第4話 潜入! 風真エンパイアビル24時


“ヘイロー・メインストリート”の商業地域は数々の抑え切れない野心が潜んでおり、夢見る資本主義者はその強い野心を満たすため、高層ビル群を実体化させ他人を呑み込み己の欲求を満たしていく。

道路を挟み十字に沿って24時間灯されているビルの灯火は、巷では栄光だの神の国だのと騒がれているが、九十九にしてみれば恨みつらみの魂を宿した墓場に映る。

そして今、九十九は最高権力者である風真の“欲望”を前にしていた。


「相変わらず、馬鹿みてえに大きいな……」


荒れ狂う夜のビル風に吹かれつつ、思わず163階の超高層ビルを見上げ息を飲む。ビルというより塔に近いような構造で、天まで繋がっていそうな建物だ。九十九自身、縁のない場所だと思っていたが、こういう形で訪れることになるとは夢にも思わなかった。

いざ眼前にしてみると気後れしてしまう九十九。しかし、風真が一番に安心して逃げ込める場所など、ここにしかない。仕事を終えるためにも九十九はいよいよ観念して、地球に灯されたバースデーキャンドルの内部へと入っていった。


──自動ドアをくぐり抜けると、数十階くらい先まで見えそうな吹き抜けの開放感あるロビーに、あちこちに設置されたエスカレーターや階段、個室トイレみたく並ぶ正面奥のエレベーターが稼働しているようだ。しかし、来客は九十九一人なのか誰も見当たらない。年がら年中賑やかな“ドラァグ”とは似つかない、静寂の空間を贅沢にも独り占めだ。

しかし、なじめないこの世界に自分一人しかいないのでは、とかつてないほどの孤独感に追いやられて内心心細いものを感じてもいた。

原始人がコンビニに入ったような警戒心でロビー中央に進む。巨大な円状に切り取られた大理石の受付カウンターに沿って20人ほどの受付嬢が、深夜帯にも関わらず待機して健気に虚空を見つめている。


「いらっしゃいませ! どのような御用件でいらっしゃいますか?」


待ってましたと言わんばかりの快活な声で迎え入れるポニーテールの受付嬢。さすが“ヘイロー”の中枢であって容姿のレベルも非常に高く、顔立ちも女優並みに彫りが深くて整っている。

九十九はどこかそわそわと落ち着きがない手つきで、ドブの染み込んだ名刺をポケットから取り出し受付嬢の前に置いた。


「あの……何でも屋の……“カートゥーン”の九十九流<つくも・ながれ>です。風真……総裁さんは、いら、いらっしゃいますでありますか?」


「はい! 確認致しますので、少々お待ち下さいっ」


「……はい」


不慣れな言葉遣いで受付嬢に尋ねると、彼女は笑顔を固めたまま視線を落とし、まばたきもせずにカタカタとキーボードを打ちこんでいる。


「……」


「……」


長い。それほど時間は経過していないのに、この意味のない待ち時間が永遠に続くように感じる。気まずい。

だだっ広い場所でひたすらに沈黙することがこれほどまでに辛いものなのかと、どうにもこらえきれずに九十九は受付嬢に話しかけた。


「……今って営業時間なんですか? こんな夜更けで人もいないんだし、酒場じゃないんだから、仕事なんてしなくていいんじゃない? いくら人口生命体でも休まないと」


「いえ、ただいま緊急時として、従業員や来客の外出や受入を規制させていただいているまでです。普段はこの時間帯でも、各10階ごとに配置されたフロントと連携しながら諸国から来社される様々な業界人の方々や、観光でいらっしゃるお客様の対応に追われて、とっても忙しいんですよっ。ふふふ。ふふふ」


人間みたくはにかんで愛想よく振る舞うが、作業している手は動かしたままなのが、不気味に見えなくもない。メインストリートに住まう人間の感性はどこか麻痺しているようだ。


