第33話 お仕事日誌・朱組2

~都市設計クァラ「駅」~

使い魔「眠らぬが故の怠惰の杯ブラック・アンド・ホット

 ……巨大なコーヒーカップに棲むコーヒーの水霊


「うちは見ての通り、手抜き建築だ」朱組監督のクァラは自前の肘掛け椅子にどっぷりと腰掛け、好物という緑の団子をコーヒーで飲み下しながら上を見上げた。「ベータのように無駄な手間なぞ掛ける気はない。ほっときゃバラバラに組み上がる仕組みだ」

 つられて見上げた空の遠さに、目眩めまいがする。

 僕らを囲い込む巨大なビル……に一見見えるこの街の構造は、実はとぐろを巻く蛇のように積み上げられた貨物列車だ。縦横無尽・立体的に空間に線路レールを這わせた上にブースという名の錆びた車両を次々に走らせ、ギチギチに詰まったそれらの間に道を通して街と成すと、それがクァラがデザインした僕ら朱組の担当する芸術区画・仮称「朱組エリア」である。ここはその中心部であり、今にも全てが崩壊して列車が降り注いできそうなほどに危うげな迫力があった。

「もう作品が形になってんのは……ウナギとパインのとこと、ラブラヴィンか。ここからならウナギが近いな。33号車だ」

「えっと、33号車ってことは、直通で行くには裏線の-1、÷2の-2の14号車経由で……そこ行くには5号のエレベーターが……」

 とフーフーが頭を捻っている最中さなか、また踏切のようにサイレンが鳴り、赤茶けた線路に沿ってガコンガコンと車両が一つずつ前に押し出された。

「……6号になったね」

「ああ、もう!!」


(……1時間後)


~化粧師パニック・パイン「化」~

使い魔「ビッグノーズ」

 ……鼻だけバカでかいティンカーベル


「アッハッハッハッハ!!」

 暗い美容室に、目が醒めるような美女二人の笑い声が黄色く重なる。僕はそれを正面からまっすぐに見つめている。一人はフーフー、そしてもうひとりはパニック・パインという化粧師メイキャッパーだ。北欧系のティーンエイジャーを思わせるような、一見してアイドルと見紛うくらいに超絶な容姿の持ち主なのだが、本人曰く「化粧がうまいだけのブス」とのこと。いやはやなんとも……。

「すごいっしょこれ、ほら」

 花の14歳、デカダンス組最年少であるというパインはまた不躾に僕の顔にスプレーを吹きかけた。鼻の上で瓦斯が弾け、30分以上をかけ色々塗りたくられまくったジェルがグニャリと動く。

 また、悲鳴のような笑い声。先からこんな風に、顔を化粧でいじられては笑われ続けている。いったいどんな顔になってるのかは、なぜか頑なに鏡を見せてくれないのでわからない。

 ……なんか、すっごい光ってるのはわかるのだが。



~美容師ウナギ「花」~

使い魔「変わり者ゲシュタルト

 ……没個性のスライム人間


「すいません、礼儀のない子でして」すっと肩に手を置かれる。ツルツルの頭に無毛の顔と、半ば宇宙人のような風貌の彼の名はウナギ。パインの師匠的存在らしい。「まあまあ遊んじゃってまあ……あ、でも下地はできてるんだ」などと言いながら、温かいタオルで僕の顔を拭ってくれる。

「面白い顔だなあニホン人」パインはまだ楽しそうに笑っている。「なんでそんな平らなの? 鼻で釘打つ風習でもあるんすか?」

「こらパイン」

「ごめんなさい」素直にペコリと頭を下げた。こういう恐れ知らずの若さを持った女の子を見ると懐かしい気持ちになる。今や思い出せないものになってしまった学生時代の記憶の名残なごりだろうか。

「はい、できました」ぱっと、ウナギが僕の顔からタオルを離す。拭かれていると思っていたのに、甘い香りがきつく残っている。

「え、うそ!」ガタッと、フーフーが椅子から腰を浮かせた。「すごい、いつの間に……ちょ、どうやったんですか?」

「さて、どうやったでしょう?」ウナギは妙に愛くるしく笑っている。

 …………。

「僕、どうなってるんです?」



~地図職人999スリーナイン&製図家ヒトリデモ「点」~

使い魔「タリナイヒトツ」(999)

 ……血涙を流すブリキの兵隊

使い魔「怒りの形レッドジョイ」(ヒトリデモ)

 ……真っ赤な肉腫で腫れ上がった不細工な子供


「こちら、この地区の地図であります!」ガチガチに緊張しながら、ヒトリデモという製図家の青年は僕らに向けてごく小さな小瓶を差し出した。「フ、フー・フーが道に困ってるだろうと、クァラにお使いを頼まれた次第です!」

「なにこれ、目薬?」

「999の地図ですね」ウナギが説明を引き継ぐ。「識別標識を瓦斯スキャンしてから片目に差すと、目的地までの道筋が可視化できます。オンオフは使い魔への命令と同じ要領で」

「使い魔出しっぱで歩いてる人がいたら概ねそれを使ってるってことよ」今度はパイン。ごしごしとタオルで顔を拭っているので、声がくぐもっている。「目的地が動いててもリアルタイム反映なのはいいよね、うん」

「それは便利だね」

 相槌を打った僕の顔を、ヒトリデモはぎょっとしたようにいかつい目つきで睨んできた。

 ほんと、僕は今どんな顔をしているんだ?



