第38話 お仕事日誌・青組2

~陶芸家ロスト・ワン「ガイ」~

使い魔「アソボーヤ」

 ……泥でベチャベチャの子供


 首が痛くなるほどに上を見上げながら、驚嘆のため息をつく。

 デカダンス組最大規模のアトリエの中に鎮座していたのは、オレンジ色の照明を反射する白い質感を持ったありえないほど巨大な生き物の像だった。言葉ではなんとも形容し難いが……クジラと熊を合わせたようなフォルムで、背中にヒレかたてがみが光っているのがかすかに見える。晩餐会の最後にパレードが見せてくれた月光竜よりも遥かに大きい。全高39メートル、全長に至ってはなんと198メートルという規格外の化物オブジェである。

 まるで琥珀の中に眠る化石のような大自然の奇跡、神秘の骸。

 こんなものが、まるまる一つの陶器というのだから驚きだ。

「焼き物ってサイズじゃないよね」フーフーも呆れるように脱帽している。「陶器焼くような温度って1200度とかでしょ? どうやって焼くの?」

水牢窯アクアポッターって魔法があるから、焼くだけならやれないことはないんだがな」白磁の巨竜に頬を寄せながら、パレードは機嫌良さげに微笑んだ。「瓦斯代はかさむから採算取るのは大変だな。つーかロスト・ワンにしかできない」

「アングルへの想像力がキモなんだな、うん」と、そのロスト・ワンも自慢げに頷く。「巨大芸術ギガントってのは見上げたときにどう見えるかをキチンと考えんと、ただのでかい廃棄物になっちまうわな、うんうん」犬マスクの口の中からパレードとフーフーのお尻を眺めているその顔は工事現場によくいそうなおっちゃんそのものなのだが……。

 パレードやカカリンも、中身はこんな感じの人なんだろうか。



~化石屋シュウ「遺」~

使い魔「名状しがたき物プロブレマティカ

 ……歯の生えた蔦のような触手の化石


 一方、隣の中規模アトリエで作られていたのは本当に化石だった。架空の生き物の、本物の化石だ。ライオンのものとも類人猿のものともつかない……JRPGでいうところの「イフリート」の骨格標本が、空の眼窩で僕らを見下ろしている。

「骨くらい単純な成分の素材マテリアルなら、生命ライフを経ずとも再現できる」口ひげを生やしたインテリ風の男はパレードに向かってインテリジェンスに頭を下げた。「全ては、ここに御座おわす楽園の神格があってこそ」

「やだよね、こんなこと言い出す輩が多くてさ」神様は見るからに嫌そうな表情で舌を出した。「150年もなんにも造ってないなんて、神様にしちゃサボりすぎだよなあ?」

「そんなもんでしょ、神様って」とは、キリスト教圏出身のフーフーのお言葉。




~煙草屋ボーナス「夢」~

使い魔「住み込みマッシュマッシュ・ザ・ルームメイト

 ……脳みそキノコ


 効きすぎてクラクラする。思考は鈍化して日本酒で酔っ払ったときのよう。何かが揺れている。消えている。眼の前に人型にデフォルメされた鼠が立っている。さっきまで背の低い弛んだ中年の女がそこにいたはずなのに。

「へはは、どうだい坊っちゃん」しゃがれた声で、鼠は言う。「甘いフレーバーだろ? 寝てもいいんだよ?」

「もう……け……」

「結構だそうです」フーフーが代わりに答えてくれた。幻が見える薬だとは言われていたが、これ、ホント合法なモノなのか? 抜けるのは恐ろしく早いと言うが……。

 頭すら、ろれつがまららないよ。




~調整班コナーン&インディゴ「ラジヲ」~

使い魔「マイン」

 ……辞書を担いだ黄色い妖精

使い魔「白紙の道化ランパッパ

 ……顔に空いた穴から白瓦斯が漏れ出ているピエロ


 青組最後に回ったのは、パンダメイクのインディゴとひよこヘアのコナーンの大学生っぽい男女の二人組だけの小さな工房で、街に置くオーティオ機器の調整を行っている最中だった。

 メロディアスな音楽がフェードアウトし、代わりにラジオ音声のような男の声が聞こえてくる。



”へい、起きてる? お聞きいただいたのはタクチー作詞作曲「明日の花束」 男としての人生を一冊のエロ本だけで乗り切ってる彼らしい実に一途なラブソーング やっぱ純愛名乗るならそれくらいの心意気でありたいもんだねえ……”



「もっちょい高温域のノイズ増やしたほうがいいかも」と、コナーン。

「りょっかい」インディゴが答えてノズルを回す。「こんなもん?」

「うん、そんなもんそんなもん」

 二人して、若干緊張してるのが隠せていない。理由はもちろんパレードだろう。忘れがちだがパレードはワールドデザイナー、この世界の最高峰たるアーティストのさらに上の存在、全世界全歴史で競い合っても総合トップ3に入るとかいう芸術の神様なのである。

「これ、ファニーフェイスってアーティストがやってるMラジオっていうラジオな」パレードはいつもどおりスラスラと軽い口調で説明してくれる。

「へえー、ラジオのアーティストですか……」

 アーティストの作品ということで、しばし耳を傾けてみる。



"……ファニーフェイスの気まぐ……ザザ……ラジオ『君のいない夜は深爪した指を使わずに髪を洗うのに似ている』編は あなたの暮らしを影から彩る職人芸 モブキャラの提供でお送りして…… "



 …………。

「こんなのが? って顔してるな」

「いや、えっと……」

「気持ちはわかるよ。実際ファニーフェイスってやつの才能はかなり説明しにくいんだ」



"ザザ……の流れをぶった切れ! ポンコツちゃん式 アーティストに聞いてみようのコーナー! "



 ラジオ音声が、女の子の声に変わった。

「ああ、これはアイドルの体使ってる時の声。通称ポンコツちゃんモード」

「この人、アイドルの体持ってるのに常用してないんですよ」インディゴが僕に向けて軽く補足してくれる。「元の体とわざわざ使い分けてる……っつってん、元の体ってのは誰も見たことないんだけど……つまり……」



”……のコーナーでは 顔隠して声だけのミステリアスキャラ気取ってるファニーフェイスとかいうおっさんに代わりポンコツちゃんが司会進行していくよ! 本日のゲストは狂気の踊り子ことス……”



「んま、こういうことだね」どこか苦々しげに、コナーンが笑った。

 ラジオは続いていく。

 …………。




「あ、そうだ。次は黒組行こうぜ」

 長い黒髪を翻してクルリと振り向いたパレードが、やや唐突な提案を口にする。

「ええ……黒組ですか?」フーフーが顔をしかめた。黒組はつい昨日、あっちゃんとかいう腐ったマネキンに酷い目に遭わされたばっかりだ。

「なんか、面白いことやってるらしい」パレードは軽く肩をすくめる。「医務室に黒組の連中がバッタバッタの担ぎ込まれてきたんだとか」

「それ絶対面白くないやつじゃあ……」

「いいじゃん別に、殺されるわけでもあるまいに」少年のように輝く笑顔で、グイッと親指を立てる。「そういうのもちゃんと見るのがミズノの仕事なんじゃないの?」

 そう言われると、確かに言い返す言葉のない僕らであった。

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