第49話 跳ねる、スィ
__彼女こそ
……ジャジャ馬誌スィ特集から抜粋
【W】
私は最初、正面の舞台の上で踊る彼女を用意された作品の一つだと思った。そして、だとしたらこんな美しいアートは見たことがないとまで考えた。
真っ黒の金属質な舞台の上で踊るスィは、狂ったリズムに寸分も狂うことなく身を任せ、壊れた天使のようにどこかへ舞を捧げ続けていた。
心が鎮まる。
ついさっきまで……というか今だって自分は恐ろしい化け物に追われていることすらしばし忘れてしまうほどだった。
辺りを見回す。半狂乱で逃げ回っていた私が辿り着いた場所は、パリのノートルダム寺院もかくやというほどの巨大な大聖堂だった。壁には頭に蓮の花を戴いた金色の巨大な機械天使のレリーフがいくつも彫り込まれていて、その美術を穿つように配管されたチューブからは音に合わせて止むことなく紫煙が吐き出されている。まるでマヤ文明の祭壇を漆と金メッキで覆ってさらに工業化したみたいに背徳的な景色だった。スィのいる舞台の背後にはパイプオルガンがあるが、よく見るとそれも本物ではなくてレリーフらしい。
不意に音楽が止まり、滑るように片足で回っていたスィもピタリと体を止める。天を仰ぎ、荒い呼吸をゆっくりと整えながら、やがて今更自分のいる場所に困惑したかのように背後を振り返り、辺りを見回し、最後に視線を下ろして私を見た。
「あ、フー・フー……」
澄んだ声が反響する。
「それに、こ、ココルですか?」
ココル?
『フーフー、聞こえる?』
突然、耳元で声。
「イサミ?」
『そのまま、振り返らずに舞台に上って』
「わ、わかった!」四の五の言わずに素直に従う。急いで舞台の下まで駆け抜け、ジャンプしてへりに手を掛けたらスィが手をとってくれた。
ビクッと体が硬直する。
あれ、なんかすごい力……。
突然足元から地面が消え去った。ふわりと体が浮き上がり、重力が反転したような錯覚。
「わっ……!?」
スィに片手で引き上げられた私は勢い余って転びそうになったのだが、掴まれた手に引っ張られるままフィギュアスケートのように体が一回転して、やがて彼女の腕の中にストンと軽く抱きとめられた。
フワッと、遅れて二人の髪の毛が風に揺れる。
「あの、フー・フーが来てくれて助かりました」スィは片手で私を支えたまま、照れくさそうに右手で頭をかいていた。「私一人じゃ何をすればよいのか全然わからなくって……ところで、えっと、あれはココルなのですよね? いつもと雰囲気が違うようで大変不気味なんですが……」
「あ、そのことなんですけどね……」喋ろうとするが上手くろれつが回らない。「ココルのことは見ちゃいけないと言いますか……でも時々は見ないと……」
あれ、何から話せばいいんだ?
「ええっと……?」案の定スィもワケがわからなそうに首をかしげる。
「と、とにかくココルは敵だから、逃げないと……」
『フーフー、危ないっ!』
あ、やばっ……。
タンっと、軽やかに地面を蹴り上げる音と共に、再び体が上に引っ張られた。驚いている間もなく見えてる世界が大回りし、気がつけば私は、蹲踞の猫ポーズでこちらを見上げている
『すっげえ……』イサミの呟き。『あ、フーフー、今僕の話聞く余裕ある?』イサミの声は耳元のイヤホンから骨伝導みたいな仕組みで聞こえてくるものだから、スィに言葉は届いていないはず。
「と、とにかく言ってみてよ」口を開かず喉で喋ってみる。ネックレス型マイクも骨伝導だからこれで伝わるはずだが……。
『そのレリーフのピアノ部分に一箇所、“孔”って字が小さく書いてある場所があるみたいなんだ。そこに瓦斯をかけると開いて別エリアへの抜けられるらしい。だから、ココルのことスィにまかせてフーフーはそこから逃げろ、と、監督が申しております』
「スィに、任せる」自分に言い聞かせるように、そしてスィに伝えるように、軽く呟いた。「うん、わかった」
『ついでに今いる場所に雑に瓦斯をばら撒くといい、かも』
あ、採点か。すっかり忘れてた。
「あのぉ……」スィは私を掴んだまま首を傾げる。「すいません、私混乱しちゃってて何がなんだか……こ、ココルの作品は苦手なんですよ……」
「私もよくわかりません! とにかく飛び降りましょう!」
しゅっと、軽やかに地面に降り立つ。すぐにスィの手を離れ、猫紳士を動かさないようにチラチラと姿を確認しながらレリーフに目を這わせる。
……見つけた。イサミの書いた日本語の、
「では、あとは任せました!」適当に使い魔に瓦斯をばら撒かせながらスィの両手を握る。「私はここで失礼します!」
「へ? あの、え、それはどういう……」
ええい、もう知ったことか。
心苦しさをギシギシと感じつつもスィを無視し、孔の文字に使い魔から瓦斯を飛ばした。
瞬間、バコンと音がして、足元から地面が消え去った。
あ。
孔って、落とし穴なのね……。
~おまけ~
【
征服者に自らの作品を汚されるのを恐れた職人が岩のレリーフの下に埋め込んだ巨大なパイプオルガン。演奏するためには外部から多大な振動を伝える他無く、職人の愛した教会は
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