第17話 教えて、タオシェン

__冷静に考えて、これが一番すごい魔法だよね。

 ……タオシェン、使い魔へのコメント



 僕はびっくりして、タオシェンのことをジロジロと見つめてしまった。僕が抱えていた謎の症状を、ピタリと言い当てられてしまったから。

 そう、僕は今、脳みそを吐きそうなのである。変な言葉だと自分でも思うが、そうとしか言えない。

 黙って頷いた。

「うん、それ、クローンならみんな体験することなんだ。すぐ治せるよ」タオシェンは僕の手を握る。柔らかい女の子の手だった。「まずは一回深呼吸。そこ座って」

 振り向くといつの間にか椅子が出現していたので、言われた通りに座り込んでから、深呼吸。

「適当にリラックスできたら、頭の中の違和感に集中する。球体を意識するとうまくいくよ」

 黙って、従う。

「球、見えてきた?」タオシェンの声。

「……多分」

「じゃあそれを、ギュッとおでこの方に押し出して、ポンと吐き出す。それだけ。ちょっと痛いよ」

 言われた通りに。

 頭の中を、粘っこい何モノかが動くのを感じる。ものすごく不思議な感覚だ。これ、タオシェンが訳知りじゃなかったら相当焦っただろう。

 イメージの中で違和感を押し続けて、今、前頭葉からはみ出したかな? と感じた瞬間、ポンと耳の奥で音がした。

 痛かった。

「あたっ!?」

「うん、出た出た出た」タオシェンの手が僕から離れた。「見てごらん」

 頭を押さえて、顔を上げる。

 風船みたいな白いオバケがそこにいた。

 のっぺりとハンペンのように長い腕と、大きな口と、明らかに飾りでしかない目以外に特筆すべきものがない落書きみたいに雑な何かが、いかにも頼りなさげに目の前に浮いていた。

「はい、これが使い魔だよ」のほほんとしたタオシェンの声。

「これからの人生、ムスコ並みにながーく付き合っていく相棒さ」ジョーカーが軽く拍手をしている。「よければキスでもしてあげな」

 使い魔。そうか、僕にも……。

 なんか、自分が一気に知らない世界の住人になってしまった気がしてきた。

「ほら、とりあえず動かしてみろ」

「動かす……」

「イメージするだけでいい。とっても簡単だよ」

 言われた通りに右手を挙げさせようとしたら、向かい合ってるせいなのか、左手が上がった。修正してしばらく手を上下させて、ゆるゆると空を飛ばせてから、手を叩いて盆踊りっぽい動きを作ってみる。

 パフッパフッと、小気味よく気の抜けた音。

 ノッてきた。

 消せるのかを試したら、あっけないほど簡単にできた。出現させるのも、同じくらい簡単だった。

 また、盆踊りを繰り返す。

 うん、普通に思い通りに動く。頭のなかで操縦してるイメージだが、レスポンスのおかげで慣れれば手足の如く操れそうだ。いよいよ僕にも魔法が使えてしまった。これでめでたく、僕がかつがれている最後の可能性がついえたわけだ。割と感動的。

「いいね、コツ掴むの早い方だよ」タオシェンが眩しい笑顔を僕に向ける。「これはね、使い魔のデフォルト状態の姿。全く面白みがないでしょ」

「白紙って感じですね」

「でもおかげで、最低限の機能だけ持ってるのがわかりやすい。作業の手伝いをする手と、瓦斯を出し入れする口。使い魔って、言ってしまえばそれがほとんどなんだ」

「へえ」

「こっから先、こいつがお前の人生の片割れだ」今度は、ジョーカー。「作品を採点するのも瓦斯を使うのも魔法を扱うのも、全部使い魔を通さなきゃ話にならん」

「ワタシらがいた世界で言うところの財布であり、カバンであり、ついでにマスコットでもあるってわけだね。あと、スマートフォン? ワタシはそれ知らないけど……作品の検索だって使い魔経由だし、それが一番近いって、最近のクローンが言ってたよ」

「なるほど」改めて自分の使い魔を見てみる。これからこいつが相棒だと考えると、なんとなく愛着が湧いてきた。それこそ、新しい靴やスマホを買ったみたいに。

「本当は使い魔って、遅くとも三歳くらいまでに自動形成されるものらしくて……クローンの使い魔は、形成が早いけどその分無理やりなのか、ちょっと痛いんだよね」

「はあ」わかるようなわからないような。

「でも、こうやって召喚できるようになる前から実は機能は働いてるんだよ。言葉を通じさせたり」

「あ、それ聞きたかったです」すごく気になっていたことだったので、僕は思わず食い気味で質問してしまった。「なんで僕らは言葉がちゃんと通じてるんですか?」

「使い魔が勝手に翻訳してくれてるからっていうのが最有力説」タオシェンは答える。「ほら、使い魔はイメージで操れるだけあってさ、機能が明らかに脳と直結してるんだよ。脳の一部とさえ言えるかもしれない。だから言葉も、使い魔が勝手に意訳してるんだろうって話だよ」

