インターン

先週から数名の学生が夏休みを利用してインターンに来ている。先週までは総務部で会社の概要説明を受けていたが、今日からは各自の希望する部署に分かれて仕事を体験するようだ。


それ自体は別に良いのだが、あろうことか私が経理部での教育係になってしまった。これから1ヶ月の間、自分の仕事を行いながら1人の学生に仕事も教えなければならない。将来入社するかもしれない前途有望な若者の教育を派遣社員に任せて良いものなのか。。。


私が受け持ったのは都内の大学の経済学部に通う男子学生だった。体育会系なのかとにかくハキハキした態度で私とは真逆の存在だ。

全く自分らしくないとは思ったが、初日は私の仕事にも余裕があったため、定時で仕事を終えて彼を焼き肉に誘ってみた。


「今日はありがとうございました。一度お聞きしたかったのですが、どうしてこの会社に入られたのですか?」


ビールで乾杯した直後の質問である。仕事ぶりからも思ったがかなり真面目な学生のようだ。


「前いた会社が潰れて転職でここに来ただけさ。たまたま以前の職場と同じ仕事内容の求人だったから応募したに過ぎない。あくまで契約社員だしね。」


人事の意向としては、私にこの会社の正社員として対応して欲しかったのだろうが知ったことではない。それに、仮にこの子が来年うちに入社するとして、契約社員であることを黙っているのは逆に会社の印象を悪くするのではないだろうか。もっとも人事部から見れば来年私の席はないのかもしれないが。


「今後はどうされる予定なのでしょうか?失礼かもしれませんが、やはり正社員を目指されるのでしょうか?」


正社員


この会社に入社した当初はそんなことを考えたこともあった。勉強して資格をとり、自分のできる業務を広げていけば、そのうち認められて正社員になれるのではないかと夢想したこともあった。


しかし、働き始めて現実を知った。


そのようなキャリアパスがないわけではない。しかし、実際に契約社員から正社員になれるかを決めるのは当人の能力ではない、完全に運だ。その運にかけて努力するのが悪いことだとは思わない。しかし、今の私にはそれほど自分の未来にかける気力は沸いてこなかった。


「正直なところ、これからどうするかは決めかねている。」


私はこの会社に貢献したいなどとは思っていないが、前途有望な若者のやる気をくじくつもりもない。それなら、本当は嘘でも「そうだ」と答えるべきだっただろうか。


逆に今度は私が彼に将来の展望を尋ねてみた。少し意外だったが彼もこの会社に骨を埋めるつもりはないようだった。


「今の職種で経験を積んでいつかは独立したいんです。この職種なら比較的独立しやすいかと思いまして。」


確かに事務方の中では経理系の職種は独立しやすいだろう。この会社にいれば簿記や公認会計士の資格取得はサポートしてもらえる。20代のうちに公認会計士を取得できれば大手の監査法人に転職できるし、実績があればそこからコンサルとして独立することも可能だろう。


なぜ独立したいのか?


と尋ねようかとも思ったが、私は彼を直視することができなかった。何となく彼の表情は今の私には眩しすぎる思ったのだ。


私がとうに捨てたもの、いや、正確には私から失われてしまったものを彼は持っている。そう思った瞬間、私は彼と対等に話すことができなくなっていた。

自分を彼よりも矮小な存在であると思わずにはいられなかった。


そう思ったのは私が彼の話を聞いて全く心を揺り動かされなかったからである。

人事部によるとインターン生を受け入れる理由は大きく2つあるそうだ。1つ目は優秀な学生に会社を知ってもらい囲い込むため、そして2つ目は現在の社員に過去の自分が抱いていた熱意を思い出してもらうためだ。


しかし、彼の話を聞いてもなお、私の熱意は復活する兆しが全くなかった。目の前にある炭は火があれば再び熱を持つことができるが、完全に燃え切った灰に火をともしても再び燃えることはない。今の私の心は灰のようなものだろう。



1ヶ月後、インターンはつつがなく終わり、彼は学生生活へと戻っていった。私が彼と二人でご飯を食べたのはあれきりだった。私は彼にどう写ったのだろうか。灰と思われても構わない。彼の熱意に水を差していなければそれで良い。


彼のことを考える一握の良心が残っていたことに私は安堵する。この良心さえも失われれば私は一体何者になってしまうのだろうか。


陰鬱な足取りで会社に向かう。

ビルを通り抜ける風は少し肌寒くなっていた。

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