第10話「たまにはお姉ちゃんにもイニシアチブを」
二人が屋敷に戻る頃には日は沈み、夜の帳が下りていた。
屋敷に入るとサラは目深に被ったフードを外した。サラの青い髪がオレンジ色の灯りに照らされる。
「お帰りなさいなのよ〜。なんかトラブルあったみたいだけど姫様もサラちゃんも大丈夫?」
帰宅した二人を迎えにパタパタとメイド服に身を包んだマナが近づいて来た。
トラブル、とは昼間のクロディウス・ハルデンベルグと衝突したことでしょう。
今日、サラたちを一日見守ってくれていた執事のクリストフが屋敷に連絡してくれていたのだ。
「ええ、この通り無事ですよ」
身体を動かし、問題ないことを示す。
なんだかんだ言って、昼間のトラブルはエリシアが守ってくれたおかげもあってサラに身体的な怪我はない。
サラの当たり障りのない答えに、マナの興味はサラからエリシアへ移る。
「姫様はサラちゃんとのデート楽しかった?」
エリシアの目線に合わせてマナは屈んで問いかけた。
エリシアは、にへら〜っと笑って
「楽しかったー‼︎。ホラ見て見て、お揃いの指輪‼︎」
「ええ〜! いいなぁ〜。私もお揃いの指輪欲し〜」
マナは本当に羨ましそうにエリシアの指輪を眺める。そんなマナにほんの少しだけサラは優越感を覚えていた。
「それにね、お姉ちゃんに膝枕してあげたの」
「ひ、膝枕⁉︎」
あっ、それはまずい、とサラは内心焦る。
惚気たい気持ちも分からないではないけど、エリシアは何でもかんでも喋りすぎです。
「サラちゃん……姫様に膝枕して貰ったの?」
案の定マナがサラに追求してきた。
仕える身でありながら、その主人に膝枕をさせるとは何事か――――なんて、当たり前な考えではなくただただ羨ましさからの追求だが。
「……ええ。……して……貰いました」
恥ずかしさからしどろもどろになりながら私は答えた。
何でこんな羞恥プレイをしなければならないのでしょうか。
「ふーん。人前ではイチャイチャしないと思ってたのにな〜。デートだからってハメ外しすぎじゃなーい? ……マナも姫様に膝枕して貰いたいのに‼︎」
「最後のが、本音でしょ‼︎」
「姫様〜、マナにも膝枕してください〜」
欲望に忠実に、エリシアの小さな胸に頬ズリしてマナが言う。
……セクハラはやめなさいセクハラは。
「う〜ん、マナの事は別に嫌いじゃないけど、やっぱり膝枕はお姉ちゃんだけの特別って感じだからヤダ」
「ギャフン!」
ヤダっと、エリシアは鬱陶しそうに抱きついているマナを手で突き放す。マナはそのままバランスを崩して尻餅をつく。
「さあ姫様。そんな
エリシアではなく姫様と呼ぶ。
デートが終わり姉から従者に心を入れ替える。
急に態度が変わったため、不服そうな顔でサラを見るエリシアだが、あえてサラは目線を合わせず無視する。もし目線を合わせてしまったら決意が鈍ってしまう。今日は特にデートでエリシアに甘えてしまったから尚更その決意が揺るぎそうなのだ。
■■■
エリシア達家族が夕食を取る間サラも別室で何人かのメイド仲間と夕食を取る。
食事中に何度もエリシアとのデートのことを聞かれ、
今日のデートはエリシアに自分の弱い部分を見せてしまい、心身ともに甘えてしまった。
歳下の妹に……だ。
今日のデートを振り返って見るだけで、サラは顔が熱くなるのを感じる。
「とりあえず……報告だけはしてしまいましょう」
そんな言葉を洩らし、デート前日にも訪れた執務室のドアをノックする。
部屋の中からの返答を確認し、ゆっくりと執務室へ入る。
「ご苦労さん、サラ。思っていたよりも大変だったそうじゃないか」
「…………申し訳ございません。エリシア様を危険な目に合わせたこと、心の底から謝罪します」
ユリウスが話しかけると同時にサラは頭を下げて今回のデートでエリシアを危険な目に合わせたことを謝罪した。
クロディウスとの一件はクリストフの介入が遅ければエリシアにも危害が及んだ可能性が十分にあったとサラは感じていた。
そう謝るサラに優しい声でユリウスは言う。
「君もエリシアも怪我ひとつなく帰ってこれた。何も問題ないさ。それより謝らなければいけないのはボクのほうさ。こんなことになるならばこっそりお忍びではなく、リーリエ家としてしっかり君の存在を認知させた上でデートさせればこんな事件が起きなくて済んだのに」
確かに今回の一件は、お忍びで町に出かけたため
とは言っても
「エリシアはそれを望みませんよね」
「そうだろうね。リーリエ家の人質として堂々とすれば今回のような事件は起きないだろうけど、周りからはどうしても注目はされるだろうし、何より二人っきりって訳には行かなくなる。あの子は君と二人っきりでお出かけしたがっていたし、結局のところ今回はこれで良かったのかもしれないね」
「そうですね。私も――多分エリシアも今日一日とても楽しく過ごせました。このような機会をつくって頂き、ご主人様には改めて感謝を申し上げます」
「相変わらず堅苦しいねー。君もボクの娘なのだからもう少しラフに接してくれてもいいのに」
しかし、サラ自身が気さくに接することを拒む。何となく恥ずかしいのもあるが、やはり主従関係と言うモノを挟んだ方が楽に会話ができるのだ。
これも私の弱さ……ですかね――と、自分を卑下する。
「それから、今日のデー……町へお出かけ中に奇妙な地下通路を発見しました」
サラは貴族街と平民街を繋ぐ例の地下通路について詳しくユリウスに話した。
公園の隠された扉があったこと。平民街に至るまでの推定の距離。事細かに感じたことを含め、すべて話した。
