第30話 お仕事日誌・青組1

 翌日。僕のお世話が仕事とか言っていたパレードは案の定いない。



~裁縫家キュー「綿」~

使い魔「継げず接げずヌイメヌイ

 ……トカゲドールの縫い目からはみ出た赤い綿毛の腕


「キュー!」

「フーフー!」

 と、坊主頭の大男とフーフーが抱き合った瞬間は流石に背筋が凍りついてしまったが、続く「相変わらず可愛すぎるわねホント! なぁに、わざわざアタシのお仕事見に来てくれたの? うれしー」という甲高い声のおかげで色々と察することができた。

 紹介されたところによると、彼……いや、彼女の名前はキュー。桁外れの作業速度で知られる”ウキグルミ”とやらの職人で、フーフーにとってはパレード以外の初めての友だちなんだそうだ。

「はじめましてミズノ。ちょっと変わってるけど、チャーミングな顔してるのね」瞳のきれいなその男は真っ黒なクマのぬいぐるみをノールックで縫い上げながら、僕に向けてウィンクした。「アジア系ってことは、タオシェンと近いってことよね? アタシ本場風の飲茶ヤムチャを楽しめるお店知ってるわよ。このあとお暇なら一緒にどう?」

 日中韓がアジアでひと括りにされるのは異世界でも同じなようだ。

「キュー」困ってる僕を気遣ってか、フーフーが彼を小突く。

「いいじゃないの別に。人類はもっとオカマの大胆さを見習うべきなのよ」



~裁縫家カンボジア「風船」~

使い魔「風の正体ウェザーテイル

 ……尾羽根が腕の風見鶏


 テーブルを囲いながら三人で談笑していたところで「できました~?」とゆるい感じでキューの後ろから現れた色白な青年は、彼の助手であるカンボジア。「知り合いのクローンの出身地なんだけど……語感がいいよねん、語感が」名前の由来を語りながらキューの作品であるラッコのぬいぐるみの綿を抜き、使い魔のくちばしから瓦斯を入れる。

 ポンッと音がしてぬいぐるみが手袋のように裏返り、彼の風見鶏が毛糸ともラバーともつかない質感のラッコにすっぽり覆われた。

「使い魔のきぐるみってことね、つまり」説明はキュー。「使い魔が恥ずかしい形になっちゃった時とか、加工中の時とかに使うのよ」

「晩餐会のときに欲しかったなあ、それ」

 フーフーが僕の顔を不思議そうに見つめる。「なんで?」

「……言いたくない」



~写真加工カテゴリラ「申」~

使い魔「銀角シルバーバックデーモン

 ……絵画の真ん中を破って顔を出す角の生えた猿


 口元を覆う黒マスクの男が猿の顔のようなカメラで撮った僕らのツーショット。四角く開いた猿の口に現像された二人の顔が、えぐいデザインの猿に変わっていた。

「おえっ……」思わず顔をしかめる。この手のものはいきなり見せられると意外に心臓にくるものだ。紛れもない人間の肌の色なのに顔の造形だけ猿っていうのが物凄く不自然で気持ち悪い。

「うわっ、キモ」横でフーフーがクスリと笑う。「なるほど、撮った顔を猿に加工するのね。なんかそういうアプリみたい……」

 と、二人見合わせた顔が猿に変わっているのに気がついたとき、今度こそ本当に心臓が止まりそうになった。

 悲鳴が重なる。

「一瞬だけ、網膜に幻像を焼き付けるんだ」カテゴリラはマスクの下でゲッゲと笑っていた。「すぐ元に戻るよ……心以外はね」




~照明ハカモリ&ヒューイ「暗」~

使い魔「シャイ・ニー」(ハカモリ)

 ……膝に目がある蹲った少年

使い魔「影ある踊り子ダンサー・イン・ザ・ライト」(ヒューイ)

 ……光を当てると濃くなる影絵の少女


 場所は、大きなホワイトスクリーンのある小さなアトリエ。

「絶対に顔とか公表しないデザイナーってのも当然いてね、ハカモリっつう人もそのクチなんだ」鼻筋を黒く塗った男が重たそうな緑色のランタンを持ち上げる。「この心投影灯ゴーストライトって照明の作者なんだけど、これ中身すっごい多層構造で他の人じゃ真似できないって言うか……ま、見るのが早いか。お二方もそこ並んで」

 彼は使い魔に三つほどランタンを持たせ、僕らの背後でそれを灯す。スクリーンには当然三人の影が映ったが、そのうち僕とフーフーの間のヒューイの影だけが突然ひざまずいて、フーフーに向けて花束を差し出した。本人は全く動いていない。

「はじめまして、俺はヒューイ」影に合わせて彼は言葉を紡ぐ。「普段は影絵のアニメ職人だけど、今回は心投影灯ゴーストライトのアドバイザーとして呼ばれています。どうでしょう、このあとふ……三人でランチでも。いい場所知ってますよ」

「ははは、すっごい直接的」とフーフーは笑いながらも、流石にちょっと照れたように首を掻いていた。このやろう……。




 ……まあしかしヒューイの目論見通りに話が進むわけもなく、どこからどう情報が巡ったのか、実際に案内された近くの街の食事処はアッと言う間にデカダンス組の男たちで埋め尽くされたのだった。

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