「(ってことは風真総裁はココにいるってことだよな……良かった)」


ホッと胸をなど下ろす九十九。そこに受付嬢が急に顔をこちらに目線を合わせてきた。


「うぉっ、ビックリした……終わりました?」


「──それでは、クイズです」


「……へ?」


何の脈絡もなしに彼女が告げると、デデンとヘンテコな電子音が鳴る。受付嬢の背後にあるカメラモニターが4択のクイズ形式の画面に切り替わり、受付嬢は一片の紙っぺらを持ち出す。


「『風真様が今現在、就寝前に欠かさず飲んでいるものは次のうち、どれ。A、ホットミルク。B、レモネード。C、コーヒー。D、ケフィア』解答時間は無制限で、チャンスは一回です」


選択肢は4つ、画面の右上に3つの紋章が並ぶ。縦棒グラフに電話機、50と書かれた数字が丸で囲まれたゲストを有利にするアイテムを示しているようだ。

いきなりの難題に九十九は頭を悩ませ、顎に指を添えて低く唸りだす。


「うぅん、そうだなぁ。寝る前のカフェインは良くないみたいだし、Cはないな……じゃねぇよ! 何でこんなことしなきゃなんねぇんだよっ?! 風真に本と、コアボックスを届けに来たんだっての! ハワイ旅行獲得しに来たんじゃないぞ俺は!」


バンバンと硬い大理石のカウンターを叩いて茶番を止めるよう促すも、受付嬢は変わらずにっこりと笑くぼを作ったまま、ほとんど間髪を入れずにオートピストルの銃を取り出し九十九に突きつけた。


「な、何だよ!?」


「ただいま緊急マニュアルに従い、解答を間違えた方は速やかにお引き取り願うか、この場で射殺し、地下のコンベアにて家畜飼料への体験コーナーに参加していただきますっ」


無情な手つきでマガジンを装填しスライドを引くと、いよいよもって生きるか死ぬかの笑えない4択クイズに早変わりした。


「体験コーナーって、片道じゃねぇか! くっそ……こんなクイズがあるなんて聞いてないって」


「よろしければ、アイテムを使用されてみては? テレフォンがオススメですっ」


「あっ、そうなの。じゃあテレフォンでお願いしますっ」


睡眠不足からくるハイテンションな返しに反応して、銃を向けたまま片手で内線の受話器を取ると九十九に素早く手渡した。


「テレフォンは1分が制限時間です! どうぞ!」


「はぁ……」


積み重なった身体への負担が限界まできているようで、受話器に耳をあててコール音を聞いていると、意識が飛んでしまいそうだ。

ようやくプツッと音が途絶えると、何者かが電話に出る。


「『……もしもし?』」


「……あ、もしもし? 聞こえますか?」


「『もしもし? ああ、大丈夫。聞こえているよ』」


回線に遅れが生じていて、音声もひどくくぐもっている。が、声を聞く限り、九十九と同年代の青年だということが分かる。それもかなり九十九にとって心当たりのある人物だ。さらに言うなれば、全世界の人間が間違いようもない聞き覚えのある声の主である。


