第23話 実況プレイ
牢獄の扉を開け、監獄を探索する。
「そういえば、僕らって生まれた順番が近いんですね」
「間がゴブリンだから、実質連続だな」パレードの声。
「えっと、つまり?」
「うーんとなぁ……ま、最初から話すか。クローンってのは、大抵が二十代くらいの体で生まれる。子供や老人が生まれることは基本、ない。道理はわかるだろ? その辺の奴らが一番こっちの世界にとって役に立つからね」
「確かに」
ちょっと迷いながらも、階段までたどり着いた。
「が、理由は多分それだけじゃない。クローンの肉体は、実は成長することができないんじゃないかって仮説がある。恐らくは老化しかしない」
「え?」看守から隠れつつも眉をひそめたが、でも、よく考えたら全然大した話じゃないことに気がつく。「でも、それって大人なら普通のことですよね?」
「理解がお早い」フーフーが天から褒めてくれた。
「その通り。今までで一番若かったのは、多分、十六くらいかね。てか、そいつのお陰でクローンの体が成長しないってことがわかったわけだが。そのキルシュって男は明らかに成長期の面影を持って生まれたのに、そこから身長が少しも伸びないまま、なんだかバランスの悪い老け方をしちまったのさ。つってもまあ、本人は毛ほども気にしてないっつうか、むしろ楽しんでるけど」
「そんな人がいたんだ」
視界に白くノイズが走る。これがこのゲームのキーだ。この白い線は、ステージごとに決まったタイミングで、決まった形状に視界を不自然に塗りつぶす。
「人間の脳ってのは、思春期までは勝手に成長する」
パレードは続ける。
「どんなバカでも最低限は思春期まで育つだろ? そこで成長を止めちまった連中が、一般的にガキと呼ばれる大人たちだ。逆に言えば、脳が思春期まで育つためには肉体の成長が伴わなければならない、ってことかもしれない。だから多分、クローンは大人しか生まれない。十分に成長した魂しか呼ばれない」
「なるほど」ということは、自分は大人と区分されたというわけか。少し嬉しいな。
……で、網膜の上に貼られているみたいに邪魔なこの白線は、だけど、その裏側に自分が隠れることができる。白線で相手を遮ると、相手からも自分が見えなくなるのだ。このゲームは、徘徊する看守(明らかに化け物)に見つかるとアウトなのだが、そいつに白線を重ねるように自分の視点を移動させることで、目の前を堂々と横切れる、そういう仕掛けである。
「……んがしかし、一度だけ、お前らを生んだザ・プールがいきなりバグっちゃったことがある」パレードの声。「異臭、異音、不純物……絵に描いたような誤作動だったね。理由は今もって不明だが、とにかく、そんなバグの果てに生まれちまったのが、明らかに子どもの魂を持っていたあのゴブリンさ」
「なるほど」
「あの時のゴブリンはそりゃあヤバイ状態だったよ。体は変色して溶けかけてるし、あっちこっち欠けてるしで、スライムみたいな有様だった。イヴはゴブリンみたいだって言いながら鼻をつまんでたがね。結局それが名前になった」
ひどっ。
「まあ、あれはあれで可愛かったよ。私が
「ほとんどパレードでしょ」フーフーが否定する。「私は絵本を見せたりたまにご飯あげたりしてただけだもん」
「異様に臭いうんこ片付けたり呼吸器を取り付けてやったりな……まあ、体だけでも色々と大変だったゴブリンだったが、本当にヤバいのはそこじゃなかった」
「えっと、子どもなのに、成長しないってことですか?」敵の影に合わせて白線を移動させつつ(つまりは敵を見つめ続けながら)、僕は聞いた。
……そろそろかな。
「うん、それもやばいが、それ以上にまずいことが一つ」パレードは続ける。「使い魔がね、いつまで経っても現れなかったんだ」
「あぁ……」僕は納得。「それはやばいですね」
「使い魔がいないとこっちの世界はマトモに生活できない。言葉や瓦斯はもちろん、防犯から何まで全部使い魔を通すからな……例えば、行方不明になっても誰も居場所を把握できないし、他人の悪意ある魔法をブロックできない」
「なるほど」
「が、しかし、実はそれが光明だったのさ」パレードの声が急に明るくなった。「使い魔ってのは防衛機能に基いて、人の瓦斯を弾く仕組みがある。瓦斯が直接譲渡できないのもその原理だ。逆に言えば、使い魔さえいなければ、本来は他人には施せない魔法まで受け入れることができるってわけ。話、見えたかい?」
僕はついつい頷いた。画面が上下に揺れる。
「アイドル……ですね?」
