結婚(2/2)

近所のスーパーへ行くと、お昼時ということもあり多くの人で賑わっていた。

知り合いに見つからないようにと願いながら惣菜売り場へと向かう。



惣菜売り場では10歳くらいの子供が駄々をこねており、母親が少しきつめの言葉で彼を惣菜売り場から引き離そうとしていた。



母親の買い物かごを見ると、すでにオードブルやサラダが入っており、少年の手には唐揚げのパックが握られている。

きっと、少年はもっと唐揚げを食べたいが、母親に買わないと言われたのだろう。



確かにオードブルの中にすでに唐揚げを始めとする肉料理は入っているので、唐揚げが必要ないというのはもっともな判断だ。



しかし、私もあの少年くらいの時分には無性に肉が食べたかったような気もする。

私の家は肉料理を食べる機会が平均的な家庭より少なかった。

理由は簡単で両親があまり肉が好きではなかったからだ。



そもそも、特別な日や旅行を除いて、惣菜を買ったり外食をすることはほとんどなかった。

大学入学を機に1人暮らしをするまで、私は食事をファストフードで済ましたことはなかった。



今から思えば、これはある意味贅沢だ。



しかし、子供の時分には惣菜売り場のオードブルのような濃いめの味付けの食事がしたいと常に思っていた。

きっと20年前の私なら唐揚げは買ってもらえなくともオードブルは買ってもらえるこの少年を羨ましく思ったことだろう。



もちろん、目の前の母親の教育が悪いとは思わない。

あまりにも頻繁になると良くないだろうが、毎日3回も食事を作るのは本当に大変な作業であるはずだ。

親とは言え、たまには楽をするのも良い。



駄々をこねる子供と強行に惣菜売り場を離れようとする母親。

当人たちにとっては決して愉快な状況ではないだろうが、私にとっては非常にまぶしく映った。



自分で何かを作る気力も起こらず、もちろん作ってくれる人もおらず、頻繁に外食できるほど稼ぎのない私には。



「ーーっ」



くそ。

軽い吐き気を覚える。

さすがにもう慣れたとは言え、気分の良いものではない。



ただでさえスーパーという場所にいるのに加えて、朝の結婚式のメールだ。



昔から内向的な性格だったので、スーパーのように人の多い場所は苦手だった。

親と一緒に買い物に来たことも一般的な親子と比べると少ないだろう。



会話の行間が理解できるようになり、親が一緒に買い物に行きたがっていると分かっても、分からないフリをして拒否し続けた。



今後私と一緒に買い物に行きたい人は現れないかもしれないのに。



子供と一緒に惣菜を買いたい訳ではない。

結婚して奥さんと一緒に買い物をしたい訳でもない。

恋人や友人とスーパーに行きたい訳でもない。



ただ誰かと一緒に気兼ねなく買い物ができること。

それさえも今の私には遠い。



誰かと一緒に買い物に行くこと自体は簡単だ。



適当に理由をつければ職場の人間は「珍しいですね」などと言いながら付き合ってくれるだろう。


我慢すれば結婚もできるだろうし、子供だって作れるだろう。

こんな私でも人に嫌われているわけではないのだから。



でも、それは私にとっての幸せではない。

今の私は気兼ねなく誰かと同じ時間を過ごすことができない。



時間が解決してくれると思えた時期もあったが、一向に改善しない。

私の時間はあの日から止まったままだ。



この場所は私にとって良くない。

早々に家に戻らねば。



私はオードブルを手にとしてレジへと向かった。



レジの担当は大学生くらいの女性だった。



特別に美人という訳ではないが、ハキハキとした接客(と言ってもレジ打ちだが)で好感が持てる。

きちんと目もあわせてくれる。

おつりを渡すときに手が触れても嫌な顔1つしない。



この女性に私はどう見えているのだろう。



休日の昼下がりに弁当を買いに来る小汚くて気持ち悪い客だろうか。



いや、これだけきちんと接客ができるのだから、そんな人を見下すようなことは考えないだろう。

あくまで単なる客として認識しているだけだ。



考えてみろ。

1日のバイトで何人の客がレジを通るんだ。

多少小汚い客なんて記憶にも残らない。



そこでふと「誰かの記憶に残りたい」という欲望が首をもたげた。



この女性の記憶に残るには何をしたらいいだろうか。



話しかけてみようか、いや話しかける人はたまに見る。



レシートを受け取るときに手を握ってみようか。

さすがにここまですると気持ち悪がられるだろう。



きっと、友人や家族に変な客から手を握られたと伝えるだろう。

そうなった時点で私の勝ちだ。

私はこの女性の記憶に残ることができる...!



なんてことを思案しながら、レジを出てオードブルをかばんへ詰める。

さすがの私も人の嫌がることで自分の欲望を満たすようなことはしない。

そこまで落ちぶれてはいない。



しかし、想像するところまでは落ちぶれている。



人の嫌がることでしか人の記憶に残れない。

なんと惨めなのだろうか。



私は太陽の光を嫌う虫のように、一目散に自分の家へと舞い戻った。

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