第45話 始まる、セレモニー

__誰よりも覚めた目で 誰よりも深く夢を見る

 ……レベッカ作詞作曲「レベッカ」より引用



 当日の朝、セレモニーの待合室。

「おはようございます皆々様! 皆様のアイドル・ポンコツちゃん、今日も元気に馳せ参上!」

 小さなUFOから召喚されたそのアイドルの不気味さに、僕はなんだか妙な吐き気が止まらなくなっていた。

「というわけでしてねハイ、九龍冥婚クーロン・メイデン本会場からお届けするFFラジオ特別編なんですが、今日は顔がないのにファニーフェイスなんてやっすいセンスのオッサンに代わりポンコツちゃんが楽しく進行してこーってハラなわけだ。では皆さんご一緒に、ラララララララララ……」

 銀色のボディスーツを着たそいつは、壊れたラジカセのようにケタケタと笑い狂っていた。これがポンコツちゃん。ファニーフェイスというラジオ・アーティストがアバターとして使っているイデア式人形だ。

 その体は、今まで見てきたどんなアイドルよりもずっと人形らしかった。

「ラララララララ……」人形は歌い続ける。僕以外に、いや、僕ですらまともに見ちゃいないのに明るい顔で舞い続ける。水玉模様が描かれたダサい銀の全身タイツに、緑色の髪、ダサい動き、音痴の歌。でも顔ばかりは無国籍風で愛くるしい完璧な美少女。

 見るに堪えない。

「おはようございます皆々様! 皆々様のアイドル・ポンコツちゃん、今日も元気に馳せ参上! というわけでしてねハイ、九龍冥婚クーロン・メイデン本会場からお届けするFFラジオ特別編なんですが、今日は顔がないのにファニーフェイスなんてやっすいセンスのオッサンに代わりポンコツちゃんが楽しく進行してこーってハラなわけだ。では皆さんご一緒に、ラララララララララ………」

 これで、4度目のリピート。僕のため息も4回目。

 なんだこの……複雑な感情は。

「おはようございます皆々様! 皆々様のアイドル・ポンコ……」

「やい、ファニーフェイス」僕の心情を察してか、パレードがポンコツちゃんの頭をポコリと殴る。「いい加減に大人しくしろよ。これじゃリラックスできんわ」

「ンコ、ンコ、ンコ……ツ……」リピートが止まり、動きも止まり、女の子の人形はくるりとパレードを向いた。「おやぁ、パレードがリラックスなんて珍しいこと言いますねえ! これは意外。ぜひぜひFF語録に追加しておかネバー。おやぁ、パレードがリラックスなんて珍しいこと言いますねえ! これは意外。ぜひぜひ……」

「私じゃなくてフー・フーがだよ、ポンコツちゃん」

「おかネバー、ネネバ……はいはい失敬失敬」突然、声が男のものになった。「んじゃ迷惑なポンコツちゃんは一旦引き下げますかぁ、またらいしゅー」僕を一瞥してウィンクした人形の上にどこからかUFOが飛来して、そのまま彼女の頭を掴んでどこかへ飛んでいってしまった。

「あのUFOは62号。ファニーフェイスの使い魔ね」軌跡を目で追いながらパレードがつぶやく。

「使い魔? じゃあ本人も近くにいるんですか?」

「いないよ。それが能力なのさ。で、フー・フーは大丈夫?」

「大丈夫じゃない!」ゴリゴリと、僕の背中に頭が押し付けられた。「あああああああ緊張するー!! 今何人くらい視聴中?」

「いち、じゅう、ひゃく……3000万人くらいだな」パレードが答える。

「天文学的すぎる……こんな規模だったなんて聞いてないよ……」今度はゲシゲシと背中が叩かれる。若干痛いくらいだけど、文句はない。

 デカダンス監督がサプライズ的に企画した今回のイベントは、当然ながら楽園世界の全土に向けて生中継されている。世界に30人ほどしかいないアーティスト、そのうち10人以上が同時参加しているイベントなのだから盛り上がらないはずがないのだろう。「ここ10年でも最大級のお祭り」とはレベッカの弁だ。

