4章 九龍冥婚
第46話 始める、フー・フー
__今、楽園の主人公はお前だろ?
……パレード、フー・フーの手を取って
【WhooWhoo】
逆さになった視界にパラパラと砂のカスが降り注ぐ。一体どれくらいの距離を落とされたのかはよくわからないが、とにかくアホみたいに叫んでいたことだけは覚えている。おかげで緊張もだいぶほぐれた。気持ちを大声で発散するっていうのは大事なんだな。
さあ、起き上がれフーフー。
ここは私の描いた街じゃないか。
頭上の柔らかい塊を押しのけて体を起こす。私が落っことされたのは壊れたダストシュートに空いた穴だったらしく、周囲には黒いゴミ袋が屠殺場の内臓のように散乱している。幾つかは破れているそれらの内側から例外なく女児用のドレスがはみ出しているのを見てついつい苦笑い。楽園らしい黒い小ネタである。
立ち上がり、辺りを見回す。ざっと見た感じではアパートの共用廊下といった感じで、正面には集合住宅とも工場ともつかない不気味な建築物が前のめりに迫っている。雑多でカラフルな色調を黒、赤、緑で無理やり塗りつぶした壁にはダクトが這い回り、時折青いガスが各所から渦を巻くような形で吹き出しているが、先程来聞こえる
ともかく、私は楽園の中に再現を超えて創造された九龍城砦の中に、一人で立っていた。
「すっご……」我知らず、そう呟いていた。
『あー、あー、聞こえるフーフー?』
イヤリング型イヤホンからイサミの声。ちょっと低くて透き通った、よくわかんないけどとても落ち着く声だ。
「いい声だよ、グッとくる」
『なんか、変なテンションになってる?』クスクスと笑っている。
「今すぐスケッチブック開きたい気分」
『フーフーが絵を描いてるとこなら、みんな見てみたいんじゃないかな』
後ろを振り返る。小型化されたクラゲの使い魔の中に
「ねえ、もしかしてもう放送って……」
『始まってるね』
「うっ……」
『あ、いや、でも今はみんなレベッカの画面見てるかな。理由は……えっと……はい、まだ内緒だって』
「……イサミって監督たちのところにいるの?」
『うん』
「いいなあちくしょう」手すりにもたれて下を見る。「それでさ、私は今から具体的に何をすればいいの? かくれんぼ?」
『
「トレジャー?」
『では、今からこのゲームの目的とクリア条件を説明します』
「はい」
『基本的にフーフーたち“花嫁”がやるべきことは、街中に散らばった作品を集めてその点数を記録していくことになります。それで、全員で稼いだ点数が一定ラインに届いたらクリアと』
「へー、なるほど。作品ってもしかして、このあいだまで見て回ってたあれ?」
『そうだと思う』
「記録って、採点と同じ要領だったり?」
『ピンポン。で、記録できる作品の見分け方が僕が書いてた漢字なんだってさ』
どれどれと、足元にあるゴミ袋から白いドレスを引っ張り出してみる。スタンプでも押されているかと思ったが、手に持ってみるとわずかな青い光とともに「幽」という文字が浮かび上がってきた。使い魔から採点用の白い瓦斯をかけてみる。ジワッと今度はドレス全体が青く光り、通常の瓦斯とは違った雰囲気の色の濃いモヤが使い魔の中に収納されていく。ピピッと微かな音。
『それで、ディスプレイを見てみて』
ゲームが始まる前に渡された専用ディスプレイを使い魔の前に出す。【新月のドレス】(幽・ランク参)と書かれたアイテムカードが表示されていて、クリックするとドレスのグラフィックと共に、
誰も着ることのないまま風化して捨てられたドレス。
その男は理想のドレスは縫えたが理想の人形は作れなかった。
という文章が表示された。
『フレーバーテキストだね。その端末はルールブックも兼ねてるから、困ったら参照するように……ってのはもう監督に言われてるか』
「なんか物凄い黒い小ネタかと思ってた」
『黒い?』
「なんでもない。じゃ、とりあえずあっちこっち探し回ってどんどん採点していけばいいのね」
『採点自体は雑にガスばら撒くだけでもいいから、うまくやれば走りながらでもできるんだってさ。ただ、持っていきたい場合はちゃんと収納しないとだめらしいよ』
「持っていく? どうして?」
『わかんない。でも、とりあえずそのドレスは持っていくといいんじゃないかな。フーフーっていう“キャラ”は収納容量が多いらしいし、捨てるのは一瞬でできるから、持てるものはどんどん持ってたほうがいい気がする』
「さすが、ゲーム慣れしてる」言われた通りに使い魔に収納しようと思ったらエラーが出た。事前の調整で一部の使い魔の機能に制限がかけられていたことを思い出して、監督に借りた使い魔の“
「なるほど、こうしてドンドン
『う……ん……』
通話にノイズが走る。
「イサミ?」
『……ぅわ、マ……ジか……』
「え、なになに、ちょっと?」
『…………』
「イサミ?」
返事がない。
カコンと、廃色のBGMを乱す小さな雑音。
小石が階段を転がり落ちる乾いたリズミカルな反響が遠ざかって、同時にザワザワっと、足元を蜘蛛の子のような影が幾体も通り過ぎていった。
振り返る。
廊下の先に、じっとこちらを見つめる不気味なキグルミが佇んでいた。
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