第34話 捻くれ、テラー

__私は世界一、才能がない

 ……若者たちへのエール、テラーより



「いいよ、かわいいよフー・フー! もうちょっと前かがみに……あぁ、たまんねえよこれ!」

「おっさんみたいになってるよパイン……」

「うしゃしゃしゃしゃ、でもホント可愛くない? っぱラブラヴィンってすげえや、ねえミズノ!」

 水晶でできたカメラらしきものを構えながら、パインが僕に向けてぐいっと親指を立てた。

「ははは……」どう反応していいものかわからず微妙な笑顔を返しながら、ビッグボールのところで貰った生首餃子を口に放り投げて誤魔化した。コリッと頭蓋骨らしきものの感触。深く考えずに飲み下す。

 ラブラヴィンのところでフーフーに見繕われた服は、ふわりとした素材の赤く細長い布を、肘、腰、首元、膝、足首のバンドに絡めて巧妙に服の形に整えられた、彼女曰く「パズルみたいな」仕組みの羽衣だった。サリーの進化バージョンって感じだろうか。中は紺のインナーとレギンス。帽子の緑も含めて、プチトマトをイメージしたファッションなのだろう。背中側は赤い布がクロスしている以外は結構丸出しに近くて、普段のフーフーらしからぬ大人な雰囲気が漂っているというか、率直に言ってとてもセクシーだと思う。

「最高っす」僕の隣でトーマス……朱組の若者衆の中でも一番フーフーに熱を上げていた金髪の男が鼻から息を漏らす。「アイドルってのホント……まじでなんでこんな奇跡的なんだ」

「わかるわ、その気持ち」頷いたのはハーミン。スプラッター演出家で背の高い美人さんだ。「見れば見るほど憎たらしいくらい可愛いんだわ。ねえパッチ?」そう言って僕の膝に乗っている3歳の娘の頭をなでた。

「フーフーかあいい」パッチことパルチェも指をなめながらうなずいて僕を見上げた。「ミゾよりかあいい」

 ミゾとは当然僕のことだ。変に女装なんかしていたせいで彼女に興味を持たれたが最後、すっかり懐かれたというかおもちゃにされてしまったのが今の僕である。生意気盛りのめちゃくちゃ元気な女の子で、ついさっきまでは僕を馬にしてお馬さんごっこをしていた。

 どこかで鳥が鳴く。時間はちょうど5時くらいだろうか。メイキャッパーのパニック・パインとフーフー、パレード、ハーミンと娘のパッチ、そしてトーマスと僕で早めの夕食をとっている。場所はパインたちのアトリエ近くの鉄道街44~49号電車で、6つの電車が積み重なって小型のローマ劇場のような構造に組み上がったメカメカしい映写室だ。がらんとしたさびまみれの空間は雰囲気としては廃業した映画館に近いが、中央にある不気味なほど正確に四角く切り取られた真っ黒な舞台だけが、サイバーパンクさながらに異様な存在感を放射し続けている。パインとフーフーはその上で撮影会中で、僕らは最前列の一つ後ろの席からその様子を眺めている。この世界に来てすぐの時も思ったが、楽園のファッションというのは本当に個々人で幅広い。パインはワンピースと虹色レギンスで派手にオシャレだが、ハーミンはねじり鉢巻にダボダボ灰色の作業着と明らかに何にも拘っていない。そしてパレードは相変わらず際どすぎる。トーマスがハットでキメてるのはきっと気合いの証だろう。僕は相変わらずの電気屋みたいな青ハッピで、フーフーは……。

 ……しばらくフーフーの背中の肌色を目で追っていた自分に気がついて、ため息まじりにお茶を飲み込む。パレードに裸を見せつけられたあの日以来、やはりフーフーを見る目まで敏感になってしまったようだ。態度がよそよそしくなってしまっていないか心配である。そもそも子どもを膝に乗せながらこんなことは考えたくないんだけど……。

 ふと、パレードがしばらく喋っていない気がして、隣をチラ見してみる。フーフーたちを眺めていると思っていたがそんなことはなく、背もたれにえびぞりになるほど寄りかかり、物干し竿に干された毛布みたいにだらんと伸びていた。黒い長髪が清流の滝のように振り落とされて、まるで中国の美人画みたいに滑らかなラインが廃然とした景色の中に浮いている。何かを見つめているらしい。

 目線を追いかけてみるが、何も見えない。朱組の建設現場は作業が一極集中しているだけあって建築が早く、既に構造がかなり複雑だ。ここだってパインの案内なしには二度と来られる気がしない。昼食時の反省からあえてそういう見つけにくい場所を選んだわけだけど、でも執念でここを見つけたトーマスみたいな男がいないでもないわけだし、また誰か野次馬が来たのか……。

