第48話 アクションゲーム

【Mizuno】



「……いい声でくね、フー・フー」テラーは下世話に笑いながら、僕の肩をに手を置いた。「ああいうのを本物のホラーと呼ぶんだよな。工夫も説明もいらない。見るだけでいい」

 ココルの突進をすんでのところでかわしたフーフーは、古いホラー映画のヒロインみたいな叫び声を上げながら一目散にアパートを駆け抜け、阿片窟と名付けられた隣のエリアへと飛び込んでいく。その後ろからココル、もとい猫紳士ジェントルミャーがノソノソと追いかける。それを僕はモニター越しに固唾を呑んで見守っている。

「ああいうのを作れたら私も苦労しなかったんだが、いかんせん絵も曲もカリグラフも描けない真正の無才でね」テラーはぶつくさ言ってる。

「そのココルの絵を一番活かしてるのがお前なんだからいいじゃないか」と、ジョーカー。テラーとココルの二人がコンビを組んで“パレス”シリーズというゲームを作っているのは有名な話で、楽園のホラーゲームランキングのうちトップ1から6を独占しているのがそのパレスシリーズなのだからジョーカーの言葉に偽りはない。ちなみにトップ100までの作品のうち4割はテラーが関わった作品である。頭おかしい。

「アレと組めば、誰でもそうなる」テラーは認めない。「結局逆立ちしたって私はココルにもマカにも敵わない。私の努力は無駄だった。努力って無駄を思い知るための行為なんだと、ミズノはそう思わないか? きっと今までどんな努力も実ってきたんだろうな」

「それでもお前は諦めず毎年新しい作品を作り続けているじゃないか、テラー」また、ジョーカー。

「凡人の人生は夢を叶えるための場ではなく気を晴らすためにあるんだよ、ジョーカー」

「夢を叶えても気は晴れんさ。お前がその一番の証明じゃないか」ジョーカーは呆れてるというよりも可笑しそうにクククと笑っている。きっとこのトークバトルは二人の恒例行事みたいなものなんだろう。

 こんな感じで、僕がいるモニタールームの方は結構弛緩した空気が漂っている。本意気でビビっているフーフーには申し訳ない限りだ。

 そのフーフーが、走りながらココルの猫紳士を振り返る。同時にピタッと着ぐるみは足を止めて、またフーフーが角を曲がると同時にシャカシャカと歩き出した。

「どうだ、ミズノ」テラーが僕を小突く。

「何がです?」

「ルール、わかったか?」

「だるまさんが転んだ、なのかな」

「ダルマ?」僕の左でジョーカーが首をかしげる。

「えっと、日本にある類似の遊びでして……」喋りかけて、説明を諦める。「ともかく、ココルは誰かに見られている間は動けないんですよね。でも、一定時間見られていると逆に数秒だけものすごい速度で動ける、みたいな」

「すばらしい」テラーは頷く。「楽園ではその遊びを“使い魔ごっこファミリア・ステップ”という」

「へえ……あ、危ないっ!」

 行き止まりで窮していたフーフーにココルのキグルミが猛スピードで突進する。腰が抜けるようにすんでのところでそれをかわしたフーフーは、半べそをかきながら着ぐるみの脇を抜けて反対側へと走り抜けた。

 はあっと、額の汗を拭う。感情移入しながら見守るのも結構心臓に悪いが、フーフー本人はこんなものじゃないだろう。

「ココル」

 テラーの低い声。

「今、わざと外したね?」

『いや……だってさあ』

 猫紳士の中にいるココルの声が返ってくる。テラーとココルの今の関係は、ようするに僕とフーフーみたいなものだとテラーが言っていた。

「だって、なんだ?」テラーの不機嫌で無感情な声。

『今の見たでしょ? フーちゃんガチベソじゃん……あれホントに襲っていいの?』

「今更躊躇うのなら最初に断ってほしかったな。お前のノルマは一人じゃないし一度でもない。お前がきちんと捕まえなきゃ、フー・フーもに進めない」

『なんか可哀想だなあ』

「そそるだろ」

『彼氏の前でそゆこと言うなヘンタイ! あーもーわかったよ、やるよ、やりますわよーだ』

 立ち止まっていたココルがまた動き始める。フーフーは何個か記録できる作品を通り過ぎているのだが、とてもとても採点してる余裕はなさそうだ。『イサミ! そろそろ、そろそろいいでしょ!! どうすんのこれ!? ヘルプッ!!』と、耳元で助けを求める叫びが響いているのが大変心苦しいが、監督に通信を制限されていては仕方がない。

「ところで、お前はそそる口か、彼氏?」テラーが顔を寄せてきた。

「いや、あの……」

「お前と一緒にするなテラー」ジョーカーが僕の肩越しに左から手を伸ばしてテラーを払いのける。「ミズノはそそらない。彼は真正のイチャラブ嗜好フェチだ。好きな相手との愛あるセックス以外で精子を一滴たりともこぼす気がないのだ」

「いや、あの……」

 抗議を試みて諦めた。ジョーカーとそういう話をして僕が勝てるヴィジョンが浮かばない。

 ……あ、やばい、流石にもう捕まる。

 と思った瞬間、不意にフーフーの画面に白い影が現れた。さっき拾ったドレスだ。使い魔から捨てた勢いで、うまく猫紳士の顔にぶつけてみせる。正面にある踊り場の鏡でココルの位置を把握したようだ。

『ぶわっ!? なんじゃ!?』ココルの高い声。

「お、いいぞフー・フー!」ジョーカーが長い脚を組みながら拍手をする。「今のは結構すごいんじゃないか? なかなか咄嗟にできることではないよ」

「きっとあの鏡も採点できるんだろうな」と、テラー。「さてミズノ、はたしてフー・フーは逃げ切れるかな?」

「……無理ですよね」

「なぜ?」

 肩をすくめる。「非対称の対戦ゲームは、一対一で鬼側が負けるわけないので……」

「わかってんじゃん。お前ゲームやってる口だな?」前の方でコンソールをいじっていた中二少女ファイが僕に親指を立てた。「非対称ゲーの逃げてる側はいつかは必ず捕まる。とりわけこのゲームは相当なキツネ有利だからサ」振り返りポップコーンを口に放り込む。「花嫁は基本テンポよくドンドン捕まっちゃうゲームなんだな。今はまだココルちゃんが操作慣れてないから捕まってないけど、本当はあの爆速モード一回で確実に捕まるようにできてたりする。ああ、ただ……」

 ファイが画面を振り返る。フーフーは阿片窟からまた最初に落とされた鳴宮ミンゴンというエリアに戻っていて、建物まるまる一つを使ったオルガン機構の中へと逃げ込んでいる最中だった。

「ただ?」僕は聞く。

「もちろん、キャラによるけどな」

 歯車の間を走り続けていたフーフーの前に突然、大聖堂が出現する。巨大な偶像が幾つも並ぶ広大かつ異様な空間に驚いたのか、ブレーキをかけるようにフーフーも前につんのめった。

 音楽サウンドが響く。

 ステップが鳴る。

 聖堂の正面、真っ黒な石で作られた礼拝の舞台の上で、この世で最も美しき少女の人形が、まるで壊れたカラクリのようにクルクルと踊っていた。

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