第31話 お仕事日誌・黒組

 昼食後に僕らが訪れたのは、周りからは「汚れ仕事」と恐れられている黒組のアトリエだった。もちろん抵抗はあったけど、どうせいつかは見に来なきゃいけないのだし、それにごく当たり前な怖いもの見たさと地理的な近さもあって、それなりに軽い気持ちで黒組の門を叩く運びとなった。

 結果はまあ、ものすごく悲惨なことになったわけだけれど……。




~水路職人パンチラマン「漏」~

使い魔「花面娘フラメンコ

 ……ゼリー状の赤いドレスを纏った花人間


 黒組で最初に待っていたのは、すっごい際どいタイトスカートを履いて化粧をした背の高いイケメンだった。

「蒸発させた水を魔法でこう……ぎゅっと一箇所に集めるのさ」手振りで説明しながら、パンチラマンはスチームパンクなサビまみれのパイプを踵でコツコツと叩いてみせた。「生活排水から純粋なH2Oだけを蒸気にして抜き出し、熱で清潔に処理した上でまた水にして水漏れさせる。そういう水道だ」

「じゃあ、このスチームって元は下水……?」僕とフーフーはなんとなく嫌そうな表情で顔を見合わせる。

「水だけ正確に抜き出してるんだから飲み水よりキレイだよ」どこからか取り出したキャンディを蒸気に当てて、口に放り込む。近くの椅子に座り、ギリギリアウトなラインで足を組んだ。「その分、水気をキレイに抜き取られた"汚れ"はそりゃあもう恐ろしいんだぜ。見たいか?」

「遠慮します」



~男色家イェール「蕾」~

使い魔「あせっかきセーター

 ……※自主規制


 “男児の楽園”と書かれた二匹の蛙が絡み合うポスターが、アトリエのドアに貼ってある。

「ここはやめておこう」

「うん、そうしよう」



~催眠術士ネクラハゲ「腐」~

使い魔「腐王クササビ

 ……点滴を運ぶ太ったでべそのイタチ


 こちらのポスターは、”肥溜めの香り研究所”。便器の中からこちらを見上げているのは、またしても蛙。

 言うまでもなくスルー。



~蛙絵メーター「沼戯」~

使い魔「赤青緑目カラフルチャビィ

 ……カラフルな蛙のようなラッコ


 そんな感じで、全体的に薄暗い黒組アトリエ内のドアには漏れなく鳥獣戯画っぽいデザインの蛙のポスターが貼られていたのだが、その絵師は意外にも小綺麗な雰囲気のメーターという青年だった。絵の具をぶち撒けたみたいにはみ出まくりな塗り方は、フーフー曰くかなり計算されたものだとか。

「いいなあ、オリジナリティ持ってる人。羨ましいなあ」

 原画を見ながら彼女は唸っていたが、絵心のない僕としてはただ単純に好みじゃないキモ絵でしかなかった。でも、確かにこれは優れた絵なのだろう。楽園には魔法を全力でいかしたパンチラマンみたいな芸術もあれば、こういう僕らの世界でもあり得るものも沢山あって、どちらも等しく評価されるから楽園なのだ。

「やった、アーティストに褒められたあ」鼻ピアスの小男は、端正な顔をびっくりするほどしわくちゃにして笑っていた。

 ともかく、人としては好感が持てる男である。



~鍛冶師トーチン「凶」~

使い魔「灼け付き症候群バーン

 ……瓦斯を吐くたびに発火し悲鳴を上げる鉄の小鬼


 刃物で日用品といえば包丁が相場だけど、このヤクザ顔のおじさんの作品はそういうことじゃなくて、日用品を鋭利にしたものというおもむきだった。例えば先っぽが針山になった歯ブラシ、持ち手が曲刀みたいなコーヒーカップ、吸口に釣り針が仕込まれた煙管キセル等々……少しでも想像を膨らませたら危険なタイプである。

「怖いよね、怖いだろ、怖いよ俺は……」トーチンは顔中に大小刻まれた切り傷を撫でながら、汗をかき、後ろからフーフーの白いうなじをニコリともせずに見つめていた。

 見た目通りにヤバイ人なようだ。



~肉料理屋ビッグ・ボール&?「人肉」~

使い魔「中華鍋探査球ハードボイルド

 ……手足の生えたスチームパンク風の潜水球


 事件は、突然起こった。

 現場となったのは焦げた匂いと油の香りが渦巻くビッグ・ボールという筋骨隆々な男のアトリエ。彼の作品は「人肉を模した肉料理」であり、全体的におどろおどろしい雰囲気の黒組の中でも生々しいグロテスクさが頭一つ抜けていた。

「こうやってこう……ミンチにした豚肉を骨に盛り付けてな」ゴーグルをかけ、油でグツグツ煮立つ大鍋の中に巨大な鉄箸を突っ込みながら、彼は作業を続ける。「特製の瓦斯油で煮込んでやれば、チョチョイのチョイでこの通りよ」

 自家製の巨大鍋からトングで取り出した”肉”に、鳥肌が立つ。

「どうだ、人の膝にしか見えないだろ?」ビッグボールは笑う。「豚でも鶏でも、なんでも人肉に変えられる魔法の鍋ってわけだ」

 たしかにそれは人間の……というか、ビッグボール自身のスネから下を切り落としたものにしか見えなかった。赤く腫れた肌に、海藻のようなすね毛、爪の取れた指先と、絶妙に生々しい。

「他にも色々あるぜ。串焼き各種に尻の丸焼き、アイドルの姿焼きから小人の生首入り餃子まで……それに、こんなのも」小棚からハンバーガーセットでも入ってそうな大きな紙袋を取り出す。

「なんですかそれ?」恐る恐るフーフーが聞いた。

 ニカッと、彼は笑う。

「ジョーカーのソーセージ5本セット、ミートボールつき」

 一瞬だけ、変な間があった。

 顔を見合わせた僕とフーフーは、二人の表情の中に笑っていい空気を確認し合ってから、同時に同じことを叫んだ。

「でっか!?」

 カカカカと、ビッグボールも楽しそうに笑う。「いやぁ、これ作ってると男として自信なくすよ。流石は”怪物”ジョーカー。中身、見るかい?」

「いやちょっと流石にそれは……」

「そうだよぅ、ダメだよぅ」

 ぞくりと、セクシーを履き違えたみたいに鼻につく女の声が、背筋を撫でた。

 ノイズのように掠かすれていて、嘘がバレた乞食のように媚びた声……和気あいあいとした雰囲気を壊すには十分すぎる、嫌われ者の証の喘ぎだった。

「あっちゃん……もう来たのか……」あっという間に笑いが引っ込んでしまったビッグボールが、きまり悪そうに、ため息をつく。

 あっちゃん?

「それあたしのでしょお……人のもの勝手に売らないでよおおぉぉ」

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