第47話 ホラーゲーム

 なんとなく、子ども向けのアニメ映画のことを思い出す。

 ファンタジー作品ではよく、主人公たちは唐突に現れた異形の存在と言葉を交わしたりする。可愛いふりした巨大な化け物だったり、人ならざる色彩を持った異世界の住人だったり、主人公の少年少女をお助けしてくれる妖精だったり。主人公たちはいつだってそんな化け物たちを受け入れて、物語を進めるためにその言葉に耳を傾けたり仲良くなったりするけれど、でも実際にあんなモンスターが眼の前に現れたらまともな思考回路なんて働くものだろうか?

 ……なんて、いつの日か頭によぎったのであろう興味にも似た些細な疑問の答えを、今になって思い知る。

 多分、意外となんとかなるんじゃないかな。

 だってそんなもの、今私が目の前にしているこれと比べたら、怖くもなんともないはずだ。

「イサミー……」意味がないことをなんとなく知りながら、頼りない声で呟いた。やっぱり返事はない。通信が切られている。

 廊下の先に突っ立っていたのは、見間違えようもないココルの機械人形アニマトロニクスだった。名前は確か<猫紳士ジェントルミャー>。幻想、怪奇、虚構、悪夢、官能、根源的恐怖、唯美、無垢……あらゆる言葉で形容されるココルの作品最大の特徴は、外宇宙から来たものとしか思えない色彩の異質さである。紅いピンク、紫、青、黄色、そしてどうしようもないほどに唐突な緑……現実という世界観を壊す無二の色彩感覚とデザインセンス。

 ココルは天才だ。私よりもずっと絵がうまくて、そしてそのイメージは怖すぎる。猫紳士だって、普段はそのおぞましい姿をココルが毛皮で渋々隠しているだけで、本体はクトゥルフ神話も真っ青なくらい正気じゃないのだ。今、そのキグルミは毛皮をまとっていない。代わりに剥き出しの表面には飴玉のような青みを帯びた黒影が毒々しくうごめいていて、その隙間から狂った色調が星明かりのように時折垣間見えている。

 キグルミは一歩も動かなかった。ピンクに輝く巨大な瞳でただ、私を睨んでいる。否定できない凶兆を孕みながらも、あたかもその場に初めから備え付けてあったかのように微動だにしていない。

「イサミ、聞こえてるんでしょ……?」

 呟きながら、じんわりと後退あとじさる。

「あの……めっちゃ怖いんだけど……」

 ジワジワと心の警戒メーターが上がっていくのを感じる。あの中にはココルが入っていて、きっと普通に私を見ている……そんなことは始まる前からわかりきっていたはずなのに、その理解がまるで役に立たない。そうさ、そんなもんさ。ゲームも怪談クリーピーパスタもホラー映画も全部、作り物ってことくらいみんなわかっていて、それでも怖いから、芸術アートなんだ。

 振り返り逃げ道を探す。向こう側に下る階段はないが、かわりに壁ぶち抜かれた先へ板が渡されている。とにかく向こうに逃げるしかないだろうか。

 また振り返ってココルのキグルミを見る。

「え……?」

 キグルミは、近づいていた。さっきと比べておよそ三分の一程度の距離が詰まっていて、姿勢も明らかに歩いている途中というか、前のめりで手を伸ばし、それでもその目玉だけは少しもブレずに私を睨みつけている。

 やばい。

 これ無理かも。

 よろめくように後退あとずさる。キグルミは動かないが、その目線だけは私を追いかけて眼窩の中を転がっている。深淵に一方的に睨まれているかのような不安に目眩がした。身にまとう影がギュルギュルと渦を巻き、外の世界を侵食するかのように絶え間なく揺れて……。

 突然、霧が晴れた。

 ほんの一瞬剥き身になった、宇宙がバグったかのような悪夢の色調。

 ココルの芸術センス

 歯車が歪む音ともに叫び声を上げて、猛然と狂ったキグルミが突進してきた。

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