(第3部)モルぺスの誠の使命と聖獣マウバス

 再びここは惑星マーズです。アジア台地最南端の南の島(神の国)である。

 イスレア様から、『神の国での最後の仕事やってくれるね』と頼まれた日、モルぺスはクシャ、クシャの涙跡もぬごうともせずに最後の仕事の準備をはじめた。足元もおぼつかず涙にあふれた赤い目はまだ焦点が定まっていなかった。

 

 モルぺスは、ここ100年あまりはこの仕事より遠ざかっていたのである。施設の地下に行った。地下にはありとあらゆる大小のマシーン類が置かれており、床、壁、天井に複雑に入り込んだ凹凸面を造り上げていた。またいたる所で閃光も走り、まるできらびやかな巨大なマシーン都市の縮小版の様を呈していた。そのマシーン都市の一番奥に球形の潜水艇が碧く閃光しながら鎮座していた。モルぺスはその潜水艇に乗り込み点検はじめる。点検、清掃はマシーンが自動的に定期的に100年もの間も行われていた。一点の不具合も塵一つもなかった。だがモルぺスは今回だけは、再度自分でしっかり点検し、また掃除も再度自らの手で行いたかったのである。


 

 モルぺスは、生を受けたその時からこの仕事に携わるのが宿命だった。

(聖なる水先案内人三毛猫モルぺス)神の国の住人からそう呼ばれるモルぺスは、もう何百回となくこの仕事に携わった。

 身体は枯れ木のようにスカ、スカになる。枯れ枝に残る1枚の葉のように老いて力つき枝先からとパラ、パラと舞い散る枯れ葉・・・その枯れ落ちる瞬間にモルぺスは皆さまをご案内するのである。

 皆さまの安住の地、生命の泉、生命を司る聖獣、マウバスのいる泉に。


 その聖なる地へご案内するのと、聖なる最後のひと時をご一緒するのがモルぺスの仕事なのである。モルぺスは気の高ぶりや落ち込みを常に押え平常心にてしゅくしゅくとこの聖なる仕事にあたった。

 皆さまには球形の潜水艇に乗っていただき、ソファーにゆったりとかけていただく時には横になっていただく。モニター画面をタッチすると天井、床、左右全てに外の風景が映し出される潜水艇はゆっくりとこの施設出る。この施設は南の島の高い山々囲まれた大きな湖の真ん中に浮いた中の島に建造された化学のすえを尽くした最先端な神の国の中枢となる施設である。

 

 この中の島から、皆さまを乗せた潜水艇はゆっくりとあの険しい山々から流れ出るドーム状の白い水しぶきの猛爆の滝ドウモイの滝へ向かう。美しい景色の中皆さまは若かりし頃の思い出に浸る。


 ドウモイの滝の猛爆の白い水しぶきは湖面を激しく叩き湖面に4~5mあるかの大きな波頭をつくっており、潜水艇はまるで木の葉のように大きく揺れる。しかし潜水艇の中はわずかの傾きも生じない、みなさんはうっとりとした表情をなされ、色々のお話しを微笑みを浮かべ嬉しそうに嬉しそうになされる。モルぺスはただただ頷き、ニコ、ニコとお話しを聞いている。皆さまのお話しが終わるまで3時間でも4時間でも半日でも1日でも聞いているのである。

 皆さまは、最後にゆっくりとモルぺスの方に振り返り本当に温和な慈悲深い瞳を向けられる。何の言葉もいらなかった、モルぺスは静かに頷きこのドウモイの滝を後にする。


 そして大陸からつながる南の島の半島つけねの平らな台地の部分を湖面から回る。草花が咲き乱れ、それほど大きくない低木が可憐な花をそれぞれつけている。いたる所に小高い丘が顔をだしている。この半島に沢山の人々がおられたときは、皆さんここに住まれていた。ワイ、ワイ、ガヤ、ガヤ、笑い合う声が今でも聞こえていそうである。

 皆さんここを過ぎさろうとする頃には、大きくクシャ、クシャに彫り込まれたしわ、もう既に女性かも男性かも判別もつかないしわの中で小さな三角目をしばたいていく筋もの涙を流すのであった。

 モルぺスはただ、ただニコニコとしそれを眺めている。

 

 そして最後に安住の地へと向かうのである。この半島を囲む険しい山々の中央部分の絶壁の下にポッカリ開いた奥に伸びる洞窟である。あのドウモイの滝の激しい波がしらをわけ入っていく。そこは外のうねり狂う波がしらがピタリと止んだ、シーンと静まり返った微動だにひとつしない飴色の湖面であった。


 この飴色の湖面の中へ潜水艇は静かに静かにゆっくりと沈んでいく。小魚一匹も見当たらない、水の流れもない、静寂だ。ただ湖面の深い深い底、湖面の底は深い深いところで絶壁の壁を打ち破り外洋へとつながっていた。その外洋のまた深い、深い底、光も届かない静寂の暗闇の底よりマウバスがゆっくりとゆっくりと皆さんを迎いにくる。


 大きな長い鼻をくるっと内側に丸め像の頭にオットセイの身体をもった聖獣マウバスである。碧い真珠のようなつぶらな瞳をもって何頭も何頭も湖の深い深い底、外洋の深い深い底よりプカーン、プカーンと浮いてくるのである。


