第19話 ワールドデザイナー

 色々と言いたいことはあったのだが、まず僕の目を惹きつけたのは、パレードに手を引かれつつ若干気まずそうな笑顔を浮かべて近づいてくるマカだった。

 向こうでは、ゴブリンがイヴに駆け寄って行くのが見える。ココルも「イヴぅ!」と奇声を上げながらそちらへ動物的な素早さで跳ね飛んでいった。「腰つきのエロスは言い訳できんよなあ」と、横でジョーカーがしげしげと呟いている。ベルゼブブの姿は見えない。

「なんでよりによってジョーカーに捕まってるかな」パレードの呆れた声。「こんなに可愛い女の子でいっぱいなのに」

「レベッカとは軽く挨拶したがね」ジョーカーが答える。

「あ、そう。軽くね」

 なんて仲良く会話している二人を尻目に、僕はマカと向かい合っていた。

「お、おっすミズノ!」

 思わず、若者のノリというか、安っぽくともお約束に従いたくなる大学生的習慣が首をもたげた。

 ジトッとした目でマカを見つめる。

「あー……それはもしかして、ドン引きの目?」

 もう少し、同じ目を継続。

 ……実際、マカにはこっぴどくやられてしまった。

 人間を徹底的に痛めつける悪夢の拷問椅子の作者、マカブル。グロテスクと痛みの巨匠。目玉を視神経ごと引き抜いて患部を見せつけるとかいう狂気のギミックを作ったヤバイ人。

 その人が今、目の前でオロオロと焦っている。

「ま、待ってくれよミズノ、違うんだって俺は別に……」

「あ、大丈夫ですよ、話は聞きましたから」

「敬語になってるぅー!」

 なんてふざけを装いつつ、内心かなりザクッときているマカの顔。

 この人、中身は本当に普通の人なんだな。

「ちょ、ちょ、ちょっと、いや、勘弁してよ」マカは下に目をそらす。「少しくらいボディタッチしてもいいからさぁ?」

「あ、ほんと?」

「ウソだよ! なんでみんなこの一言で心変わりすんだよっ!」マカは安心したように吹き出した。「って、近寄んな近寄んなっ! ひゃあっ!? やめろジョーカーそこは……っ!? おい、ケツ触ってんのは誰だよっ!? パレードか!? わっ、ちょ、やめてっ……んっ……」

 うーん、やっぱダメだわ。

 僕、マカのこと大好きだ。

「その辺にしといてあげなって、不憫だよ」タオシェンが呆れて笑っている。「ミズノ、君は以外と積極的なんだね」

「レベッカには十秒でけちょんけちょんにされたくせにな」両手を上げて身を引きながら、ジョーカー。「バキュームの名は伊達ではない」

「たった十秒だったんですか、あれ」

「ああ、うん、レベッカに初めてキスされたときってビビるよな」息切れしつつ、マカも頷く。「挨拶なのに舌入れてくるし、俺なんかしばらく立てなかったよ……てか、バキュームってなに?」

「言いたくない」僕は口元を歪めて苦笑い。「それよりも、あの……パレード?」

「ん?」

 ニッコリと微笑んでる、パレードの顔。幼くて、可愛くて、桁外れに美しい。

 だけど……。

「二百歳って、マジっすか?」

「げ、聞いちゃった? もうちょい後でネタばらしする予定だったのに」パレードは大げさな身振りでため息を付いた。「そうじゃよ、わしゃもうちょいで二百の大台乗るスーパーお爺ちゃんなんじゃ。びびったか」