「そ。ゴブリンに対してなら、他人でも体をアーティストと同様の状態にする魔法が使える。当然、莫大な魔力が必要だけど……人の体を造るプロで、魔力が腐るほど余っている奴が一人、この世界にはいるだろう?」
そうか、だからイヴは……。
ところで、そろそろ来る頃だろうな。
3、2、1……。
想像より二秒遅れて、首を掴まれる感触。
引き倒されて、視界いっぱいに逆さまの、魚人のような黒子の顔。ひび割れた咆哮。
フーフーの悲鳴。
覚悟してた僕は、大丈夫。
でも、噛みちぎられてゲームオーバー。わざとだけど。ドッキリが成功して嬉しい。
「うわっ!? ちょ、めっちゃビックリした! 何今の?」フーフーの興奮した声。
「えっと、このゲームの仕組み、わかった?」湖の中らしきゲームオーバー画面を映したまま、僕は聞く。
「うん。視界の中の白いノイズで敵から隠れるんでしょ?」
「そうなんだけどさ……ゲームオーバーの時、背景が白かったのわかった?」
「ああ、うん、たしかに」
「えっと、あの視界の白線はね、実はただのノイズじゃなくて、異次元の覗き穴になってる」コンティニューしながら、僕は説明。「線が白いのは、そこの次元が一面真っ白の世界だから。こっちからは見えるだけで干渉できないんだけど……向こう側の白い世界には、今、僕を殺した奴が徘徊してるってわけ。アレに見つかっても、ゲームオーバー」
「へえ……そんなのクリアできないじゃん。どうするの?」
「対策は簡単、手で眼をふさぐこと」
さっき死んだ付近まで戻った僕は、実演して視界を真っ暗に。
「この間は、白の世界からこっちが見えない。奴の行動には周期性があるから、こっちを見るタイミングを把握して、目を閉じてやり過ごせばいいってわけ」
「はぁ、なるほど……」
と、フーフーが呟いたあたりで、僕は手をどける。
ドクロのような看守の顔が、視界いっぱいを埋め尽くして、甲高い叫びが響いた。
また、フーフーは絶叫。
ゲームオーバー。
やった、二回もうまくいった。
「……目を塞いでる間は白線が消えるから、その間に看守に見つかると、もちろんゲームオーバー。だから、目を開ける瞬間が一番怖い」
「心臓に悪いなぁ、もう」と言いながら、フーフーは笑っている。「なるほど、そういうルールなのね」
「このゲームはようするに、二種類の敵の周期を把握して、正しい位置に移動して、タイミングよく目を閉じる時間パズルってわけ」
「よくできてるよな」と、パレード。「テラーってやつはこの手のゲームを作るのがホントにうまい」
そう、本当に、よくできてる。流石はアーティストの作品だ。フル・オンでしかできない演出が多いのも嬉しい。看守を避けるためには、時には首を傾け、時には逆さまになってでも白線を相手に重ねなければいけないのだ。
「できれば魚人を視界に入れておきたいのに、移動する看守から隠れようとするとドンドン視界から外れてくのがニクいよ……で、結局ゴブリンはイヴが保護したってこと?」僕は聞いた。
「うん。イヴが自分の使い魔を加工して作った肉体の中に、ゴブリンの魂は繋がれた。そうすれば擬似的に使い魔の恩恵も受けられるからな。かくして世界一持たざる女の子は、持たなすぎたのが功を奏して、何もしないまま世界一の魔力と不老不死まで手に入れてしまったってわけ」
「不老不死なんだ……」
「イヴの魔力は底無しだからな。二人分不老不死にするくらい余裕なのさ。ああ、お前ってあの日さ、指舐められたじゃん? あれはね、水槽で生活してた時代のゴブリンの数少ない遊びだったのさ。指もなかったからね、ゴブリン。自分から人に触れるには口を使うしかなかった。だから、未だに人の指を舐めてると落ち着くんだと」
「泣ける話ですねえ……というか、じゃあパレードって、ゴブリンの親みたいな感じなんですか?」
「感じというか、パレードはゴブリンにママって呼ばれてるんだよ」フーフーが答える。「イヴはパパだし。私は、親戚のおばさんポジション」
「私はクローンはみんな自分の子どもだと思ってるぜ?」パレードが露骨にふざける。「お前も私に甘えたかったらママって呼んでも構わんよ」
「……どっちかって言うと、パパですよね?」
「好きな方で呼べ……ってかミズノ、目、閉じすぎじゃね?」
「あっ」
とっさに目を開けたら、案の定、すでに看守に見つかっていた。
僕とフーフー、二人分の絶叫が重なった。
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