回想「サラがやって来た日」

 青髪白色人ブルディアンの代表四家。

 シャルディア国内での政治的権限は持たないが、青髪白色人ブルディアンの指導者的立場としてこの国の人口の九割を占める青髪白色人ブルディアンを代表する四家である。

 政治的権限は持たないとはいえ、青髪白色人ブルディアンの代表には変わりなく金髪褐色人ゴルディアンとは言えども貴族程度の家柄でなければ代表四家には口出しすることはできない。

 人口だけは金髪褐色人ゴルディアンよりずっと多い青髪白色人ブルディアンを代表四家が束ね反乱を起こすようなことがあればこの国は揺るぎかねない。

 そのため代表四家を牽制するための制度として人質制度がこの国にはあるのだ。

 その制度により代表四家は代わる代わる直系の子を三大公爵家の一つであるリーリエ家に人質として十年もの間引き渡さなければならない。

 それはこの国が独立した当初から存在する制度である。



   ■■■

 


 ――――唖然とする。

 自分の家とはあまりに違いすぎるその屋敷の前で七歳のサラはたたずむ。

 サラの家――アイスブルー家は青髪白色人ブルディアンの代表四家の一つであり平民街の中では大きな方の屋敷を持っていたが、目の前にある屋敷は格が違った。

 ――流石はこの国の支配者である三大公爵家と言ったところね。

 サラは独白しながら屋敷を睨みつける。

 十年。

 これから十年の間、サラは人質としてこの屋敷で過ごさなければならない。

 青髪白色人ブルディアンの代表四家は十年に一度、代表四家の直系の子供を交代に人質として、貴族街のリーリエ家に連れて来られる。

 建国以来今日までずっと続いている人質制度である。


「ラウラお姉様の話ではリーリエ家の方達はとても親切で優しいと聞いていはいるけど……」


 ついこの間まで人質としてこの屋敷に囚われていたラウラの話を聞く限り、酷い目に合わされることは無さそうだが、それでもサラの不安は消えることはない。

 リーリエ家は数少ない青髪白色人ブルディアン側に立って政治を行なっている金髪褐色人ゴルディアンだ。青髪白色人ブルディアンでもリーリエ家を慕っている人は少なくはない。

 それでも彼らは金髪褐色人ゴルディアンなのだ。青髪白色人ブルディアンを支配し、虐げる人種に変わりはないのだから。


「……エヴァちゃん」


 本来ここに人質として来るはずだった親友の事を思い出し、サラは不安を押し殺して巨大な扉をノックしたのだった。


   ■■■


 ――一ヶ月前。


「私が代わりに人質になります」


 ベッドで寝込んでいる親友の女の子にサラはそう告げた。

 その親友――エヴァ・スノウホワイトは、その真っ赤な双眸を大きく開き驚きを露わにする。

 そして高熱を出して寝込んでいたその幼い体を起こし


「今年から十年はボクの家、スノウホワイト家が人質を出す決まりだよ⁉︎ なんでサラちゃんが代わりになるの……」

「だってエヴァちゃんは身体弱いから人質になったらきっと体調崩しちゃう。だったら私がエヴァちゃんの代わりになる」


 エヴァは生まれつき身体が弱かった。

 そしてその容姿も普通の青髪白色人ブルディアンとは一線を画している。肩まで伸ばしているその髪は青髪白色人ブルディアン特有の青い髪ではなく、雪のように真っ白で透き通っている白色の髪。肌の色も平均的な青髪白色人ブルディアンよりもさらに白く、皮膚の下の血管が薄っすらと浮き出ている。

 彼女には皮膚にも、髪にも色素そのものがないのだ。

 アルビノ。色素欠損症。

 エヴァ・スノウホワイトは生まれつき身体の色素を持たない。そのため日光に弱く可能な限り室内で過ごし、どうしても外出する場合は皮膚を露出しない服装でなくてはならない。

