第18話 可愛い、ココル

__満員の子どもたちに最高の劇を見せること!

 ……ココル、夢を問われ



 最初に目についたのは、白と、かなり赤よりのピンクがトーンになっているサラサラのミディアムヘア。それと頭上の、ウサギのようにピンと張った薄紅色の耳。

 瓦斯の煙が晴れた先に蹲踞そんきょの姿勢で座っていた生き物は、やっぱりほとんど裸だった。

 滑らかな肌。

 二つの胸

 細い脚。

 ……毛皮。

 隠すべきところだけを最小限隠すように、模様のように際どく、淡桃色の毛が体を這っている。胸のあたりはほとんどヌーブラみたいな感じだ。つまりはレベッカに負けず劣らずなデザインの肉体だったわけだけど(実際きついが)、それでも彼女のような直球のセクシーさとはまた違う、むしろ神秘的とさえ言えるような妙な雰囲気を漂わせたアイドルだった。

 そう思わせた理由は多分、顔。

 人間とは少し違う、なんとも名状しがたいかたちのせい。

 顔の造形に詳しくない僕には、この人の何が人っぽくないのかうまくは言えないけど……強いて言えば、鼻の形か。シュッと通っていて、犬や猫みたいに、少し下を向いている。

 とても不思議な生き物だった。

 これは妖精? 異種族? 宇宙人?

 一番近いのはきっと、何かの擬人化だろう。全身の印象も合わせて、月の兎を人にたとえたって表現がピッタリな気がする。肌の色もどことなく赤みがかったピンクっぽいというのか、人の肌とは少し彩度が違う。まさに人形らしい感じ。

 つまりはかなり、いや、死ぬほど美しかった。純粋に完成度の高いシルエットと妖しげな色気に、芸術品として素直に見惚れてしまった。

 ……でも、怖かった。

 理由は簡単、顔が……というより、目がおかしかったからだ。他のアイドルたちと比べても一際ひときわ大きなショッキングピンクの瞳。その、メカニカルな動き。僕の使い魔を眺めるたびに、キョロキョロと黒い瞳孔だけが動いて、虹彩はそれに引っ張られるように遅れてついてくる。目の中でボールがボヨンボヨンと跳ね回ってるみたいだ。

「で、何してるんだココル」ジョーカーが尋ねた。

「デフォルトの使い魔をね、一回見てみたかったんだよ」ココルと呼ばれた生き物が、聞き取りやすいハッキリとした声でそう答える。かなりのアニメ声。「いるのに気がついて慌てて跳んできちゃった」

「お気に召したかい?」

「こういうのって実際に見るとフーンって感じだよね」そう言って立ち上がったこの人の名前……ココルというのは、確か聞き覚えがある。自作のイデア式ボディを使っているアーティスト、だったような。

