巨大ミツバチに襲われる

 そのころ、オウジ達のいる所から遠からず離れたかぼちゃ葉の波間では楕円の大きな二つの単眼もつ巨大なミツバチ達が、触覚を震わせ巨大なかぼちゃの黄色い花弁に取り付いていた。


 一時いっときを経て巨大なミツバチ達は1秒間に200回以上の羽ばたきを開始しすると、次々と天空に飛び立ちその数は見る見るうちに増え黒いうねりをつくりながら上昇していった。

 巨大なミツバチの飛び立ったかぼちゃ葉の波間の下では、縦横無尽じゅうおうむじんに走る黒緑色の太いかぼちゃの茎根の合間を数100匹もの小型なアリが走り抜ける。

(小型といっても、オウジ達が普通見るアリの数倍はある大きさだ)

 偵察アリだ!偵察アリの触覚の伝達により侵入者の兆候を察知した巨大な兵隊アリ達が、黒光する大顎をカシャ、カシャと忙し気に噛み鳴らしながら巣穴より這いだした。

(兵隊アリは巨大だった。小型な偵察アリの数倍の大きさ、カブトムシ程もある大きさであった)

 侵入者の追跡体制に入る。ぞくぞくと湧き出る巨大兵隊アリの大群、その様相は大地震で木々、家々を飲み込んだあの黒い悪魔の塊、濁流ようだ。


 そんな事が起きていようなんて露ほども知らず、オウジ達は岩山の傾斜地の巨大かぼちゃ葉の中にまだ居たのである。

 楽観はしていたが、ここが何処だかわからず、どうなってしまったのかも、これからどうしたらよいかも検討がつかず、みんな大きな不安に陥り一歩を踏み出すことができずにいたのである。

 ただオウジだけは、ここはもしかしたら別世界(別の土地)かなと微かに思い始めてもいた。

 オウジは意識が戻る寸前、デンスケに起こされる寸前、オウジの脳裏では今までの記憶がスローモーションのようにスロー再生されていたのです。

 オウジ達が日暮れ山の洞窟に行き岩盤焼きの真っ赤なエビを旨い、旨いとほおばっているあたりからはじまり・・・あの洞窟底の陥没穴に頭から墜ちこんだところまでまるで映画を見ているかのようにシーンがスロー再生されており、本来ならここで記憶の再生は終了するはずなのに不思議なことにオウジの記憶の再生はまだ続いていたのです。

 未来の時間に向かってほんの少しの時間ですがオウジの記憶の再生は進んでいたのです。

 脳裏には、この大葉の見渡す限りの波間やこの波間の間を縫って走る曲がりくねったあぜ道、麓に広がった小高い丘や林そしてその奥に広がる湖や湖を囲む霞む峰々までの景色がゆつくりと再生されていたのです。

 オウジにとっては、ここはすでに見たことのある風景になるのです。

そしてこの先の地形も漠然とですが目の奥に焼き付いていたのです。不思議ではあったがオウジはこの未来の記憶にかけてみようと思ったのです。夢ではないことを祈りながら。

 

 まったく訳の解らないこの場所、もしかしたら別の世界・・・それならせめて脳裏に浮かんだ眼の奥に焼き付いているこの先にある湖、水のある所までは絶対にいかなくては。

 オウジは取り合えず行動を起こさなくてはと、覚悟を決め一向を連れこの巨大かぼちゃ葉の群落の麓にあるだろう脳裏に焼き付いた小高い丘や林を目指し巨大葉のジャングルの中に足を踏み入れた。

 デンスケを先頭にサチ、スエヒロと続きオウジとハカセは並んでシンガリについた。


「どこへ行くんだオウちゃん、これからどうするんだ」


「 大丈夫かい、ここにいた方がいいんじゃない?」


「ここいったいどこなの?気持ち悪いよ・・・」


オウジは全ての問いかけを無視した。

「ハカセ、ハカセだけにちょっと話しておくけどさあ~」


「人は死ぬ前に今までのことが走馬燈のように脳裏をよぎるって言うけど・・・俺は、さっき今まで起こったシーンが逆回転されて頭に浮かんだんだよ。まさか俺死ぬんじゃないかって・・・そんな時にデンに起こされたんだ、気が付いたんだよ。やけにリアルだったぞ」