「あれ……パレード?」

 何かの声。

 ドキリとして、少し餃子がむせる。

 広い割に息苦しく感じる鉄骨の空間に目を這わせ、入り口を見て、そして最後に天井を見た。

 何かがいた。

 巨大な目を持った、逆さの化け物が。

「パレードだ、ねえ、パレードがいるよテラー」

 さとすぎる少年か少女のように、ハッキリとしたアニメ調な声。

 どこかで聞き覚えがある気がした。

「うわっ」フーフーかパインのどちらかが声を上げる。

 同時にヒョイッと軽やかな動きで、天井のソイツは空いた穴から鮮やかにこの劇場の観客席へと降り立ってきた。柔らかいながらも質量を感じる重たい音。パラパラと小さな砂が天井から差し込む陽光に照らされて白く瞬く。

 降ってきたそいつの全容は、桃色でフワフワの毛に包まれた頭でっかちの機械人形アニマトロニクスだった。2m以上はあるだろうか。顔に貼り付けられたエグい笑みは遊園地にいる着ぐるみのように恐ろしく、体は毛むくじゃらのくせにゼリーのように生々しい。

 その色調にも、どこかで見覚えがある気が……。

 ココル。

 不意に、おぞましいメルヘンの一枚絵とピンクの毛皮、月の兎のように神秘的な裸のシルエットが脳裏に浮かび上がった。

 そうだ、ココルだ。思い出した。自称御伽作家の獣人で、最悪に毒々しい絵を描く、この楽園でただ一人のイデア式アイドルの複製者。このでかい人形が使い魔なのかなんなのかはよくわからないが、得体の知れない色使いの妖しさと圧倒的な美しさから、確かにあの不気味の底のメルヘンと同じセンスが感じ取れた。

「よおココル」パレードの声が僕の直感を裏付ける。「奇遇だね。なんでこんなとこにいるの?」

「ん? あ、フーフーだ。パインもおひさー」ガチャンゴチャンと着ぐるみは腕を振る。「それにハーミンとパッチとえっと……」眼窩にハマった巨大な虹彩が僕を睨んだかと思うと、すぐにカートゥーンアニメを思わせるように大げさかつ素早い動きでスルリと僕に顔と体を寄せてきた。「ああ、バキュームか。やっほー元気ぃ?」

 僕は今、女装をしている。

「バキュームは勘弁してくださいよ……」たじろぎながらも愛想笑い。「あの、よく僕ってわかりましたね」

「はん、画家を舐めるなよスケベ人間」身を離し、モフモフの腕を組む。「この体作るのにどんだけ人の顔を研究したと思ってる」

「この体?」

「ん? あぁ、コレじゃなくて、こっちね」

 バクァンと着ぐるみの頭がマンホールの蓋のように開き、瓦斯らしきスチームの排気が天井まで吹き上がった。中からひょっこりと顔を出したココルは相変わらず殆ど真っ裸に近かったが、今日の毛皮は濃い紫色が混じっていて、上に縫い傷のような装飾が施されている。

「じゃーん、今日はオシャレしてゾンビモード」ココルは着ぐるみの首に腰掛け、僕の前で脚を組む。その肌の毒々しい色気に目眩がしそうだ。

「あ、はだかの姉ちゃんだ!」無邪気なパッチは嬉しそうに手を叩いている。「ロボットだすごい! わたしもそうじゅーしたい!」

「ごめんねパッチ、これアイドルじゃないと中入れないんだよぉ」ココルは申し訳なさそうに手を合わす。

「え、だめなの? なんでなんで? はいりたーい!」パッチは元気だ。

「ごめんよう、ホントは入れてあげたいけどさ」ゾンビココルは本気で残念そうにため息をついた。「この子たまに内骨格スケルトンがグシャってなってね、体巻き込まれてエライことになっちゃうの」

「だいぶ怖いこと言いますね」トーマスがつぶやく。「あ、俺トーマスっす。小説家っす」

「ふーん、よろしくトーマス。いやーこれちょっと速度設計でやんちゃしすぎてさトーマス、試験中に何回脚潰したことか」

「痛くないんですか?」僕は若干引きつった笑みでそう聞いた。

「痛い?」とココルは一瞬目を丸くして、すぐに「あぁ……」と頷いた。表情を変えるたびに、大きな眼窩がんかにハマった目玉がコロコロと動く。「えっとね、イデア式ってのは作り物の体だからね、ひどい痛みは設定してないんだよ。壊れてもイヴに頼めばすぐに直してもらえるし」