 ココルは不気味な吊り目で、僕を見下ろした。

 大きな瞳の中で、虹彩がキュッと猫のように絞られる。

「えー……ちょ、ストレートだなぁ」わざとらしく、胸と股を手で覆って口元を歪めた。「それはさっきのレベッカに対して? それとも私に?」

 一瞬、何を言われたかわからなかった。でも、ココルが睨む先にある僕のライトニング・バキュームに気がついて、ドキリとする。

「え? あ、いやいやいや、ちょ、これどうやってしまうんですか?」

「ああ、うん。使い魔に持たしてやんな」ジョーカーが答える。「使い魔は、収納できるように加工された品なら自由に出し入れできる。容量は魔力次第だけどね。試してみな」

 使い魔を引き寄せて、その手にアレを持たせる。そのまま、しまえと念じてみたら、あっさりと黒い円筒は使い魔に吸い込まれていった。本当に簡単だな。

 バキュームを格納したら、ニュニュっと使い魔の形が変化した。

 丸い玉が二つ、足的な場所に膨らんできたのだ。

 げっ。

 周りの三人も、そして僕も吹き出した。

「あっはっは、これはちょっと可哀想」と、タオシェン。「最初にそれしまっちゃったらこうなるんだ」

「君は……スケベなクローンなんだね」ココルはジトッとした目を僕に向ける。「君のことはこれからバキュームって呼ぶよ」

「ちょ、勘弁して下さいよ……」

「ココルがエロいのが悪い」ジョーカーは庇ってくれない。「ミズノは男として健全そのものだ」

「男っていつもそれ」シャーッと、ココルは顔をしかめる。「どー考えても興奮する側の自己責任じゃん……てかその発言セクハラじゃない?」

「セクハラはお前の格好だ」ジョーカーの鋭い指摘。「エロいと言われたくなかったら股の毛皮を増やせもっと」

「やだよ、パンツみたいでダサいもん。えっちなこと思うのは勝手だから口に出すなっての」

「言うだってこっちの勝手さ」

 この二人、仲はいいみたいだ。

 ジョーカーを睨んでいたココルの視線が、機械的な動きで僕に移った。「別に私、露出狂とかそういうわけじゃないんだよ、バキューム・ボーイ」

「……ミズノです」

「そもそも私ね、服着るのが嫌いなの」僕の言葉は無視して、彼女は腕を頭の後ろで組んでポージングする。「俗に言う裸族ちゃんだね。でもホントに裸で外歩くと寒いし、やっぱ怒られちゃうじゃん?」

「それで、毛皮生やしたんですか……」

「……生やしたってわけでもないんだなこれが」ココルは今度は前に腕を組んでそう答える。「最初はね、毛皮を体に直接生やそうかとも思ったけどさあ、それってつまりねぇ」ぐいっと、耳元に顔を寄せてきた。「上や下のゴニョゴニョを消すってことでしょ? それはちょっと勇気いるよねー、人間的に」

「まあ、ありえないわな」ジョーカーも同意する。「下は言わずもがな、乳首も男女を問わず必要不可欠だ」

 …………。

「だけど、じゃあ、服でもないんですよね?」ココルから身を引きながら、僕は聞いた。この人の何が不気味って、どんな表情をしていても目がギンギンに開きっぱなしなのだ。それが怖い。

「簡単に言っちゃえば、体に毛皮貼り付けてるだけだね」ココルは口をすぼめて肩をすくめる。「毛穴単位でシールをいっぱい貼ってるイメージ。体と同じ由来の毛を使ってるから着てるって感じは全くないの。ほら、見て見てバキューム!」

 そう言って彼女は後ろに使い魔を召喚した。大きな幼稚園児くらいの大きさの、ウサギのピエロだ。

「はっ!」

 叫ぶと同時に、ココルの全身が白と桃の柔らかそうな毛皮に覆われる。普通にびっくりした。「じゃーん、冬毛皮モード。かわいいだろ?」と、不気味な笑顔で微笑みながら、彼女はもふもふの腕を僕の頬に擦り付けてきた。

 とろけるほど気持ちよかった。質のいい食パンみたいだ。

「というか、あれ、この体私が自作したっていうのは知ってるのバキューム?」

「えっと、そういう人がいるという話はパレードから……」

 答えながら、でも顔が怖いので直視もできず下に目をそらすと、目前で2つ揺れるものがある。

 なんか、よくない扉が開きそうな気が……。

「頼むよ、その姿で一回だけ抱かせてくれ、文字通りの意味でもいいから」とっくに全ての扉を開け放ってる人の手が、ココルの肩に。

「くぉらー! ヤメローッ!!」甲高い怒鳴り声とともに、彼女は恐ろしく軽やかにバク転して、ジョーカーを払い除けた。うさぎみたいな丸い尻尾が一瞬見えた。「いい加減怒るぞエロジジイ! 私に触っていい男はイヴだけなの!」