 ここはプレイヤーの最終控え室。スクリと、真ん中の丸椅子でウズウズしていた花火師カカリンが立ち上がった。

「さあ、時間だぜ」

「やばい、俺も死にそう……」マカも苦しげながら立ち上がり、パッチをハーミンの手に移す。「くっそー、マジで断わりゃよかった。アーティスト達成式典の時より緊張するよ」

「パパかわいい」母娘がハモる。

「はは……ありがと」

「えっと、とにかくココルから逃げる、でしたよね?」ダンサーのスィが、不安そうにあたりを見渡す。「すいません、本当に私ゲームはよくわからなくて……迷惑かけたらごめんなさい!」

「うん、清々しいまでに初心者っぽいセリフ」レベッカはぐいっと伸びをして、フーフーとスィ二人の手を握った。「緊張はいいことよ。緊張を見せるのよ。見せようと思ったら逆に全然緊張できないもんよ」

「そんなこと言われてもなあ……あ、イサミもう行っちゃうの?」

 ハーミン、パッチと一緒に退出しようとしていた僕と、フーフーの目が合う。

 確かに、すっごい緊張してるのがよくわかる顔だった。

「もう時間だからね」後ろ髪を引かれるのを感じつつ、肩をすくめる。「僕らは特等席で見てるよ」

「…………」

「……すっげえ応援してるね」

「すっげえ助かるわ」

 そう言って無理に笑ったフーフーを見送ったのが、ちょうど10分前。

 巨大なテレビ画面の向こうにいるフーフーの笑顔は、やっぱり10分前と変わらぬ罪深い表情だった。

 それでも……。

 一度こうしてモニター越しに見てしまうと、アイドルってやっぱり別次元に住んでいる生き物だと思えるから不思議である。僕は昨日、本当にあの人に告白されたんだろうか?

 恐らくはゲームでのキャラクター選択画面を模したのであろうスポットライトのみの真っ黒なステージに、世界最高の才能タレントたちが横一列に並んでいる。設定がゲームキャラということで、全員が普段とはちょっと違う髪色だったり髪型だったりするアイドルたちが、それぞれに個別の顔をアップにした専用モニターの中で思い思いに笑っている。右から、

 ファー付き冬ジャケットと生足、口元だけのガスマスクが特徴の真っ赤な髪の花火師カカリン。

 下は赤いパンタロン、上は拘束着のようにベルトまみれのダンサー、スィ。

 カンフースーツの上に紫エプロンの料理人タオシェン。

 喪服にもSF衣装にも見える黒いレースのボディスーツ、だけど右肩から先だけが花嫁衣装のように真っ白な大スター・レベッカ。

 パレードはいつもどおりの黒髪にいつもどおりのスケスケ白ワンピ、そして同じく透けてる濃い青の肩掛けを羽織っている。

 いつの間にか緑と青のピエロになっているのは、人工的な笑顔のポンコツちゃん。

 どう見ても女子高生の夏服なマカと、そして……。

 ベストにベレー帽で英国風に決めた、画家のフーフー。

 みんなホントに華があるなぁ。

「エロいなあ」

「実にエロい」

「ホントにエロい。マカがエロい」

 三人のアーティストの声が重なる。それぞれテラー、ジョーカー、ファイの言葉だ。腕を組んでいた機械技師エンジニアファイがニヤついた顔で僕を振り返る。「いいなあお前、フー・フーかぁ、うらやましいわ」

「女出身のアイドルは隙があるから堪んないな」僕の隣でテラーが言葉に似合わない不機嫌な表情でタバコを吹かす。「尻が実にそそるね。あの服ミズノが選んだんだろ? てめえの女によくもまあ」

