第22話 雑談
「なんか、ごめんね?」フー・フーは笑いながら僕に謝る。「監督ってすごい強引な人なんだ。私もあのノリでチームに入れられたし」
「貴族的と言いますか機械的と言いますか……」
「あ、そんな丁寧にしゃべんなくていいよ。私ミズノの前の前のクローンだから、まだ三歳くらいだし……ちなみにちゃんと女だよ。安心した?」
「ああ、それは少し」僕はかすかに微笑んだ。
「女ならまだしも男が女の子の体に変えちゃうのってどうなのって思うくらいには一般人だしね」彼女は目を上に向けて口をすぼめた。見た目よりも少しサバサバした印象の話し方だ。「私も勢いでアイドルに体変えちゃったけど、間違いなくアーティストの
「そうだったんすか? てっきりアメとムチのアメ担当かと。優しい口調で落としてくる……」
「マフィアのヤバいヤツ?」
「そう、裏では脅し役よりおっかない、みたいな」
二人で、笑った。
「本当は、前の晩餐会のときも話しかけようと思ったんだけどさ」笑ったまんま、フー・フーは話を続ける。「あのときお酒に酔っちゃっててさ。私アイドルなのになぜかお酒に弱いんだよね……あ、そうだ、ミズノって名字だよね?」
「よくわかったね」僕は首の後ろで腕を組んで上を向いた。「本当はミズノ・イサミって名前。英語風に言えばイサミ・ミズノで……あ、フー・フーはどこの出身なの?」
「スイス」
「うーん、ごめん。全然わかんないや」
「景色がいい国だよ。あ、ちなみに本名はフラビア・ヘス。でもこっちではフー・フーで通してる。ねえ、名前がイサミなら、イサミって呼んでもいい?」
「うん、全然問題ない」
「じゃ、よろしくイサミ」
「よろしくフーフー」
あぁ、なんか懐かしいな、この、現代っ子的な会話。仲良くできる相手がいるっていうのは素直にありがたい。世界一の美人だし。
ヒョイっと、ドアのところからパレードが顔を出した。「やあフー・フー。デカダンスはもう帰ったの?」
「うん、用事は済んだって」親しげに彼女は答える。仲がいいんだなって思いかけたけど、よく考えたらフーフーだって、生まれた当時は僕と同じようにパレードにお世話になっているのだった。
「じゃ勧誘は終わったのな」パレードは身軽な動作でベッドにまで跳ねていって腰掛けた。「高慢な野郎だけど、デカダンスは信じていいアーティストだよ。あいつほどストレートな天才も珍しいんじゃないかな」
「建築家って言ってましたね」
「いやいや、あいつは何でもできるよ。建築、音楽、舞台、映画、ゲーム……大人数が関わる作品なら何でもござれな世界一の大監督、それがデカダンスさ」
「へえー……あの、監督が抱いてたぬいぐるみは一体なんなんです?」
「チェルシーのことか? それは誰にもわからない」
「そうすか……」
「てか、帰っちまったのか、残念。久しぶりにヤろうかとか思ってたのに」
「ちょ、なんですかいきなり」
「私もデカダンスも元が男だからさ」パレードはにやりと笑う。「お互いツボが完璧にわかるから、すげえ相性がいいの。私らの絡み合いってのは色んな意味で半端ないぞ?」
それは
「映像もあるけど、見る?」
「遠慮します」僕は軽く流して、別のところを見ていたフーフーの視線を追った。彼女が見てるのは、僕が使っていたゲーム缶。
そう、ゲーム。
この世界には、普通にゲームがある。
「ゲームやってたんだね」彼女が言う。
「うん。ゲームばっかりやってるよ、僕」
「わかる、私もドハマりしたし」
この世界のゲームは、ディスクとかじゃなくて、缶の形をしている。起動には瓦斯を使うのだが、投入した瓦斯の量に応じて、遊び方のレベルが変わる仕組みだ。
ロウ・オン……普通のテレビゲーム。
ミドル・オン……ヴァーチャルとコントローラ。
フル・オン……意識転送。
このフル・オンってやつが、なんかもう、笑っちゃうくらい半端ない。