~容器職人クマ「包」~

使い魔「くま」

 ……パグ犬


 一陣、冷たい風が吹く。

 ラブラヴィンという仕立て屋のアトリエを探してた僕らがたどり着いたのは、微かに暗くなりつつある雄大な青空の下……つまりは屋上だった。どういう構造でここにあるのかはわからないが、ともかく景観としては、さびれた田舎の終着駅って感じ。

「……かんっぺき迷子だね、うん」フーフーは諦めたように近くのベンチに腰掛け、足元に転がっている缶詰めを拾い上げた。黒い熊のシルエットが描かれた緑色の缶詰めで、妙に毒々しいというか、赤錆びれた街の色彩に馴染まなそうで馴染む色合いが特徴だ。この街で使う原料や一部食品などは全てこの容器に入っていて、空き容器はあえて道端にポイ捨てが推奨されている。

「あれ……パレードかな」フーフーが呟く。

「え、どこ?」

「ほら、空」

 指差した先に2秒ほど目を凝らし、ようやく浮雲に紛れた黒い点を見つける。目が良いんだな、フーフー。アイドルは皆そういう風にできてるのだろうか。

 黒点は少しずつ竜の影へと変わり、青い色がきらめき、僕が初めてパレードに会ったときのように、ハヤブサのような急降下で僕らの目の前に降ってきた。

 塵の舞うような爆風と、にわかな閃光。

 光の瓦斯。

 まるで隕石。

 下手をしたら命の危険を感じてもおかしくないような爆発が光の塵を舞い上げ、あたりがオーロラ色の霧に包まれる。

 その真ん中から、白く透けたドレスの美しい少女が姿を表した。

 ……こんな奇跡みたいな光景にも、慣れたものだ。

「よおフーフー、奇遇だね」全く何事もなさげに、パレードはフーフーに手を振っている。「あれ、ミズノはいないのか」キョロキョロと周囲を見回しながら、僕の前に立ち真っ直ぐに顔を覗き込んだ。

 黒い瞳。あの日の夜の肌色を思い出して、心がたじろぐ。

「えっと……」

 パレードは首を捻り、どことなく怪訝そうに口元を曲げる。

「はじめまして……かな? お姉さん」

 ……なんだって?



~仕立て屋ラブラヴィン「萌」~

使い魔「魔術師の衣替えフラワンド

 ……衣装掛けと試着室になれる傘


 驚くべきことに、僕は女になっていた。それも姿見に映る姿は普通に美人だ。花と蝶を模したフェイスペイントがなければ、日本の朝番組でアナウンサーをしていてもおかしくはないくらいにはまるで別人である。そしてそのフェイスペイントが、僕の顎や首周りの男として当たり前の輪郭を綺麗サッパリ覆い隠してしまっているのだ。あの短時間でよくぞここまで……。

「”簡易化粧タオル”っていってね」物知りなパレードの解説。「拭うだけで化粧の下地を作れるっていう優れものだけど、劇団仕様のガチ設計なら10秒もあれば別人の顔に成り変われたりする。普通は役者の顔に合わせたオーダーメイド品なんだが、そこはウナギの匠の技ってやつだ」

「はえ~……」うなりながら、顔から全身に目を移す。紺と赤で印象的に色分けされたジャケットが、元より痩せ型な僕のシルエットを更に撫で肩気味に見せ変えている。パンツは真っ黒で、上着の派手さに隠れて印象がすっかり消えてしまっているせいか、いつもより美脚な印象だ。普通に背の高い美人である。ちなみにウィッグもつけられた。

「ほれ、次はフー・フーの番」パレードが、ポンッと隣のフーフーのほっぺを突っついた。

「うーん、アイドル向けの服か……なんかむず痒いなぁ」

「いいじゃないですか、普段フー・フーはラフなものばかりなんですから」

 すっと、僕の服を用意してくれた背の高い男がフーフーの肩に手をかけた。淡い金色の髪をした北欧風の男性で、ちょっとびっくりするくらいハンサムな顔立ちだ。彼がラブラヴィン。

「旅行用以外の服選びって慣れてなくて……」フーフーも心なし照れてるみたいに肩をすくめる。「選んでもらえるんなら、なんでもいいんですけど」

「なら、選びます。ぜひ」

 今までフーフーに絡んできた男たちとは違う紳士的かつ無理のない誘いに連れられ、二人は広い試着室へと、二人で入っていく。ラブラヴィンは服飾屋であり、現在の朱組担当地区全体のデザイン主任であり、監督の奇抜なドレスの専属デザイナーでもあるという本物のエリートだ。挙げ句にイケメンで背も高く、30は超えているだろうがまだ若い。

 …………。

「ミズノ」ボソッと、パレードが小声で話しかけてきた。

「……なんですか?」

「お前、負けんなよ」

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