 オウジは意識が戻る寸前の記憶の再生を、そして陥没穴に墜ちこんだ以降も記憶の再生が続いていたことを、ここの景色も記憶に出てきたことを、またこの先の景色や風景も見たと、丘があり、林があり、湖が見えたことをハカセに話した。

「予知夢みたいなこと」


「それともどっか頭の記憶の回線でも打ったとか、考えられない」


 ハカセは途方もない話に戸惑いながらも心配した。

「いや、ハカセおかしいことはわかっているんだよ、だが今ここでハカセに言わないでおいてさあ~、ここを下り麓までいったら丘があり林があり湖までもあったらどうする・・・その時になって俺が意識を戻す寸前にこの風景見ていた。丘も林も湖も前に俺の脳裏に浮かんでいたなんて言っても誰も信じないだろう」

「だれも、そんな不思議なことありえないと信用しないだろう」


「特にデンスケなんて、調子の良いことまた言ちゃってなんて信用しないよ」


「そうだね」ハカセが苦笑いしながら頷く。

「だから先にハカセに言っておくんだよ、もし俺がみた風景が本当あったら不思議だろう、おかしいだろう」


「おかしいことでも、俺が先に言っていたと言う確認がなんかほしいんだよなあ~なんか引っ掛かるんだよ、本当に湖があるような気がするんだよ」


「不思議ことは不思議で二人だけでも確認し合っておきたいんだよ。どっちにしたってここにいたって仕方ないだろう、水を捜さないとしゃあない《仕方ない》だろう・・・わかるかいハカセ俺の気持ち」

 オウジは念を押し、ハカセは「ウン」と頷いた。

 ハカセは、あの陥没穴に落ち込んで意識を失った後はこの大葉の下でサチにゆりおこされ意識を取り戻すまでその間の記憶は一切なかった。


 オウちゃんの見たことは、意識が戻る寸前に直前の記憶が再生した。その後の記憶は脳が勝手に思い込んだもの、記憶回路が勝手に暴走したものだとハカセは思った。でも、もしかしたらオウちゃんでも気づかない頃、幼少の頃、おじいちゃんかおばあちゃん誰かに連れて来られてここと似た風景を見た事があるんじゃないか。本当に幼い頃の潜在意識の奥に潜む記憶みたいなと思ったが・・・それを口にだすことはしなかった。

 ハカセもみんなと同様だ、ここは日暮れ山からは相当離れた場所ではあるが見知らぬ土地ではないはずだ。きっと中川の下流のどっかの土地だとまだまだ楽観していたのである。

 オウジは、まだ自分の不思議な能力に気づいていないのです。時々もう一方の意識だけのオウジがフワッと身体を離れ浮遊してしまうことを、自由にその辺を飛び回ってしまうことを。


 暫くの間はそのことに気が付くことはなく、俺には予知能力が備わっているのかなんて戸惑うことになるでしょう。


 巨大なかぼちゃ葉の群落の中は意外と起伏が激しい地面となっていた。岩山からのなだらかな下降地のこの斜面は雨などが降るとかぼちゃの根がはりめぐる周辺を除き、まわりのやわらかい赤土や砂土部分はえぐり取られ下方に下方に押し流しがされたのではないか。


 畑のうねの低い部分と良く似ているのだ。畑の畝の低い部分はこの巨大なかぼちゃ葉の群落のいたる所を走り、それがグネグネと巡りながら途切れることなく幾筋もなだらかに下降し麓まで続いていた。

 オウジ達はこの畝の低い所を歩くことにした。こんもりと盛り上がった土手地や畝の高いところは巨大かぼちゃの根や茎が複雑に絡み合いとても足を踏み入れられる状態でなかったし、歩けるような状態ではなかったのである。

 オウジ達が、このかぼちゃの群生地を少しでも見知っていたなら今頃はワイ、ワイ、ガヤ、ガヤと皆楽し気に時にはスエヒロあたりをからかったりして大笑いをしながらこの畝道を下っていたことでしょう。


 たが今は皆うつむき、押し黙ったまま、前かがみになりヨタ、ヨタと重い足を運んでいるのである。皆の背には(ここは何処だ、ちゃんと帰れるのか、これから一体どうなるのだろう)重い不安がずっしりとのしかかっていたのである。