「……それ、メチャクチャ凄くないですか?」当たり前のことを僕は言う。「ちょっと信じがたいレベルなんですけど」

「細かいことは聞かないでくれ」横からジョーカーが口を挟んだ。「実を言うと、俺たちにとっても使い魔ってのは色々と謎なんだ。ただ、言葉が翻訳されてるってのはすぐにでも証明できるぞ」

 グイッと、ジョーカーが僕のアゴの引いて顔を寄せてきた。

 一瞬レベッカの顔がよぎって、不覚にもドキッとした。

「うわっ」

「いいか、今から俺の口に注目しながら、言葉を聞くんだ」

「はい……」

「……オ・マ・エ・サ・ッ・キ・レ・ベ・ッ・カ・ニ・オ・ッ・パ・イ・ア・テ・ラ・レ・テ・ム・ラ・ム・ラ・シ・テ・タ・ケ・ド・ジ・ツ・ハ・カ・ナ・リ・ノ・オ・シ・リ・ハ・ダ・ロ……」

 僕はビックリしながら、ジョーカーの言葉を聞いていた。

 名前以外の一音一音が、はっきりと口の動きとズレていたからだ。しかも、意味が通じない最初のうちは、明らかに音に濁りを感じた。

 うわ……マジか、これはすごい。腹話術みたいだ。脳科学者が見たら卒倒しそうな景色である。

 というか、この人どうして……。

「レベッカとはもう会ったんだね」と、タオシェン。「それでムラっときちゃったってわけ?」そう言って、僕がまだ掴みっぱなしのアレを指差した。

「いや別にそういう訳じゃあ……」

「ははははは」ジョーカーは他人事みたいに笑っている。「ま、ともかくこれで翻訳が本当なのはわかったろ。これに関しては正直俺らも原理がわからず困りっぱなしでね……この世界にはいくつかそういう古代魔法オーパーツがある」

「オーパーツ、ですか」

「そう。誰が作り出したかもわからない、現代を遥かに超えた魔法技術の結晶。使い魔だってそうだし、お前らを産んだザ・プールもそのうちの一つだ。異世界とつながり、生命を産む巨大有機的子宮なんてものを作れるなら、俺たちは君らについてもっと詳しいはずだろ?」

「はぁ、なるほど……」

「ま、その話は後にしよう。とりあえず、今は使い魔の説明だ」

 僕の使い魔の横に、さっきも見た髪の長い女が出現した。今気がついたけど、この使い魔の肌の質感って、明らかに……。

「どうだ、エロいだろ。俺の使い魔の男根女リリスだ。これを見ればわかるだろうが、使い魔ってのは自分でそこそこのデザインが可能なのさ。ちょいといじってみな」

 自分の使い魔を手元に引き寄せて、恐る恐る触ってみる。見た目よりは硬いけど、頑張れば角くらいはつけられそうだ。やたら硬くて、だけど粘り気のある粘土みたいな感じ。

「普通に生きてるだけでも、作品とか生活スタイルとか反映してそれっぽいデザインに変わっていくよ」と、タオシェン。「変なことばっか考えてるとジョーカーみたくとんでもないことになるから、気をつけてね」

「肝に銘じときます」

「まあ、使い魔ってのはどんなモノで、どれくらい大事かはここで生きてれば勝手にわかるよ。とにかく今は、実際に使ってみることだね。採点については多分教えてもらったっていうか、もうどこかで見せてもらったんだよね?」

「はい、ロッキーのところの水族館で」

「ああ、あそこね、うんうん。それじゃあ、瓦斯、吐いてごらん」

 これには少しだけ手こずったが、やがてコツを掴んで、プーッとタバコのように白い瓦斯を吐くことができた。

 間違えて、自分に向かって吹きかけてしまったが。

「ぷわっ」少し、冷たい。

 瓦斯は僕の顔の周りで、しばらく停滞する。

「それがデフォルトの瓦斯。自分の関わった作品以外に吐き過ぎちゃうと、ペナルティでしばらく出せなくなっちゃうよ」

 へえ……迷惑行為防止機能までついてるのか。変なやつが辺り構わず吐き散らしまくったらウザいってことか。

 瓦斯はやがて、空気に溶けるように消えてなくなっていく。

 それに連れて見知らぬ誰かが、いつの間にか僕の使い魔を掴んでしげしげと眺めているらしきシルエットが見えてきた。

 それはきっと、アイドルで。

 ウサギかキツネみたいな耳が頭の上に生えていて。

 そして……ほとんど全裸だった。

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