 また病気にも弱く、一度病気にかかると症状が悪化しやすい。

 今現在ベッドで寝込んでいるのも数日前にかかったごく普通の風邪が悪化したためである。


「……でもサラちゃんが人質になることなんて」

「エヴァちゃんの家はエヴァちゃん以外直系の子供いないでしょ?」

「そうだけど……」


 基本的に人質として連れて行かれるのは成人していない子供。エヴァに兄弟はいないのでスノウホワイト家の直系の血を引く子どもはエヴァだけ、つまり代わりはいないのだ。


「大丈夫、私に任せて。お父様にはもう話してあるし、後はエヴァちゃんさえ納得すれば――」

「やだっ‼︎」


 強い否定が帰ってきた。

 エヴァからそんな強く否定されると思ってなかったサラは時が止まったように固まる。

 ポロッポロッと涙をこぼし、エヴァは言葉を続ける。


「ボクのせいで……、ボクのせいでサラちゃんが人質になるなんてやだっ‼︎」


 兄弟のいないエヴァに取って、唯一心を許せる同年代の友達はサラだけだった。

 サラにとって我が身を犠牲にしてでもエヴァを助けたいのと同じように、エヴァも自分のためにサラが犠牲になるのは我慢できなかった。

 本人が拒否するのだから、サラもこれ以上は言えない――――、そんな訳ない‼︎


「ダメ。私が行く。絶対に譲れない。――――実はさっきエヴァちゃんさえ納得すれば……って言ったけど、アレ嘘なんだ」

「……っ⁉︎」

「もうエヴァちゃんのお父さんにも話は通してあって、私が代わりに人質になることは既に決定してる」


 強硬策。

 エヴァに話す前に、秘密裏に説得から手続きまで終わらせていた。

 すでに決まってしまっていればエヴァ本人でもそれを覆すことはできない。


「なんで……、なんでよサラちゃん」


 サラの作戦の全貌を察して、エヴァは顔を伏せる。

 幼い頃から知っている親友の暴挙とも言える行動。

 自分のためとは言え、親友が自分に隠してそんな事をやってたことが信じられなかった。


「私はね、エヴァちゃん。エヴァちゃんのこと大好きなんだ」

「はわっ⁉︎」


 突然の告白にエヴァは目を見開いて、顔を上げる。

 その頬は薄っすらとピンクに染まっている。


「エヴァちゃんは私の親友。大好きで大切な親友……」

「あぁ……」


 そっちか、とエヴァは安心して、そしてがっかりして息を漏らす。

 あれ、なんで今ボクはがっかりしたのだろう、と心の中で自問するエヴァを置いてサラの話は続く。


「まずは、ごめんなさい! 勝手に人質代わったりして。エヴァちゃんに言えば絶対に嫌がられるってわかってたから……」

「まだボクは納得してない」

「うん、分かってる。納得しないと思ったからエヴァちゃんには言わなかった」


 サラはエヴァのベッドの裾に腰を下ろす。

 至近距離で二人の双眸が互いの顔を映す。


「私はエヴァちゃんが好きだから、好きだから無理して欲しくない。自分の身体の事は自分が一番分かってるでしょ、エヴァちゃん」


 その台詞を聞き、エヴァは悔しそうに目線を逸らす。

 生まれつき病弱な身体だが、ここ数年は特に体調を崩しやすくなっていた。

 こんな身体な自分が人質として貴族街に連れて行かれることに不安を覚えてないと言ったら、それは嘘になる。むしろ不安だらけで夜も眠れない日々であった。


「…………ごめんなさい」


 エヴァはうつむき声を漏らす。

 自分のするはずだった役目を親友に肩代わりさせてしまう負い目。

 こんな身体に生まれなければ……。

 いつもは思わないようにしている考えが頭を埋める。


「エヴァちゃん……」


 サラはうつむいたエヴァの頭に――ポンっと手を乗せ優しく撫でる。


「エヴァちゃんが謝ることなんて何もない。これは私が勝手にやったことだから」


 撫でていた手はエヴァの真っ白な髪を手櫛の要領でとく。

 エヴァはうつむいていた顔を上げる。

 その目元は涙で赤く腫れていた。


「約束……して、サラちゃん。ちゃんと無事に帰ってきて」

「心配しすぎ。人質に行った人はみんな十年後には無事帰ってきてる。約束するまでもな――」

「約束‼︎」


 言葉を少し荒げるエヴァ。

 右手の小指を立ててサラの顔の前に突き出す。

 サラはその指を取り自分の指と絡め、約束の契りを交わす。

 そしてその約束をしっかりと確かめるように何度も何度も上下に振る。


「元気で……ね」

「それは私の台詞だよ。エヴァちゃんこそ元気でね」


 それだけ言ってサラは部屋を後にした。

 まだやらなければならない事があるのだ。


 実はまだサラが人質になることは決定していない。

 これからエヴァの父親に娘を説得できたことを報告して、正式にサラが人質となる手続きをしなければならないのだ。


(ごめんね、エヴァちゃん)