 そのころ、オウジ達から遠からづの所から空に向かい飛び立った巨大ミツバチの大群は一旦黒い竜巻状になり空高く上昇したがその先端部は方向を変えた。


 真下のかぼちゃの葉の波間に向けて下降し始めた。そしてまるでかぼちゃの群生する平原一面を覆うかのように広がりだし平原の傾斜地を上に向かい飛翔しはじめた。


 その大群の羽ばたく飛翔音はザザァ-、ザザァ-、ゴォ-、ゴォ-と不気味な音を響かせている。しばらくをおいて、オウジ達の耳元にもこの不気味な飛翔音は届くでしょう。危険は迫っていたのです。

 しかしオウジ達にはまた別の危険も迫っていたのです。

 ヨタ、ヨタと足を運ぶデンスケの足元やその歩先には、大きなアリがゾロ、ゾロと至る所からはい出ていたのです。(あの偵察アリです)二つに折れた黒い触覚を動かしながら、あっちにこっちにとせわしげに動きまわっているのです。

 10匹や20匹じゃない、辺りを見渡すともう既に100匹か200匹はいるでしょう。

 ようやく、デンスケがこのまわりの異様さに気がついた。

「なんだ!えらいアリがはいだしているな」


「でっけい、アリだな」とオウジ

「キャ-!いっぱいいる」飛び跳ねるサチ


「この辺全部アリだらけだよ、気持悪いよ!」

 サチは、スエヒロを引っぱり後づさる。

「普通のアリの倍はあるな!噛まれたら相当痛いな、本当にアリだらけだ!ヤバいなこっちのあぜ道おりるぞ!」

 オウジがみんなを促し後ろに振り向いたと同時位だ、みんなの耳元にあの不気味な飛翔音がついに届いた。


 ・・・ザァ-、ゴォ-、ゴォ-、ザァ-・・・


 嵐のような響きだ。

「何だ!何だ、この音は!」

 みんな一斉に音のする方に目をやるが、畝地の低いところからでは幾枚ものかぼちゃ葉にさえぎられ良くみえない。

 すぐさまオウジ、デンスケが畝地の小高い所、かぼちゃの根茎の絡み合う所に駆け上がる。

 そこで二人が見た物は!

 こちらに向かい飛翔してくる黒い塊だ!

 黒い黒点が無数に飛び交っている。黒い霧の塊、黒い霧がたなびくような帯状になりこちらに向ってきているのだ。

「なんだあれは!虫か、バッタか、バッタの異常発生か!」


「ヤバいぞ、ヤバいぞ、あんなのに取りつかれたら息なんか出来ないぞ!」

 二人は、転がるように畝底に飛び降りた。

 「なに!どうしたの、、、」、「何なの、何、何」


 ハカセやサチの言葉をさえぎり、

 オウジは怒鳴る!

「いい!、いいから、ついて来い!」


「急げ、急げ!」、「こっち、こっちだ!こっちに来い」

 オウジ、デンスケは相当に焦っていた・・・転がんばかりに辺りを這いずり廻り窪んだ窪地をさがす。

「そこの穴に入れ!入れ!、頭を押さえてしゃがみ込め・・・動くな・・・動くなよ・・・」

 オウジ、デンスケがサチとスエヒロを窪地に押し倒すとその場にバタっと倒れ込む、あわてたハカセもその横に倒れ込んだ。

 (一体なにが・・・)ハカセは思う・・・だがその間もなかった!