「クリストフから話は先に聞いてはいたけど、本当にそれは奇妙で怪しい話だね。話を聞く限り長年使われた後はないみたいだし、はるか昔に忘れ去られたものかもしれないね。一応明日にでも調査に部下を向かわせるけど、地下通路自体をどうするかはその結果待ちかな」
地下通路は塞がれる可能性は大いにある。
そのまま放置していても良いことは決してないだろう。
それからサラはユリウスにデートで気になったことなどを掻い摘んで報告した。もちろんエリシアとのイチャイチャは恥ずかしいから話してない。
「そう言えば……これ、お返しします」
スカートの中に隠し持っていた銃を取り出して、ユリウスの前へ持っていく。
「使う機会はあったかな?」
「……一度だけ。クロディウス・ハルデンベルグに魔法を向けられた時に威嚇目的で銃口を向けました。ただ、私にこの引き金を引ける勇気はありませんでしたが」
「まあそんなもんだよね。前日にいきなり渡されて、躊躇なく引き金を引ける方が怖いよ」
サラから返された銃を手に持ちユリウスは思案する。
くるくると回して色々な角度から銃を確認すると
「これは君が持っていたまえ」
「…………どう言うことでしょうか。外に出ることは当分ありませんよ」
「今回のデート……エリシアに助けられてばかりで君は自分が情けないと思ったでしょ?」
「…………」
ユリウスの鋭い指摘にサラは何も言い返せない。
沈黙を肯定と捉え、ユリウスは続ける。
「
「正直言って、私はエリシアを守る為ならば躊躇なく引ける自信はあります。でもこの国でエリシアに危害が及ぶことなど本当にあるのでしょうか。昨日、ご主人様が言っていた革命、内戦の可能性も私には少し現実味がないように感じられます」
確かに
「隣国と違ってこの国は長らく戦争とは無縁だったからね。君がそう感じるのも無理はないよ。ボクだってそうだからね」
「それならは――」
「――だからと言って今まで平和だったからこれからも平和が続くなんて絶対に言えない。保険というものはしっかりかけた方がいい。君が望むなら銃の訓練も敷地内で出来るようにしよう。少しでもエリシアの為に強く成りたいなら……ね」
エリシアのため……か。
魔法の使えない
昨日、そして今日のユリウスの話を聞く限りサラはある一つの結論に辿り着いていた。
エリシアの父、ユリウスは夢想家ではなく現実主義者である。つまり数字や過去の記録から物事を考える人物である。
そんなユリウスが内戦の可能性を二日続けてほのめかしている。
ユリウスの中で内戦が現実的なレベルまで可能性を帯びてきていると、サラは考えた。
そのための銃の訓練。
「本当に内戦は起こるのでしょうか」
「あと数年は起きない。それ以降は保証はできないかな」
「…………承知しました。これはしっかりと私が預からせていただきます。それから銃の訓練もしていきたいと思います」
「ありがとう、サラ。君ならエリシアを託せる……ボクはそう思っているよ」
お辞儀をして銃を受け取ったサラに、ユリウスは笑って応えた。
その笑顔にサラは薄っすらと影が見えた、そんな感覚を覚えたのだった。
■■■
深夜。
淡い光を漏らすランタンに照らされた室内で、サラはベッドで寝転がったエリシアの身体をマッサージしていた。
「うにゃ〜」
「我慢してくださいね。明日筋肉痛には成りたくないでしょ?」
「私は子供だから筋肉痛とかならないもん」
エリシアの細っそりとした褐色の太ももから下をモミモミと両手でリズミカルに刺激する。
揉むたびにエリシアが「あんっ❤︎」とか「きゃっ❤︎」と官能的な吐息を漏らすが聞こえないふり見ないふり。
「お姉ちゃん手つきエロい」
「気のせいですよ。エリシアがエロいからそう感じるだけです」
「私エロくないもん。エロいのはお姉ちゃんなんだから‼︎」
太もも、ふくらはぎ、足の裏……、子供らしい細っそりと小さな各部位を丁寧にほぐす。
エリシアの足の指は小さく可愛らしい。
お風呂上がりで綺麗に洗っているのか、汚い感じは決してしない。舐めたい。
ペロッ。
「ふにゃ⁉︎ お姉ちゃん、今舐めたでしょ」
「……舐めてないですよ。エリシアの気のせいでしょ」
「いやいや、今ペロッて」
「気のせいでしょ」
「気のせいじゃな――」
「気のせい」
――――。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「ん? だから気のせ――」
気のせいで済ませようとする姉に対して、エリシアは蠱惑的な笑みを見せる。
うつ伏せで寝転がっている身体を起こして、サラの正面に座る。
その状態でさっき舐められた右足を前へ――サラの目の前へ突き出す。
「お姉ちゃん、舐めたい? いいよ、舐めても」
サラの目の前に突き出される可愛らしい足の指。
待ちわびるようにピクッピクッとしている。
まるで虫を誘う食虫植物の様な、その足にサラは我慢できずそっと口を近づけ――
チュッ。
と軽く口づけをした。
「へっ?」
「だから気のせい」
そう言ってサラはエリシアの手首を掴むと、ベッドに押し倒した。
「ふぇえ⁉︎ なんかお姉ちゃん積極的?」
「……デート中はエリシアに主導権ずっと握られてましたからね。お姉ちゃんは少しそれが悔しいのです。だから………………………………
ニヤーっと、普段はあまり見せない挑発的な笑顔を作り――――おもむろにエリシアの唇にキスをした。
次の日、何故か疲れていた二人は少しだけ寝坊してしまったのだった。
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