「いや、びびったかとかじゃなくて……ちょ、不老不死って、そんなのありなんですか? 魔法?」

 僕はわりと本意気でそう聞いた。いくら魔法の世界って言ったって、不老不死なんて人類永遠のテーマ、ほげーっと流せるわけがない。

「うん。ほら、魔法の瓦斯ってのは、魔力を高めるごとに形が変わっていくって話、覚えてる?」

「ああ、あの、はい」話を理解するモードの頭に切替える。「アーティストの瓦斯はオーロラみたくなる、ってやつですよね」

「そう、それが肉体交換ができる魔力の基準」パレードは頷く。「でも、正確に言えば私らって、肉体を取り替えてるわけじゃないんだな。使い魔って、もう出した?」

「はい、いちおう」

 そう言って僕は不用意に使い魔を……金玉オバケを召喚してしまった。

「げ」

 マカもパレードも吹き出した。

「ハッハッハッ、おぇ、ゲホッ、ウヒャヒャヒャヒャ……お前この短時間でどんだけジョーカーに感化されたんだよ!!」パレードは腹を抱えて笑っている。

「いや、だってあの、ライトニング・バキューム渡されて、収納したらこんなことに……」

「はは、それでバキュームか」と、マカ。「最初にバキュームしまうとこんなんなっちゃうんだ」

「これイジるの後にしてくれません?」僕は苦笑いしながら、使い魔を消した。

「ああ、そうだったな。まあとにかく、使い魔にものを収納できるのはわかってんだな? 使い魔には実は、もう一つだけ収納できるものがある。ずばり、使役者本人の肉体」

「なるほど」

「当然、誰にでも使える魔法じゃない。自分の体を使い魔の中に収納する魔法……それが使用可能になる魔力ってのがアーティストという称号の本来の基準なのさ。人形アイドルの体は、使い魔の中で絶対安静に守られた本人が遠隔操作してる。だから、体変えてるアーティストはみんな、不老ではなくとも不死ではある。寿命以外に死ぬ要因がない」

 僕はようやく、アイドルのことに少し納得がいった。元の体が保存されているということなら、体の性別を変えるっていうのもありかもしれない。

「アイドルに体変えるのはすごい便利だよ」パレードは近くのテーブルからカップを取って、お酒を飲む。「寝るも寝ないも自由、飯はさいあく無しでもいけるし、呼吸止めても大して苦しくない。痛みも一定以上のラインから感じなくなるのに、セックスはチョー気持ちいい。変えない意味がないだろ? そこのジョーカーや向こうにいるキャシーおばさんの方がおかしいのさ」

 パレードが目で指した方を見る。そちらには僕ら以外のほとんどのアーティストがつどってる一団があるのだが、その真ん中に、ワンカップ片手に椅子に座り込み、雄々しい姿勢で息を巻いている灰色の髪の女の人が見えた。

「あれはカサンドラ」ジョーカーが説明してくれる。「人類屈指の意志の硬さと口の悪さを誇るイケメンババアだ。彼女はイヴの少女趣味を、キモい、体を幼女に変えるとか正気じゃないと言い切ってはばからない豪の者さ」

 まあ、常識人とも言う。

「で、アーティストから更に魔力を高めていくと、瓦斯はもはや照らすだけで効果を及ぼす魔法の光になる」と、パレード。「その段階に至った人間のみが、使い魔の中の肉体を不老できるってわけ。で、使い魔は他人からの干渉を受け付けないから、まあ、端的に言えば不死身だな」

「はあ……」あまりわかってないけど、とりあえず納得。

「その段階の人間は、ワールドデザイナー、あるいはクリエイターと呼ばれる。正真正銘、アートの世界の神様なのだ。参ったか」

「魔力を高めるって言っても、作品を作り続けるんじゃダメなんだけどね」マカが横から補足。「世界のワールドデザイナーっていうだけあって、こう、なんて言えばいいのか……とにかく、自分のセンスで世界を塗り変えなくちゃいけないんだよ」

「そもそも例が少なすぎて、詳しいことは誰にもわからんがね」ジョーカーが肩をすくめた。「功績と功罪、価値観の変容……まあ、諸説あるが、不老化の魔法に至ったのを人類が確認したのが五百年の歴史の中でわずかに三度きりではなんとも言えん。初めにイヴ、次にパレード、最後がタオシェン」

 五百年で、三人?

 急に、タオシェンが弁財天か何かのように見えてきた。

「何一つ一般人要素ないじゃないですかタオシェンさん」僕は思わず、さん付けで突っ込んだ。「ベートーヴェンとかダ・ヴィンチとか以上の偉人だったんですか……」

「だから、身に余る評価だって」タオシェンは照れてるように首をかく。「偉かったのはワタシじゃなくて中華料理だからね。一人でこんだけのレシピを作ちゃった人がいたら、そりゃあ偉人だとワタシも思うよ」

 うわー……。

「……というかパレードって、人類史でも稀な感じの人だったんですか?」

「こっちからしたら、それを知らずに普通に会話してる君らが信じらんないからね」マカは口元を歪める。

「俺が生まれた頃から教科書に載ってるからな、パレードは」ジョーカーも頷く。

 そうか、だから街を歩いたときこの人は……。

 改めて、パレードの顔を見る。

 すぼめた唇に指を当てて、目いっぱいにまぶたを開いて上目遣いで、死ぬほどあざとく僕を見つめていた。

「どうだ、腹立つだろ?」ジョーカーが僕の気持ちを代弁してくれた。「パレードの何が只者じゃないかって、二百年も生きといてこんなノリを継続できる精神力だよな。俺でさえ二百年は性欲以外枯れかねない」

 それは確かに、そう思う(性欲じゃなくて)。二百年も生きてるんだとしたら、この人いくらなんでも若々しすぎるだろう。今日一日パレードと過ごした記憶をたどってみても、この人が実は二百歳近いの仙人とか全然ピンとこない。ソーラやジョーカーの方が年上に感じるくらいだ。というか、それくらい生きたら自然と落ち着くものじゃないかと思う。