 ついに頭上にあの不気味な飛翔音が到達した。


 ゴォー、ゴォ-、ザァ-、ゴォ-・・・


 すざましい音だ!飛翔音は既に電車の通過音を超えるすざましさだ。

 同時にその飛翔体の黒い塊はみんなの頭上を覆いつくした。見上げるみんなの視界を塞いだ。光は遮られあっと言う間に薄暗い世界に変わった。

 また、飛び交う飛翔体の一部は飛び交うのをやめオウジ達の頭上のかぼちゃの大葉に取りつきはじめた。何匹も、何匹も、バタ、バタっと取り付いた。

 とうとうその飛翔体が正体を現したのだ・・・

 薄黄色と薄茶色のしましま模様・・・

 ぶってりと膨らんだ腹部・透き通る羽根・・・

「バッタじゃない!蜂だ!しかし大きい、スズメ蜂か」


「いや違う、スズメ蜂の腹は黄色と黒のしまだ!もっと目立つしま模様だ!」

「ミツバチだ!、オオスズメ蜂よりも倍でっけえ、すげえでっけい巨大なミツバチだ」

 その正体を見定めたオウジ達は、畝地(うねち)の窪んだ底地にしゃがみこんだままだ・・・息も出来ないくらいだ・・・固まったままだ・・・

 頭上の巨大ミツバチの大群は益々増え続けているのか、その飛翔音は益々大きくなる。

 まわりのかぼちゃ葉に取りつく巨大ミツバチ達。バタ、バタ、バタバタと次から次へと急降下しては大葉に取りつく。益々増える。何匹も、何匹も、ミツバチ達の重みでさすがの大葉もしなだりかかる。伏せるオウジ達の頭上で、楕円の真っ黒な二つの単眼がオウジ達をジィーと見据えている。そしてクワガタのような大顎をカシャカシャ鳴らしている。

 みんなの脳裏には、ものすごい恐怖が浮かんでは消えた。

 あの大きなミツバチの大群に襲われたら、


 頭の髪の毛に潜り込む。カシャカシャ、カシャとそして耳穴にも、口にも、鼻穴にも、目にまで潜り込む。


 体には体が見えないくらい幾重にも幾重にも巨大ミツバチが絡みつく。


 そして尻から鋭い針を出す。


 刺すのだ!、何ヶ所も、何百ヶ所もだ、体中全てだ。


 痛い、狂う、死ぬ。

 そんな恐怖にみんなが捕らわれている最中だ。


 ハカセにはさらなる恐怖が襲った!

 頭を押さえしゃがみこんだハカセの目の前で、オウジの腰に差し込まれた黄金の筒カンがピカ、ピカと黄金色に点滅しだしたのだ。

「ヤバい、ヤバいよ、本当にヤバい」


「オウちゃん、オウちゃんヤバいよ、ヤバい」

 今にも消え入りそうな泣き声のようなか細い声だ。

 (こんな状態の中、いったいなんなんだ!)

 怒鳴り散らしたい心境だ。真っ赤な顔にカッ-と見開いた瞳、鬼の形相で振り向くオウジ。

 「背中の筒カン、ピカ、ピカ光だした」

 その一言で全てを察知したオウジ・・・ハカセの言わんとすることを・・・

 (また、陥没するのか・・・このみんなの足元が・・・)

 オウジはすばやく腰の筒カンを引き抜く、筒カンは全体がピカ、ピカと黄金色に光輝き点滅していた。オウジは筒カンを左右に引いた。筒カンはオウジの背丈ほどにも伸びた。伸びた筒カンをみんなのしゃがみこむ中へ投げ入れた。

「筒カンが光っている。みんなこれにしがみ付け・・・いいか!」


「絶対放すな!死んでも放すな!しっかり握れわかったか」

 オウジはありったけの声を張り上げる。

 みんなオウジの言わんとすることを一瞬の内に理解した。9歳のスエヒロまでもオウジのいわんとすることを瞬時に理解した。

 ピカ、ピカ光輝く黄金の筒カン、みんなしっかりと握りしめた。死んでも絶対に離すまいとしっかり握りしめた。

(訳のわからないようなこんな世界で、こんなに巨大なミツ蜂の大群に体中取りつかれて刺され狂い死ぬなら・・・まだ足元が陥没して陥没穴に墜ち込む方がいい!もしかしたら元の世界に戻れるかも知れない、家に帰れるかも知れない、)

 みんな目を閉じ、筒カンをしっかり握りしめ手を取り合いその時を待った。

 目を閉じて4分、5分オウジ達にはそれが10分にも20分にも感じた。すごい長い間目を閉じていたその時を待っていたと思った。だがオウジ達の足元は微動だにしなかった陥没しなかったのである。

 そればかりか、あれほど鳴り響いていた頭上の不気味な飛翔音もピタリと止んでいた。

 オウジ達は、恐る恐る目を開ける。

 かぼちゃ葉の隙間よりは明るい光が差し込んでいた。もはや薄暗い世界ではなかった・・・頭上を覆いつくし光を遮っていたあの巨大ミツバチの大群は飛散していた。かぼちゃ葉に取りついていた無数のミツバチ達も既に1匹も見当たらなかった。

 恐怖の巨大ミツバチの大群はオウジ達の頭上を離れ何処となく飛び去っていったのでした。オウジ達の危険は去ったのである。

 みんなは安堵し、その場にヘタ、ヘタとへたり込んだまま暫く何も考えられずに茫然としたままだった。

 






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