11話「メイド仲間は舞踏会に行きたい」

 デートから一ヶ月。

 エリシアは魔法の訓練を続け、少しずつ使える魔法を増やしていた。

 アン先生の授業もサボることは無くなったので少し屋敷内は静かに――そして寂しくなった。

 そんな寂しさを紛らわそうと、サラに近づく一人の少女。


「最近姫様もサラちゃんも構ってくれなくて寂しいよ〜」


 デートが終わってから2人がそこそこ忙しくしているので仕事の合間の暇を持て余したマナだった。

 最近時間を見つけては地下室・・・に行くサラを不審に思い、こっそりと追いかけてここまで来た。


「わざわざそれを言いにここまできたのですか?」

「サラちゃん、最近コソコソしてるな〜と思ったらこんなことやってたんだね」


 サラの手には例の銃が握られていた。

 サラがここ一ヶ月この地下室でやっていたことは、銃の射撃練習である。


「それ魔道具? かっこいいね〜」

「魔道具だったら私が使えるわけないでしょ、ポンコツ」

「じゃあそれなんなのさ〜」

「……銃。まあ見てればわかりますよ」


 そう言って引き金を引く。

 破裂音と共に銃口から弾丸が飛び、粘土で出来たマトに当たる。当たったマトは飛び散るように砕け散る。


「うっるさ〜⁉︎ …………って、なんか知らないうちにあのマト壊れてるんだけど‼︎。何それ、すっごいね〜」


 初めて見る銃にマナは興味を示し、サラの持つ銃に興味津々に触ってくる。

 正直うざい。

 サラが、マナの手を煩わしく振り払いスカートの中のポーチに銃を収納する。


「……というか〜、何で地下室でこんなことやってるの?」


 不思議そうにマナが質問してくる。

 まるで親に質問する子供のように無邪気な顔だ。


「私は魔法の使えない青髪白色人ブルディアンだから……。いざって時に姫様を守れる力が欲しい」


 前髪をいじりながら、固く決心した言葉を口にする。

 サラは一ヶ月銃の練習をして来た。

 最初は試行錯誤の連続だった。特に射撃の反動で腕が跳ね上がり、命中精度が極端に悪かった。

 この国では見たことのない人の方が圧倒的に多い銃の撃ち方を教えてくれる人がいるはずもなく、独学でサラは経験を積んでいった。

 ここ数日になってようやく普通に立った状態で撃ってマトに当てることができるようになったばかりだ。走りながら撃つなどまだまだ先のことだろう。

 少しずつ上手くなっていくしかない。


「そんなに頑張らなくても、平和なこの国でそんな物を使う機会とかないと思うけどな〜。それよりも、最近姫様にあんまり構ってあげてないでしょ」

「……昼間は……そうですね」

「ん? もしかして夜はイチャイチャなの⁉︎ もしかして特に気にする必要なかった⁉︎ 夜は二人きりでイチャックス⁉︎」


 マナの言う通り最近サラとエリシアは昼間は顔を合わせること自体少なくなった。主と従者という関係なら自然なことだろう。

 その分寝室では毎日と言っていいほどイチャついている2人なのだが。


「……私も姫様やサラちゃんとイチャイチャしたいよ〜。今晩お邪魔していいかな? いいよね?」

「ダメに決まっているでしょ。私もいるとはいえ姫様の寝室ですよ」

「あ〜、もお〜、独占欲ぅうう」


 これは独占欲ではないです、と心の中でサラは否定する。

 目の前で子供のように駄々をこねるマナを放っておいて、サラは射撃練習を再開する。

 マト用の泥人形はユリウスの魔法がかかっており自動で修復して元に戻る。

 先ほどサラが撃ち壊したマトも既に元どおりだった。

 サラは銃を構え撃つ。撃つ。撃つ。

 三発中二発はマトに命中するが、一発は明後日の方向へ飛ぶ。

 まだまだですね、とサラは小さく呟く。

 

「そう言えば、姫様の舞踏会デビューの日が決まったらしいよ〜」

「…………それは初耳です」


 舞踏会。

 その中でも三大公爵家のリーリエ家が参加ほどの大きなものは宮廷舞踏会である。

 三大公爵家の一つであるワールドハウル家が持つ大屋敷で、三大公爵家及びそらに連なる上流貴族のみで行われる舞踏会こそ宮廷舞踏会だ。

 今度開かれる宮廷舞踏会でエリシアは舞踏会デビューして、他の三大貴族及び上流貴族に紹介されることになる。


「ちょっと早くないですか? 姫様はまだ十歳になったばかりですよ」

「確かに早い方だけど、三大公爵家なんだしそのくらい早くても問題ないでしょ。跡取りはロイ様がいるから姫様の結婚は急ぐ必要がないとは言え、色々とコネクションだけは繋いで置きたいんだと思うな〜」