意外というか当然というか、この世界における芸術媒体の主役はゲームである。僕らの世界の映画ばりの印象、あるいは越しかねないニュアンスでゲームというジャンルが隆盛しているのだ。体験に勝る感動はない。僕らの世界でも根本の原理は一緒だと思う。小説より漫画、漫画より映画、映画よりゲーム……表現の可能性はその順で高くなる。ただ僕らの世界では、複数の人の手が混ざらざるをえないことや工程の複雑さ、製作期間の縛り、コストパフォーマンスなどが原因で、実際の完成度は逆になりやすい。制作難易度の問題だ。一番簡単に作れる小説はそれだけに描きたいものを描きやすく、ランダムな体験が前提になるゲームでは、それは至難の業。
だけどその分、完全にポテンシャルを発揮したゲームは、映画なんて比べ物にならないほどに刺激的となりうる。そしてここはアートの楽園。クオリティの限界値が高いゲームにこそ、こぞって才能が集まる、そんな世界。
元からゲーマー気味だった僕から見れば、天国もいいところである。
そして……。
「これ、ホラー?」フーフーが、缶を指差して聞いてくる。
「うん。テラーってアーティストが作ったやつ」
ホラーほど、ゲームが活きるジャンルはない。
「テラーね、知ってる知ってる。あのおっかない人。ホラーかぁ」
「どうせならミズノのプレイ一緒に見ようぜ」そう言いながら、パレードは、もう使い魔からヘルメットみたいなヘッドセット取り出していた。ゲームは使い魔を経由することで、みんなで同じ視点を共有できる。
「いいねいいね。ただホラーなら、私叫びすぎてうるさいかもよ?」
「問題ないさ、な?」
僕は頷きながら、使い魔(段々天狗っぽくなってきた)を取り出して、ついでに缶の上部の注入口に瓦斯を吹き込んだ。この世界、どんなゲームでも使い魔経由でアクセスできるインデックスから無料ダウンロードできるのだが、フル・オンでプレイするには相応の瓦斯が必要になる。だけどクローンは、誕生から
缶を使い魔の頭にハメると、形がヘルメットっぽく変化する。椅子をリクライニングにして、僕らはみんなでヘッドセットになった使い魔を被り、スイッチを入れた。
体から一瞬力が抜けて、すぐに起動画面へ。「同調を許可しますか?」というポップアップに、使い魔への命令と同じ要領でイエスと答えると同時に、視界が白み始める。
酸の湖、ひび割れた岸辺、わずかな緑、うだる太陽……オープニングで一度だけ訪れた、意味深な風景のメニュー画面。
タイトルは、”白線”。
「あーあー、聞こえてる?」フーフーの声。
「問題ないぜ」今度はパレード。
「はじめるよー」僕はつぶやきながら、コンティニューを選択する。この辺りの仕組みが僕らの世界と似通ってるのは、元プログラマーのクローンが、プログラムという発想自体をこっちに持ち込んだかららしい。
画面は一度暗転。バニラ色の光が波紋のように広がり、やがて足元に確かな感触を覚える。
僕は茶色く汚れた牢獄のような場所に立っていた。
腕を見れば、明らかに僕のものじゃない太い腕に蛇の入れ墨が入っている。服は白一色の汚れた囚人服だが、暑かったり寒かったりはしない。でも、涼しい風がどこからか吹き抜けてくるのはわかる。初プレイでは、これだけのことでかなり感動した。体の
「うわ、暗いなぁ」フーフーの声。同時に視界に、白い線が走った。「あれ? 今のはバグ?」
「違うよ、あれが白線」僕は答える。「このゲームのキー。あ、僕、ゲーム中に喋るの全然気にしないから、いくらでも話しかけて」
「あ、そうなの?」
「最近じゃ、ゲームしながらパレードの話聞くこと多いし」
「そうだなぁ……」パレードのつぶやき。「じゃあ今日はあれだな。クローンについて少し説明してやろう。ついでにゴブリンのこともな」
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