「……今、“貴方”を題材にしたクイズに強制参加させられているんですがねぇ」


「『え、本当かい? おめでとう』」


「何でだよ! ですから……本とコアボックスを返しに来ました、風真総裁。渡しに行きますから、どこにいるのか教えて下さい」


「『うむ、あい分かった……答えは青汁だから。よろしく』」


「話を聞けよっ!」


「──テレフォン終了です。お答え下さい」


一方通行な会話で終了してしまった。九十九は受話器を取り上げられて再び選択を迫られる。

あの誰もが憧れている“ヘイロー”の権力者、風真があんなにふざけた男だとは思わず、すっかり九十九の中にある情熱に生きる風真像にヒビが入ってしまった。


「……青汁だってさ、青汁。4択はなんだったんだよ」


やけになった九十九の解答に、にじみよるように受付嬢はカウンターから身を乗り出すと、焦らすように唇を重く開いて、すっとろく一言一言どうでもいい煽りをしてくる。


「その答えは……」


「早く言えよ」


「はぁい、正解ですっ! 真正面奥に風真さまの担当秘書が待機しております! コングラチュレーション! ツクモ・ハジメ!」


「わーい。ナガレだけどな」


パフパフラッパを鳴らして寂しく盛り上げる受付嬢を尻目に、感情の死んだ九十九は早々と歩いて総合受付場から離れる。


「──九十九様、お待ちしておりました」


彼女の言った通りの場所に来ると、いつの間に降りてきたのかエレベーター前に短めの赤い巻き髪をした女性が会釈しつつ待っており、九十九が近づくとそっと顔を上げた。気品あるレディスーツからでも一目で分かる、メリハリのある至高の肉付きに漂う品性。

美貌、権力、金。女性が目指している全てのモノを彼女は手にしており、さすが最高権力の傍に見合う秘書だと深く頷いた。


「初めまして。私、“カートゥーン”の──」


「こちらです」


「……はい」


威嚇のつもりなのか、名刺を渡す前に一蹴されてしまう。だが、不快感のない冷ややかな眼差しは、ヘッドハンティングにすら靡かない<なびかない>高潔さを感じる。触れると火傷するという意味では、炎というよりドライアイスのような人だ。

たおやかに揺れる魅力的な胸元には“0”と刺青が入っているのが屈んでいるときにチラッと見えた。あれが噂のマイナンバーなのだろうか。九十九は首を傾げながら彼女についていくと、隅のトイレ近くに設置されたエレベーターの前に誘導された。扉全面には宇宙のイラストが載せられており男のロマンを感じる、美しい銀河のデザインだ。

しかし、どこにも階数は表示されておらず、どこにエレベーターが滞在しているのか分からない。待ち時間が長いかもしれないと考えるとげんなりする。


「どうぞ、中に入りお掛けになってください。マスターのいる最上階のお部屋までご案内いたします」


「マスターって……」


アンドロイドのお決まりである言葉に意気消沈する九十九。彼女は受付嬢と違って生気のある肌をしていたし、瞬きもしていなかったので人間であると信じて疑わなかったのだが、勝手な期待が外れてしまった。

大人しくエレベーターの中に入ると、いかにも掛けてくださいと言わんばかりに二脚の椅子が横向きで出迎えてくれた。


「これって、ひょっとしてさ」


「──30秒後に発進いたしますので、ひざ掛けにあるチューブを手にお取りください。チューブは自在に伸縮致しますので、調節したのち、先端の酸素マスクを着用してください」


そう九十九に告げた後、内側に付いていた階数ボタンの30を押すと、自動的に扉は閉まり、どんどんと階数ボタンが下がって点灯しカウントダウンを始めていく。


「……嫌な予感がするなぁ」


ボヤいてる九十九は無視して、秘書は無駄のない動作で席に着いてシートベルトを締める。

九十九も続いて見よう見まねで椅子の上で横になると、ふとある事実に気がついた。暗くて分かりづらかったが、天井には実際の月面の写真が貼られていたのだ。人類の夢である生写真に感激した九十九は思わず感嘆の吐息をもらした。


「おぉ、すごい! こんな近くの月なんて初めてみた。細かいクレーターも見えるぞ、ははは。緊急時とかにいつも見れるのかな?」


うきうきして尋ねる九十九に、その冷たい横顔と視線を固めたまま口だけを動かして、こう呟いた。


「ゼロです」


「え?」


彼女の微かな言葉が耳に届いた瞬間、エレベーターが作動した。

速度が本当に月まで行くつもりなんじゃないかと思うほどで、九十九の身体が再びGに押し潰される。


「あオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!」


シートベルトもせず酸素マスクもしないで、九十九は磔にされたままノンストップで最上階まで昇って逝った。

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