 舞踏会は貴族間の子息紹介と共に結婚相手探しも目的とされている。

 三大公爵家の一人娘のエリシアなら、何もしなくても相手からこっちに言い寄られることになるだろう。

 家柄はこの国の実質支配者。

 容姿も贔屓目に見なくてもかわいい。

 まだ幼いが将来の美しさは保証されてると言ってもいい。

 まさに超優良物件。


「……なんか不服そうですね、サラちゃん」

「別に……。いつかは来る日と思ってましたから」


 かわいい妹もいつかは姉離れする。

 貴族の子として生まれたエリシアには結婚しないという選択肢は存在しない。

 今回の舞踏会はその第一歩。

 いつかは来る。分かっていたことだ。


「もお、素直じゃないな〜。だーい好きな姫様が見ず知らずの貴族とイチャついてもいいのですか! 姫様の事が好きなら付いて行って、サラちゃんの眼で姫様の相手を評価して、姫様に寄り付く害虫を排除するでしょ」

「……その心は」

「マナもサラちゃんのついでについて行って舞踏会のご飯食べたーい」

「却下」


 相変わらず欲望に忠実なメイド仲間。

 確かに舞踏会と一緒に開かれる晩餐会の食事は貴族でない人ならばとても魅力的なものだろう。この国の最高級の食事がそこにあるのだから。


「むぅ〜、意地っ張り」

「私は青髪白色人ブルディアンですよ。宮廷舞踏会に立入れるわけないでしょ」

「でもでも、サラちゃんは青髪白色人ブルディアンの最上位貴族でしょ?」

「この国で青髪白色人ブルディアンで一番偉くても何の価値もないですよ。それから貴族じゃなくて代表家です」

「それでもユリウス様に頼めば連れて行って貰えるんじゃない? ユリウス様はサラちゃんと姫様には甘々ですし〜」

「ご主人様が許可したとしても他の三大公爵家が許さないと思いますよ。流石のご主人様でも他の三大公爵家に反対されれば強行できないでしょうし」


 選民思想が強いハルデンベルグ家とワールドハウル家が青髪白色人ブルディアンであるサラを、伝統と格式高い宮廷舞踏会へ立ち入ることを許すはずがない。

 特に宮廷舞踏会を主催するワールドハウル家は青髪白色人ブルディアン嫌いで有名だ。自分の敷居内に青髪白色人ブルディアンを入れるなどもってのほかだ。


「やっぱり難しいですかね〜。マナは一度でいいから晩餐会の料理食べて見たかったのですけど」

「むしろあなただけなら連れてって貰えるのでは? 姫様専属メイドの一人ですし、私を除けば姫様と最も親しいメイドですよね」

「メイド長が私に任せてくれるわけないでしょ。常識的に考えよサラちゃん」


 マナが自他共に認めるアホの子なのは屋敷中が知っていること。確かにマナ一人にエリシアを任せる事など到底できない。


「サラちゃんと一緒なら連れてって貰える可能性高いのよ〜。サラちゃんに姫様を任せることは誰も文句言わないし、私がサラちゃんの親友と言うことでおまけでついて行っても大丈夫そうなのよ」

「いつから私達親友になってましたっけ」

「ひどい‼︎ ここに来たばかりの臆病で人見知りなサラちゃんと遊んであげた無二の親友だよ」


 そうだっけ、とサラは昔を思い出して見る。

 …………。

 ……。


「いや、気のせいでしょう。あなたにはイタズラされた思い出しかありません」

「イタズラじゃないもん! 気になる子にはちょっかいしたくなる愛情表現だもん」


 マナがどのような思惑であれ、サラがイタズラと感じたならそれはイタズラだ。

 ……とは言え、そのイタズラが直接の原因かはわからないが、その後この屋敷の住人と打ち解けたことには変わりない。

 多少は感謝してるし、マナの事は大事な友達程度にはサラも想っている。

 絶対にマナには言わないが。


「……あなたが姫様の付き添いで舞踏会に行けるようにご主人様に掛け合って見ます」


 だからマナの夢を助ける力くらいにはなろうと、サラはそう提案した。


「……サラちゃんがデレた⁉︎ 好感度カンストしたの⁉︎」

「違います。多分姫様の付き添いはクリストフさんと他何人かになると思います。それに一人くらいアホのおまけが付いていくくらいなら許容範囲でしょう。姫様もあなたが居れば少しは安心できるでしょうしね」


 ホントはサラ自身が行けるなら最善なのだが、それは許されない。


「全ては姫様のためです。決してマナ、あなたのためではないですからね」

「知ってるこれツンデレ」

「ツン……? とにかく……姫様の事は任せましたよ」


 頼りにしてます、そんなニュアンスが感じられる言葉。

 マナは小さく頷いて、一言。


「でもそれ、私が付き添いで選ばれたらだよね。サラちゃんが掛け合ってくれるのは嬉しいけど、それでも正直私が舞踏会に付き添いで行けるとは思えないよ〜」

「まあ、いつものあなたの行いを見てたら……うん。掛け合って見るだけ掛け合って見るから後は祈ってなさい」


 サラがそう言うなり、膝をついて合掌して何か念仏のようなものをマナは唱え始める。

 都合のいい時ばなり祈られても神が応えてくれるとは到底思えないが。

 だがまあ――ともあれと、


「祈ってると邪魔にならないので放っておきましょう」


 サラはそうこぼして、射撃練習に戻るのだった。

 

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