 だって二百年前って、日本だと、黒船来航とかの時代? 歴史の生き証人じゃないか。

「クローンが来るたびに毎回毎回サプライズするし」タオシェンもため息。「よく飽きないよねぇ。その辺がやっぱ常人として差を感じるよ」

「私なんか可愛いもんだろ」パレードは言う。「イヴなんか三百年以上あのまんまだぞ?」

 三百年……江戸幕府なら、何代将軍? ってラインか。江戸時代から女の子が好きって、あの時代と今じゃ美女の観念さえ違いそうな気がするが。

「ベルゼブブなんて五百年ウンコ食ってるしな」ジョーカーが死ぬほど嫌な情報を追加してきた。

「……えぇ?」僕はあの化け物の顔を思い浮かべ、ものすごく苦々しい声を上げてしまった。「ベルゼブブもそうなんですか?」

「ベルゼブブはこの世界が始まったときからウンコの代名詞だからな」パレードは眉を吊り上げる。「ワールドデザイナー……まあ、私ら不老不死組ってのはね、文字通り、世界の根幹に自分と自分の作品を無理やりねじ込んじまった奴らなのさ。ベルゼブブはウンコ……ってかこの世の汚いもの全ての代名詞だし、イヴは美にまつわる天然信仰を人形で根こそぎ吹き飛ばした。タオシェンは単純に、この世界の食文化をまるごとそっちの文化で侵食しちまったってわけ」

 五百年という月日を思い浮かべる。日本だと、戦国時代? 織田信長と同い年のイメージ? 途方もないな。というかあのウンコ怪獣が最長老って、最悪。さっきはワールドデザイナー三人って言ってなかったか?

 なんだか、頭がごちゃごちゃしてきた。

 ……ので、僕は思考を一つ切り上げて、目の前のこと、つまり、パレードに集中することにした。

「それで……」咳払いしつつ、僕は尋ねる。「結局、パレードは何を造った人なんですか?」

「すげえカッコいいもの」パレードは答える。

「はぁ」

「お?」くいっと、形の良い眉毛がピクッと震えた。「お前、疑ってるな?」

「だってパレードって……」僕はチラッとマカを見る。

「ああ、こいつの椅子を見てたんだからお前も変態だろって思ってる? おいおい、あんなスケベ共と一緒にすんじゃねえよ、私、偉人ぞ?」

「えぇ……スケベって……」マカが顔をしかめる。

「そうだ、スケベは悪いことじゃない」

「ジョーカー、そういうことじゃ無いっす」

「いや、だから、それなら……」僕が話を戻す。「えっと、何をしてその……ワールドデザイナーになったんです?」 

「だから、パレードだって」パレードは答える。

「はい?」

「パレードはパレードをしたことでパレードって呼ばれるようになったんだよ。飯の前に教えたろ?」

 あっという間にパレードという言葉がゲシュタルト崩壊した。

「うーんと、そういうことじゃなくて……」ダラダラとパレードがバルコニーの方へと移動を始めたので、僕はぶつくさ言いながらついていく。「パレードがなんのパ……パレードをしたのかっていうのが聞きたいんですけど」

「お前、私が子どもじゃないって気づくの早かったくせに、これはわかんないんだな」

「え?」

「ヒントは出したぞ」

 バルコニーの柵に背もたれて、星空と夜景(ナチュラルに百万ドルだった)をバックに、パレードは振り向いた。

 なびくドレス。

 白い肌。

 刺すような瞳。

「というわけで、ネタバラシだ。私の作品を見せてやろう」

 真面目な声に、ドキッとした。

「世界をった凱旋パレードの主役だ。腰抜かすなよ?」

 パレードの背後に、竜の使い魔が浮かび上がった。

 同時に、青緑色の鮮やかな光が、優しく、鋭く空へとまたたく。

 これがパレードの、瓦斯……。

 本当に、ただの光。

 雲の上から月を眺めたみたいに、美しかった。

 気がつけば、ホールに集まっていた全員が、僕の後ろに集まっていた。イヴ、ゴブリン、マカ、タオシェン、ジョーカー、ココル、ソーラ、コバコに、カサンドラと紹介されたあの人、他にも居並ぶ美少女たち……派手な赤いドレスのゴシックロリィタ、不健康系の頂点みたいな黒いドレスの少女(この二人はマカのショーに残っていた)、大きなどてらみたいなものを羽織った赤髪ポニーテール、酔いが覚めてないらしきパンツスタイルのおかっぱな彼女……。

 なんか……色んな意味ですごい絵面だな。なぜか僕がちょっと恥ずかしい。

「来た」

 ココルのアニメ声に反応して、僕は視線を追った。

 いつの間にか、柵の上にすごいバランス感覚で直立していたパレード。

 その上から、星が僕らに向かって一直線に落下してきていた。

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