から見ると、すぐ近くにヤツらがいるといわんばかりに。
スコープ越しからでは、彼らのジェスチャーまでは見えないが、恐らく音を立てるな、と伝え合ってるのだろう。
少女は、腰のポーチに静かに手を入れて中にあるガシャポンのカプセルとゲームセンターで使えた5枚ずつ収められたケースを取り出し、ケースから取ったメダルをカプセルの中に入れて、男達の足元目掛けて放り投げた。
綺麗な放物線を描いて、男達の足元に落ちたカプセルは2つに割れて、中身のメダルが派手な音を立てて散らばっていく。
音が辺りに響くと、甲高い奇声が幾度も聞こえてきて、それも近付いてくる。
「何だ…!?」
「おい、黙れ…!くそッ、ヤツらが来るぞ、構えろ…!!」
KiiiiiiiiiAaaaaaaa!!!
甲高い奇声を上げてヤツらが、男達の進行方向を塞ぐように現れた。
「撃て、撃てッ…!!」
ダンダンガンッ!と、響く銃声と甲高い奇声。
少女は息を潜めて気配を殺し近くの物陰に身を隠して、背後からも迫ってきたヤツらをやり過ごす。
前後を奇声を上げる化物に挟まれ、男達は怒りを露わにして銃を撃ちまくる。
その音が余計にヤツらを刺激して誘き寄せる餌がここにいる、と知らせる事を怒りで忘れてしまったかのように。
連続する銃声と怒号と甲高い奇声。
それが幾重にも重なり幾度も響き渡り、次第にそこに悲鳴が追加されていき、最後はさっきまでの音響が嘘のように掻き消えていた。
ふーっ、と大きく息を吐き出してから、隠れていた物陰から顔だけを出して辺りを見回す。
刺激してきた大きな音を消して目的を終えた化物は、この場からすでにいなくなっていた。
残っていたのは血溜まりの損壊した肉塊と、肉塊になる前の男達が持っていた物資だけ。
その凄惨な光景を見て一安心すると、少女は血溜まりの肉塊に近付いていく。
「オメェ……がやっ…たのか……」
どうやら、もう死んでいると思っていた肉塊の1つには、まだ息があったようで、息も絶え絶えに少女を睨み付ける。
「なん…って事を、しやが……る…」
「ごめんね。悪意はないけど悪気はあるんだ。でも反省なんてしない」
死にかけの男に謝って話す。
「だって、あなたたちは生きるために壁から出てきたように、わたしも生きるためにここにいる。生きるためにあなたたちを殺す。この世界はもう…お互いの手を取り合って生きるよりも、お互いの手から奪い合って生きる方が賢明な世界なんだから」
ごめんね、と最後にもう一度だけ言い、少女は手近に落ちていた手頃なサイズの瓦礫を、男の頭に何度か振り下ろす。
鈍い音と感触が手に伝わり、それ以降は男が声を出すことはなかった。
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