 幼馴染であるエヴァの事はサラはよく知っていた。正直に自分が代わりに人質になると言っても絶対に認めない事は分かっていた。

 だからサラはあの場で嘘をついた。

 既にサラが行く事が決まっている……そう言えばエヴァは納得しなくても認めざるおえない。

 エヴァは父を崇拝……とまではいかないが父の言う事は絶対と思っている節がある。

 既に父とサラとの間で決まっているといえば言い返す事は出来ないとサラは踏んだ。

 計画通りに、エヴァの代わりにサラが人質になる事は決定事項だと思い込ませることに成功したのだった。


 サラが親友に嘘をついてまで人質を代わった理由。

 半分は、親友のエヴァが病弱であるため人質になると環境の変化から体調を崩しかねないと言う心配から。

 そして、もう半分は……



   ■■■



 ノックをして数秒。

 その大きな扉が開いた。


「ようこそ、リーリエ家へ」


 そう言ってサラを出迎えたのはかなり顔の整った壮年の金髪褐色人ゴルディアンの男だった。黒を基調とした服は少し見ただけでも高級な素材が使われている事が分かる。


「あなたがユリウス・リーリエ様ですか」

「そう、私がリーリエ家現当主ユリウス・リーリエだよ。とりあえず中へどうぞ」


 ユリウスの後をついて屋敷の中へ入る。

 外見もすごかったのだが内面はそれ以上だった。

 床は大理石が張り巡らされていて、廊下の所々には金で装飾された置物。

 流石はこの国の支配者の家と言ったところだった。

 そしてやはりというか、歩いているとメイドや執事などの従者とすれ違うのだが誰一人として青髪白色人ブルディアンはいない。揃いも揃って金髪褐色人ゴルディアン青髪白色人ブルディアンである自分がかなり浮いてる気がして全く落ち着けないサラだった。

 ユリウスに連れられてサラは執務室と書かれた部屋に来た。


「ここは……まあ、ボクの仕事部屋と思ってもらっていい。とりあえず、遠路はるばるご苦労さん。サラちゃんで良かったかな」

「はい。サラ・アイスブルーです。これから十年お世話に成ります」


 最初から決められていた台詞を吐く。

 金髪褐色人ゴルディアンの……しかも三大公爵家の当主。機嫌を損ねれば代表家であってもタダではすまない。


「固い」

「えっ?」

「固いのはなし。サラちゃんは今日からうちの娘なんだからもうちょーっと気軽に話そうよ」


 意味が分からない。

 サラの知っている金髪褐色人ゴルディアンはいつもは高圧的で、青髪白色人ブルディアンを見下すような人間ばかりだ。

 それなのに目の前の金髪褐色人ゴルディアンは急な気軽に話そうとか言って来た。30は歳が離れてそうな幼女であるサラに対してだ。


「……とは言っても最初から気軽に話すなんて無理だよね〜。少しずつ慣れていけばいいから」

「は、はい……」


 七歳にしては聡明なサラであったが、目の前の人物については理解が追いついていなかった。

 サラの子供ながらの常識では金髪褐色人ゴルディアンは全員自分たちをイジメる嫌な奴と思っていた。それがこんな和やかな態度を取られると戸惑ってしまう。

 それから改めてお互いの自己紹介、この家の見取り、この家で過ごす時に気をつけなければならないことなどを一通りユリウスから聞いてそろそろ会話も終わりに差し掛かり始めた頃。


(あっ‼︎)


 忘れていた。

 ここに来た目的。

 人質を代わってまでサラがここに来た残り半分の目的。


「これ、お父様からの手紙です」


 父から預かった手紙をユリウスに渡す。

 中身は知らない。

 父から命じられていた事。

 今回の人質が交代できたのならば手紙をリーリエ家の当主に渡して欲しい、そう父に言われたのだ。

 内密な手紙。ユリウスもサラの父もお互いの立場から個人的な内密の手紙を出すことはほぼ不可能だ。必ず検閲されてしまう。

 それを避けるためにサラに持たせたのだ。


「彼からかい?」


 ユリウスは受け取った手紙を開き中身を見る。二枚の用紙が出て来た。

 彼、とユリウスはサラの父を呼んだ。

 お父様とユリウス様が旧知の仲なのは間違いないだろう。……となるといつ知り合ったのだろう。代表四家と三大公爵家が直接話し合うような会合が開かれることはない。当主同士でも互いの顔を知らない事がほとんどだ。少なくともサラは父がユリウスと接点を持つ機会を知らなかった。

 そうすると可能性は……


「もしかしてお父様はここに人質として来ていたのですか?」

「ん、そうだよ。聞いてなかったかい? 彼とは歳が近かったから何かと気が合ってね。30年前の事かな」


 手紙を読み終わったのか、大事そうに手紙を机の引き出しに直してユリウスはそう返答した。


「手紙には何て書いてあったのですか?」

「君をよろしくって。それ以外はボクと彼との秘密だから君にも言えないよ。……さて、それじゃあ君にボクの家族を紹介しよう。みんな一階の大広間で待ってるから行こうか」


 コクリとサラは頷き、先に部屋を出たユリウスの後に続いたのだった。

 この後、サラは運命の妹との初めての邂逅をするのだがそれはまた別のお話。

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