「いいよなあ、イヴ。俺もいつか抱いてほしいものだ」

「うん、ホント素敵」

「そこ意見が合うのはおかしいよ」タオシェンが笑うのに合わせて、なんやかんや、喧嘩していた二人も笑った。

 この人が、ココルか。

 なんか……。

 胸焼けがする。

 手を団扇うちわにして、顔をあおいだ。

 なんともキャラ作りがギットギトな人である。まだ若いのかな? いい歳でこれやってるんだとしたらだいぶキツイ気がする。体が老いる事のない人たちにこんなこと言うのはナンセンスだろうか。

「ココルは人形作家なんですか?」僕は聞いた。

「いや、ホラー作家だ」ジョーカーが答える。

「メルヘン!!」毛皮を元に戻しながら、ひときわ大きな声でココルが吠えた。「余計なこと言うな! 先入観になったらどうすんの!?」

「えっと……」僕はなんとなくタオシェンの顔を見た。この中では一番マトモなことを言う人だと思ったから。

 でも、タオシェンも苦笑い。「まぁ、見てみれば?」

「ココルちゃんはね、人形と言わず児童向けデザインならなんでもするよ。こんな感じでね」

 ウサギのピエロが、僕の前に光る額縁を持って出現した。

「じゃじゃーん、自信作!」

 ココルの合図で、額縁の中に童話的な風景が描かれた絵が出現する。デフォルメされた猫とウサギが二匹並んで空を指差してるのを、正面から見た構図だ。夜空には顔のある星が輝き、一面には様々な花が咲いている。

 桃色と白と黄色と、ちょっとの青で構成された、明るい色味。

 確かに、メルヘンだった。

 そんな可愛い絵を、僕は二度と見返すことはできなかった。

 総毛立つ。

 頭の中で、血のブザーが鳴り響いた。

「おぇっ!!?」

 と、派手なえづき。

「うん、まあ、そうなるよな」ジョーカーが、鼻で笑う声。

「……そうかそうか、君もそういう反応をするんだね」ココルはいかにも残念そうにため息をつく。「こんなに可愛い絵なのに、バキュームもホラー扱いするんだ」

 それが冗談なことくらい、僕でもわかった。

 それくらいハッキリと気持ちが悪かった。

 僕は胸を押さえて、削られた正気度サニティを落ち着ける。

 ……描かれていた景色は、確かに童話的なテーマだった。何もグロくない。血の一滴さえ描かれていないメルヘンの景色。

 純粋に、絵のタッチがイカれていたのだ。

 原始的な警戒心をあおる絵本のキャラクターや、デザインからかけ離れた顔となってしまった遊園地のきぐるみ、中途半端にリアルなマネキン……その手のものたちから感じられる不気味さの、正体とも呼ぶべき究極のデザインバランス。

 僕は鳥肌を抱きしめつつも、同時に信じられないくらい感動もした。一気にココルというアーティストが好きになったほどに。

 なんて……センス。

 これ、世界一怖い絵なんじゃないか?

 タッタの一瞬で、魂に引っかき傷ができた。

 間違いない、この人は天才アーティストだ。

「……おーい、バキュームぅ」絵の下から、うつむく僕を覗き込むココルの大きな瞳。

 常人とは明らかに違うものを捉えているピンクの目が、笑っている。

 化け物の目ン玉。

 今わかった。

 この人、嘘つきなんだ。

「もっかいちゃんと見てよぉ? よく見たら可愛いかもしれないでしょ?」

 悪意に満ちたささやき。

 僕は思いっきり顔をしかめてみせた。

 冗談じゃない、二度と見るものか。

 こういうのは油断してると、本当に夢に出るのだ。

「あーそうでしょうね!」ココルは、わざとらしくスネた様子を見せながら絵を消した。「かわいそうなベベルとレンレン、今日も心無いスケベ人間に顔が怖いって言われちゃったよぉ」

 ……僕は今更、どうして彼女がこんな露骨なキャラ作りしてるのかがわかった気がした。逆説的なホラー画家としての自信の表れだったのか。

「見ての通り、ココルはとてもなメルヘン作家だ」と、ジョーカー。「絵も凄いが、本業は機械人形だな。そこに出てくるようなキャラクターが雰囲気そのまま歌って踊るテーマパーク、ココル・ランドが彼女のメインの仕事場だよ。体裁ていさいは子供向け遊園地だが」

