第37話 お仕事日誌・白組2

 居住区の建築がメインの白組とはいえ当然デザイン班も存在する。今回は居住区の街路を彩る生活感香るアートの現場から。




~栽培担当ナナメロ「土」~

使い魔「草食み兄弟ダブルカロット

 ……満面の笑みを浮かべた馬男


「俺はもう引退気味じゃもの、若い世代のお手伝いさね」世界一の馬顔を自称するベテラン園芸家の男は袖をまくり、大人半分ほどの大きさの地球儀の側面に青い花を植え込んだ。この地球儀は水も土も本物でできている。「この花はね、定着するまでは横向きのがいいんよ」

「あの……」微妙に躊躇しながら、僕は聞く。「つかぬことを伺うんですが」

「どしたん?」答えたのはパレード。

「この世界って、やっぱり球体……っていうか、星なんですか?」

「当たり前じゃん」

 そうか、当たり前なのか。



~園芸師デロン&メア「芋」~

使い魔「麻の守り人ラミーラミー」(デロン)

 ……麻のターバンを巻いたデフォルメされた老人

使い魔「ドンキん」(メア)

 ……顔だけロバの野兎


「甘すぎだよね、うん、甘い」ナナメロの長女というデロンは自分が栽培したというサツマイモのようなイモのパンをかじり、眼鏡の奥の鋭い瞳で妹のメアに目配せした。

 メアは返事をせずに子供の手のひら大はあろうかという種に何かを注射し、そのままそれを父と二人で土に埋める。

「あと5分くらいで実るかな」デロンは言う。

「そんなすぐるの?」びっくりして聞いたのは僕。

「いちおう世界最速記録……です」メアは前髪で隠れた瞳を一瞬だけ僕に向けたが、すぐにまた人見知りするように下を向いてしまった。「あの、家庭菜園の世界なら、ですけど……」



~籠屋フィット「蟲」~

使い魔「殺し屋成りリーパー

 ……ただただ完璧なカマキリ


 ナナメロの親戚の娘……といいつつも当の娘たちよりずっとナナメロに顔が似ていたフィットは魔法虫ワームのデザイナーだった。

「どうですかパレード!? この子たちの目すごいでしょ!? 人間の目にしか見えないですよね!?」ものすごい熱意でパレードにジグモのクリーチャーを売り込んでいる。やっぱりこの分野の人たちにとってパレードは本物の神様なのだろう。

「すごい」

「ですよね!? これ調整がどれだけむっずかしいか家族誰もわかってくれんのですよお!」

「いや私もわからないけどね」パレードはいたずらっぽく舌を出した。「私の頃とは機材が変わりすぎてついていけませーん」

「そもそもパレードの使ってた機材を理解できてる人がいないんですって!!」フィットは興奮したまま僕らに目を向ける。「お二人は知ってます? 二百年前に使えたエーテルって精々今の10分の1……って、クローンに伝わるわけあるかああ!!」

「……ははっ」



~石工ノリントン「視」~

使い魔「渦巻尺ウズマキジャック

 ……巻き尺のカタツムリ


「……とと、できたかなん」

 彫刻刀での作業を一段落させたサングラスの男が、僕らに手元の石を見せる。なんの変哲もないただの石、というのを手品師のように確認させてから、使い魔から取り出した取り出した金槌でコツコツと石を割ってみせた。

 フーフーと二人で覗き込む。

「うわ、目ん玉彫られてる……しかもちゃんと動くんだ」宝石のような二つの瞳と石の目玉が同時に僕を見つめた。「あれ、もしかしてこれ、イサミの目?」

「拝借失敬、アイドルの目は自信なかったんで」ノリントンは笑いながらフーフーの隣に寄り、自作を見る。「石ん内側にね、瓦斯と音波で彫り込むってわけ。壁とかに仕込むと楽しいんよ」



~酒造ドップ「籠目」~

使い魔「ドツボ」

 ……壺にハマったウツボ


 やっぱりやめておけばよかった。

 真っ黒な歯とヒゲが汚いドップという男が勧めてきたお酒……「パラノイア」という名前からして嫌な予感はしていたが、ともかく仕事のうちだとおもってお猪口で一口だけ味見させてもらった。

 ぞくり、身震い。

 振り返るが、何もない。

 それでも、怖い。

 本当に怖い。

「真後ろから視線を感じ続ける銘柄だぁ。こええだろ、ウッパッパッパ……」独特な笑い方で鼻から息を漏らしながら、同じ酒を瓶からガブガブと呑み干している。「見られてこええなら、もっとりねえ。夢も己も忘れるまで酔うがいいや」

「遠慮します……」

「私は絶対無理だね。お酒にも弱いし」と、フーフー。パレードと一緒に僕の背をさすってくれる。「大丈夫? すぐ治まりそう?」

「かーごーめー、かーごーめー……」

「え、なになに? 酔い過ぎた?」

 後ろの正面……だあれ……。

 この唄、帰ったらちょっと採点してみようかな。

 


~春画師ゼロ「惚」~

使い魔「月下美人バニーガール

 ……クローンに教わり衝撃を受けた彼の性癖のド真ん中


 なんだかんだ言って結局、性欲というのは生き物を突き動かす最大の力の一つなのだろう。そのエナジーがそのまま芸術性センスに結びついている人間のアートが高得点なのは当然のことかもしれない。ジョーカーにしろキミヲタクにしろ……そしてこの、腹の出た赤ら顔のお爺さんにしろ。

「建築ばかりだと色気が無くなりがちだからねえ」酒に焼けた、だけどなんとも言えない求心力のある声でゼロ爺ちゃんは笑う。「性は違和感にこそ際立つ。この街の頽廃は女の魅力を引き立てる下地として実に理想的だ。いや楽しみだね」

「目の作品が多いのは、やっぱりそういうことなんですか?」フーフーが聞く。

「視覚は大事だろう」ゼロは頷く。「見たいと思うこと、見られたいと願うこと、共にセックスへの強力な導線だ。君はどうかな、クローンの青年よ」

「僕ですか?」なるべく表情を変えないように、腕を組む。「見たいはともかく、見られたいとは……」

「アイドルの肉体を手に入れても、同じことが言えるかね?」

 返事に窮した僕は思わずパレードを見てしまった。「……どうですか?」

「見ての通り」透けるドレスをヒラヒラさせながらパレードはクククと笑う。「フー・フーはどう?」

「……」

 沈黙が、フーフーの答えだった。

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