「へえ、ココルもイヴに直してもらってんだ」今度はハーミン。「ココルなら自分で直せるんじゃないの?」

 ココルの体はイヴの作品ではなく、彼女が自分で作ったものだ。

「だって自分で直すと時間かかるんだもーん」ココルは呆れてるようにもうっとりしているようにも見える表情でまたため息をつく。「やっぱりイヴの手は神の手だよ。それに直してもらうってことはそのあいだはねえ、むふふふふふ……」

「あれ、テラーは?」首を伸ばすようにパレードが天井の穴に目を向ける。「一緒にいるんだろ?」

 テラー?

「いるよー」ココルも頷いて空を向く。「おーい、はやく飛び降りてこーい」

 突然心臓がバクバクし始めた。深い意味はない。僕はテラーのファンである。白線を含め、この世界に生まれついてから僕が触れた作品のほとんどはそのテラーというアーティストが作り出したホラーゲームなのだ。ちなみにテラーとココルが仲良しなのは有名な話である。

 上から降り注ぐ光を見ながら、僕らはテラーを待った。

 待った。

「あれ? おーいテラー、どしたー!」ココルが叫ぶ

「行っちゃったんじゃないの」パレードが鼻で笑う。「あいつ照れ屋だし」

「まさかそんな斜に構えんティティなティーンズじゃあるまいし……」なんて言いながらココルは着ぐるみの手のひらに乗り、自分の体をぐわっと天井の穴のとこまで持ち上げた。「うわ、いねえしっ!!!」

「やっぱりね」と、ハーミン。「こんな初対面が多いところにわざわざ顔は出さんよな」

「最悪だよ!! 今日は二人で遊ぼうって言ったのにぃ!!」ココルは叫びながら着ぐるみの中にスルリと入り込み、頭を閉じて蓋をする。「こんな入り組んだとこに置いてくなよなあもう……」

「ハーミンはテラーと知り合いなんですか?」猫の着ぐるみが起動する様を尻目に僕は聞いた。

「そりゃ仕事柄ねえ」スプラッター演出家のハーミンは僕の膝からパッチを持ち上げて自分の膝に移す。「うちのパパとも仲いいんだ。ミズノは会いたかったの?」

「はい、あの、ファンですし」

「私は嫌い」ドサッと、パニック・パインが僕の隣に腰掛けた。「昔いじめられたもん」

「いじめられた?」

「膨れ上がり過ぎた自尊心と劣等感が醸造した糞みたいな卑屈さで他人を見下げてくる死ぬほど嫌な奴だと思う」

「め、めちゃくちゃ言うなあ……」

「テラーは大人げないからねー」ココルを入れた着ぐるみが動き出す。「面倒臭い性格なんだよ。照れ隠しで子どもを傷つけるなよなあもう」四足歩行になったと思うやいなや天井の穴へと飛び上がり、そのまま「テラー! どこだーッ!!」と叫ぶ声が信じられない速度で離れていった。

 パラパラと、砂煙の残り香が降り注ぐ。

「……嵐のようだったな」トーマスが月並みな感想を述べる。「なんでこんなとこにいたのかナチュラルに聞きそびれたぜ」

「普通にはぐらかされたな」とパレード。「で、パインは何言ってそんなテラーにいじめられたの?」

「レベッカが好きって言ったらなんかもう……」パインはなぜか僕の襟を掴んでグングン振り回す。「むちゃくちゃに、とにかくムチャクチャに言われたんだよ! 卑屈なふりして鬼のように長い嫌味をダラダラダラダラと!! なあにが自分には才能がないだっ!! アーティストにまでなっておいて! ほんとムカつくわッ!!!」

「テラーのレベッカ嫌いは有名な話だ」トーマスは笑いながら、黒い舞台に座っているフーフーを見た。「フー・フーってテラーと話したことあるの?」

「何回かはね。この間の晩餐会にもいたし」フーフーの目が僕を向く。「あれ、ところでイサミってレベッカのゲームはやったことあるの?」

「ないよ」正直に答えた。

「あ、ないんだ」

「テラーのホラーはやってるのに?」パインが顔をしかめて舌を出す。「変なの。てか馬鹿じゃん」

「やっぱりやったほうがいい?」

「うん」意外にも最速でうなずいたのはパレードだった。

 そうか、じゃあ帰ったらなんか一つ見てみようかな。




~おまけの使い魔紹介・トーマス~

使い魔「意味無し仮面アーネスト

 ……顔をしかめた仮面の下で顔をしかめている女

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