「べ、別にそんなつもりは……」

 僕とフーフーの付き合いは、今朝の時点で世界中に広まってしまっていた。それもこれもフーフーがみんなが見ている前でおはようのキスをしてくれたのが悪い。ロジャーやチビニャンからは手荒い祝福でもみくちゃにされたし、まだ若い製図家ジョルジュは膝から砕け落ちてショックを受けていた。彼も本気だったようだ。

 で、僕がサロンから出る頃には情報が楽園全体に拡散していた。恐ろしい話だが、考えてみればフーフーって今の楽園で一番の有名人なのである。僕はこれからの人生結構大変かもしれない。

「あまりからかってやるなよ、まだ付き合いたてのホヤホヤだぞ?」ジョーカーが無駄に男らしく僕の肩を抱き寄せる。「距離感だって慎重な時期だ。昨日の今日なら初夜すらまだだろう」

「馬鹿だね、その日の勢いでヤッちまえばいいのに」

「口が悪いぞテラー。そんな卑怯な小細工いるものか。そうだろミズノ?」

 僕の左右は、こんな感じだ。

 そして正面には、監督がいる。SFチックな白い椅子に座り、大画面が10個(文字だけの画面も2つ)ほどついた巨大な操作盤を見つめている。そのちょい奥、一段低いところではフードをかぶったファイがジュース片手にコンソールをいじっていて、時々監督と小声で確認を取り合っている。野次馬からの保護の名目でここにいる僕だが、仕事も才能もない人間にとってはすこぶる居心地の悪い場所だ。ジョーカーに至っては全くの部外者だが、彼は僕が一人で気まずい思いをしないためにここに居座ってくれてるらしい。ありがたいようなそうでもないような……。

 ここからは見えないが、下のエリアではデカダンス組の操作班がNASAの職員のようにそれぞれにデスクに向き合っている。色とりどりの魔法の瓦斯がひっきりなしに天井近くまで吹き上がっているのを見るに、死ぬほど忙しいのだろう。僕がいる空間は巨大な宇宙船のコックピットのようにせり出した配置で、この場所のデザインだけでも結構な点数が生まれそうな雰囲気だった。

 監督はさっきから一言もしゃべらない。振り返らないので表情も見えない。下っ端の僕にはそれが怖くて、やっぱり居心地が悪い。

 そんなわけで僕はもちろん画面の中のアイドルたち……というかフーフーの顔ばかりを眺めていたのだが、ふいに中央に立って手を振っていたレベッカが、パンパンッと頭上で軽やかに手を叩いた。

 遠景だったメインカメラも、吸い寄せられるように彼女に寄る。

 レベッカはちょうどカメラが自分にフォーカスしたあたりで、体の前で左手の甲に右の手のひらを重ね合わせ、恐らくはスタンドマイクを整えるパントマイムを披露する。

 あくまでも、手先だけの軽いパフォーマンス。

 そう思わせておいて、実は首から腰から繊細な体捌きが光る動き。

 こんなシンプルな動きで世界中の注目を集められるのが、きっと彼女の才能なのだろう。

 レベッカは片腕を振り上げ、拳を開く。

ファイブ!!!」

 見えないマイクに向かって、楽園のカリスマが美しく吠えた。

フォウ!!!」

 彼女は笑う。どんな子供よりも子供らしい、自信と勇気に満ち溢れたマックスの笑顔だ。

スリィ!!!!」

 指が3本。ドキリと、胸が高鳴る。

トゥ!!!!」

 下の観衆とともに、ついつい僕も大合唱。「まじかよ」と呟きながら、ファイが慌ててコマンドを打っている。

ワン!!!!」

 ふと、フーフーのモニターに目が行った。

 緊張とかいうレベルじゃない、とんでもないほどガチガチの顔をしていた。

ゼロ!!!!」

 爆音のようなファンファーレ。

 大爆発。

 花吹雪。

 ガチガチのフーフーが、その顔ごと消え去った。

 というか、落っこちた。

 舞台に立っていたアーティスト全員、自分の足元に開いた落とし穴の中に悲鳴を上げながら吸い込まれていってしまった。

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