「泣かない子どもいるんですかそれ?」

「ははは……あそこはヤバいぞ? ココルをアーティストたらしめるものは作画ではなく、アニメーションだ。さっきの絵なんて可愛いもんさ。ココルのキャラクターたちは動いてからが本番だ」

「ひえー……」

「ああ、またココルは悪口言われるの、なぐさめてカタンちゃん」ココルは作った涙声を上げながら、僕らに背を向けて自分の使い魔を抱いていた。

 ほんと、キャラとかはあざといのに……。

「まあ、アーティストって、性格も作品も変わった人たちばっかりだよ」タオシェンが僕の気持ちを代弁してくれた。「これだけ小細工きかないルールでテッペン行っちゃった人たちだもの、普通じゃ収まらない。一般人は肩身が狭いね」

「何が一般人だ、嫌らしいぞ最高傑作」今度はジョーカーが代弁。「ミズノも騙されちゃいけない。タオシェンはこちらの世界に来たすべてのクローンの中で最も成功した人間なんだから」

「ツイてたんだよ、スゴく」と、タオシェン。「君たちと差を感じるのは本当だよ。ワタシなんて借り物の知識で頑張ってる凡人さ。それなのに、まさかこんなに可愛い体もらえちゃうなんて、生まれ変わってみるもんだね」

「えっと、つまりタオシェンは……」

「男だよ」

「あれ?」

「ほら、外国……えっと、つまりニホンとかでもさ、こう、デフォルメされた中国人の料理人の絵って見たことない? こんなポーズの」そう言ってタオシェンは袖に両手を入れて、目を細くして口をすぼめた。「こういう、太った料理人のやつ。頭なんかハゲに三つ編みつけたみたいな感じの」

「ああ、わかりますわかります」と言いつつ、おどけるタオシェンのとびきりの可愛さに思わずキュンときた。

「ワタシの元の体、あのまんま」タオシェンは幼い顔でニコニコしている。「流石に辮髪べんぱつにしてたわけじゃないけど……似すぎてて嫌んなっちゃうよ。それにさ、向こうじゃ隠してたけど、中身は女ってヤツなのね、ワタシ」

「はえー……あ、それはもう良かったといいますか……」

「ホントホント! しかも、世界一可愛い女の子だよ? もしワタシが向こうの誰かのクローンなんだとしたら、オリジナルに申し訳ないくらいに幸せだ」

 なんか、温かいエピソードに思えて、ほっこりした。

「夢にまで見た女の子の体で、国家元首よりずっと資産家で、さらには不老不死ときたもんだ。人生ってわかんないものだね」

 それは全くそのとおりだ。僕も、いったいなんの因果でこんな世界に……。

 ……ん?

「え、不老不死?」

「うん、パレードと一緒でね」

「パレードぉ?」

 タオシェンは僕の顔を見て、しばし目をパチクリさせた。

 ジョーカーが吹き出し、ココルがキャハハと笑う声。

「あぁそっか、パレードって隠し事好きだから……」タオシェンも気づいたように笑いながらため息をつく。「ワタシのときもしばらく隠されてたもんなぁ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ」僕は頭をかく。「不老不死って……え、不老不死ですか?」

「パレードはねえ」ジョーカーが耳元に顔を寄せてくる。内緒話をするみたいに口に手をかざしていた。

 低い声が、ゾゾッとささやく。

「あの人、実は二百年くらい生きてんだよ」

「にひゃっ……」

 ちょうどその時、マカの残虐ショーを見残っていたアーティストたちが、ホールの入口からゾロゾロと入場してきた。

 先頭でキョロキョロと首を動かす、透け透けドレス。

 パレードが僕を見つけて、なんだか懐かしい気がする笑顔を見せた。

「お、いたいた……あれ? なんか、わけわからん奴らと一緒にいるなぁ、ミズノ」

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