 内側にくるっと丸めた長い鼻と前脚で生気酸素を充満させた緑色の丸い胎盤をしっかり抱え、何十頭も何百頭も浮いてくるのであった。マウバスは飴色の湖面まで浮き上がるとその緑色の丸い胎盤から湖面いっぱいに生気酸素を放出させる。何十頭も何百頭の放出させる。

 

 洞窟内に充満した生気酸素は、やがて半島の山々の内部にはりめぐる洞窟の隙間をとおり峰々の山肌へ流れでるのであった。

 

 潜水艇に乗っていた皆さまは、この聖獣マウバスに囲まれるとうっすらと目を閉じ合掌する・・・そして静かにコクリと頷くのであった。

 モルぺスは静かに潜水艇の床板を開ける。


 細長い球形の胎盤のような透明のカバーに覆われた皆さまは、いく頭ものマウバスにやさしく、やさしくいだかかれる。そして静かに、静かに深い、深い安住の地へと旅立つのであった。

・・・・数百年にも及ぶ楽しい思い出を抱いて・・・・


 

 イスレア様は、儂の前にお送りしたのは誰だったかなとか話された。

「学者肌のアントニオ卿だったかな、なあ~モルぺス、それはそうとお前をおちょくることが出来なくなってさみしいなあ~」

「儂はモテたから振られたことは無いとお前に言ったが、本当は一度だけ失恋したぞ、あるんだよ失恋が・・・」

「お前には話してやらない最後まで持っていく」

いじわるそうにニタつきながら話された。


 本当に本当に最後の最後までモルぺスをおちょくり、いじわるくかまおうと、あの人なっこい破顔でいつもと変わらぬのように接してくれようとしていた。

 モルぺスが寂しくならないようにと、接してくれようとしていた。


 モルぺスの瞳はイスレア様に向けられていたが、既に宙を飛んでいた。話そうとはするのだが、言葉は喉奥でブチブチに破壊され唇を震わせるころにはもう既に言葉の様をなしていなかった。やはり宙に飛んでいた。

 モルぺスはイスレア様の瞳に焦点を合わせることも、一言の言葉を返すこともできなかった。

 

 そして最後の、音もない飴色の静寂な湖面の洞窟に入って行った時イスレア様は静かに一人ごとのように語りだした。


 

「数千年の時空をこえ、東国の峰々に北斗の光みつるとき、黄金の杖に導かれし童子あらわる。大地をおおう暗黒の闇を切り裂き、万物の頭上に光輝かせん、大地に笑みの心きざまんために!」

 

 イスレア様はゆっくりとモルぺスの方に向きなおられたが、その瞳はモルぺスを通り過ぎ宙全体を見つめているようだった。

 

「モルぺスよ、幾世代にも渡るこの伝説知っておろう」


「この台地全体に、この神の国にも伝わる伝説だ!」


「神の予言と言われる伝説だよ」

 

 そして一呼吸おいて、腹から絞り出すような低い声で話された。

 

「黄金の杖に導かれし伝説の童子がとうとう現れた!この惑星マーズのアジア台地のこの南の島にとうとう降り立ったよ」

「その時が訪れたのだ!モルぺスよ、お前に与えられた誠の使命、忘れてないかい」

 

「儂の使命はこれで終わったのだよ。モルぺス静かに休ませておくれ・・・良いかい!モルぺス」


「今度はお前が誠の使命を果たす時が来たのだよ」


「モルぺス大丈夫かい!しっかり使命を果たせるかい。ずっと見守っているよ、いつでもお前のそばにいるよ」

 

 イスレア様の絞り出すような低い声は、モルぺスの心の奥の扉をドーン、ドーンと叩くかのような響きだった。

 イスレア様に向けられていたモルぺスの瞳は、急にイスレア様の瞳と一体になり宙全体を見つめはじめたような気がした。そしてモルぺスの体を一筋の光がを通り過ぎたような気がした。

 

「イスレア様ご安心して下さい。私の脳は半分はマシーンです、万一にも私の意思がそれを拒んでもマシーンは強制的に私の身体を動かすでしょう。私の誠の与えられた使命はマシーンの奥の奥でその時を待っております」

 

 「また私は神の国最後の勇敢な戦士であると、私はイスレア様の最後の優秀な戦士であると自負いたしております。万が一にも誠の使命を前にして怖気づくことはありません」

 

 モルぺスは涙をボロ、ボロ流し、真っ赤な顔をし目を大きく見開き大きな口を開けてただ、ただ横たわるイスレアを見つめた。

「イスレア様...イスレア様...イスレア様」


声にならない声はモルぺスを星雲輝く宇宙の果てに飛ばし去り、モルぺスは果てなき宇宙の空間をたった一人でさまよった。締め付けられるような悲しさだった。締め付けられるような寂しさだった。

 イスレア様の唇は

「お前の心情は痛いほどわかる、あとのことは頼んだよ。寂しくなるね・・・モルぺス」


 と言うかのように小さく動いた。それから静かに静かに瞳を閉じられた。

 イスレア様が安住の地へ旅立たれた・・・これからはモルぺスが神のご意思を、イスレア様の最後のお言葉を成し遂げなければなりません。

 黄金の杖に導かれし童子達を迎え、台地を覆うダークの闇を打ち砕かねばなりません。モルぺスは体中が震えのしかかる大きな不安に押しつぶされそうになるのであった。





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