第15話 抗えぬ、レベッカ
__好きなことだけ追い続けろっ!! どうせそれが一番苦しいんだからっ!!
……レベッカ、ライブ中の咆哮
「レベッカ! 聞いてくれよ。この新人、俺のライトニング・バキュームを必要ないって言うんだぜ?」
ライトニング・バキューム?
ジョーカーは太いアレをかざしながら、大げさな身振りで落胆を示した。僕は最初、女性の前でそんな……と思いかけたが、よく考えたら、この人が本当に女なのか、今はまだわからないのだということに気がついた。
ホント、アイドルというのは罪深い。
「わーお、しない気なの? それとも溜まったときにはいつでも相手がいるタイプ?」あっけらかんと、彼女?は笑う。
「いやそれはないな。俺から性事情を隠せる人間など存在しない」
当然言い返す言葉もなく、僕は苦笑いしながら、車窓から外の景色を眺めるみたいな時間だけ、パレードのような表情でニッコリと笑っているレベッカを……着ている白いドレスを、流し見た。
デザインは、チャイナドレスに近い。それも、タオシェンが着ていたようなマトモなのじゃなくて、スリットの深さが
ようするに、首から下は見てはいけないタイプのドレスだった。
顔に関しては、今更言うこともない。体の印象よりも多少幼いが、凄まじくスッキリとした美人だ。茶色い髪は高いところで緑色の葉っぱを模したヘアゴムで縛られていて、その先の髪は桃色だったり赤だったりと色とりどりに広がっている。頭の上に花を飾ってるみたいだ。これが似合うのはきっと、
僕は、深呼吸。
頭が一層痛くなってきた気がした。
だから……この年齢のアイドルはダメだって……。
しかも、この人はもう、なんか色々と違うじゃないか。マカはまだ言い訳ができた。スレンダーで背の高い女の子って感じで、ギリギリ通じた。でもこの人は、スタイルが明らかに子どもじゃない。男の欲望をこれでもかと詰め込んだみたいな有様だ。シルエットが自然なのが奇跡としか思えない。そのくせ顔ばっかりは、どことなく幼い印象を保ったままで……。
今までのアイドルは、中学生かロリコンの妄想の塊だった。
この人は、童貞の願望が動いてる、ホントにそのまんまの姿。
イヴ、あなたって人は……。
でも、おかげでマカの時みたいに極端な一目惚れはしなかった。あんまりにも僕とは違う世界にいる感じがしてしまったのだ。
「レベッカは恋愛にまつわるあらゆる作品のアーティストだ。見た目通り、セクシャリティも女性だよ」そう言いながらジョーカーは、彼女に向かって両腕を広げた。
レベッカは一瞬だけ無防備にキョトンとしてから、すぐに何かに気がついたように微笑んで、彼にスッと歩み寄った。ホント、パレード並みに、どんな仕草も絵になる人だ。当たり前か。
ジョーカーは彼女の肩に手を置く。
そのまま二人、軽く頬を合わせる。
最初は左、次は右。
レベッカがジョーカーの首に腕をかけて、二人は軽く、キスをした。
僕はぼんやりと、こんな景色を映画で見たことがあるなと考えていた。目立ちたがりなスパイしか出てこない洋画の、実在してるのかよくわからないあの
なんて。
そんな油断しきった僕にレベッカが身を寄せてきたのだから、
「わっ……」と、小さな声が漏れてしまったことも悔やまれる。
彼女の手が肩にかかった途端、硬直してしまった体。
顔が近づく。
思わず目線を下に逸らして。
白い弾力。
跳ね返され。
もう一度目の前に現れたレベッカの顔に、僕はびっくりした。
あんまりにも、幼く見えたから。
パレードのことを思い出す。
あどけない女の子の顔が近づき。
ほんのりと、理想的に紅い頬が、きっと真っ赤っかな僕の左頬に触れた。
桁外れの、滑らかさ。
パレードが体に触れる度に無視していた、
ゆったりと張り付き。
吸い付くように離れ。
右の頬。
まつげが揺れる。
柔らかい感触が、自然と溶け込む。
これが……人形?
冗談だろ?
甘い香り。
死ぬほどいい匂い。
遠いと思っていた存在に、触れている。その実感に、頭がしびれた。
頭痛が増す。
気がつけば、赤い唇。
白い歯が見えて。
僕は、自分の口をどうすればいいのか……閉じておけばいいのか、開けたままでいいのかさえもわからなかった。
近づく顔。
目元が、表情が、数ミリ単位で変化した。
それだけで彼女は、子供から大人になった。
自分がひどく幼く思えるくらいに、
「お名前は?」甘いささやき。
「ミズノ……です」苦しい答え。
腕が首に回り、抱き寄せられ。
溶かされて。
吐息。
接触。
そこから先のことなんて、知らない。
ただ、打ちのめされただけ。
やがて、体が全部蒸発してしまうような温度だけ残して、レベッカは、僕に密着させていた体を離す。
遠のく瞳。
いつの間にか、ゴブリンよりも幼い印象に変わっていて。
また気がつけば、最初見た通りの、快活さに満ちたアイドルの顔に戻っていた。
「ごめんなさいねミズノ、私、このあと打ち合わせがあるから、もう帰らないと」無邪気に彼女は、微笑んだ。「だからその前に、ちゃんと挨拶しておこうと思って」
「送っていくよと言いたいが、残念、俺はまだこのボーイと話すことがあるんだな」
そう言って僕の肩に手を置いたジョーカーの表情を見て、僕は取り繕うことの一切を諦めた。確か、初めてソーラを見たときもこんな感じになったけど、あの時とは比べ物にならないくらいに恥ずかしい気分だ。笑い
僕はその場にしゃがみこんで、顔を覆った。こういうときは道化になってしまったほうが気が楽だ。
二人の笑い声が、頭上から響く。僕も笑っていた。
「本当ならこのわからず屋に色々とご教授を頼みたかったんだが」と、ジョーカー。
「え?」僕は片目だけで彼を見た。
「レベッカは性に関しては、俺と同じくらいに大らかだよ」
…………。
「うーん、今日に限って時間がないのよね、残念」レベッカの、本当に残念そうな声。
僕は、何も考えないことにした。
「ふふふ、それじゃあバイバイミズノ。私、普段は音楽とかも作ってるから、よかったらどこかで聞いてみてね!」
彼女は笑いながらパチンと指を鳴らす。すると背後に現れたのは、ベルゼブブくらいに大きな狼男。リボンの巻かれたハットを被って、タキシードみたいな服を着て、ピンク色の蝶ネクタイをつけている、やけに紳士的なウルフマン。
そいつが脱いだ帽子から、情熱的な赤いオーロラ状の瓦斯が吹き出して、レベッカを覆う。
単純に、とてもキレイ。
オーロラの奥に、パレードのドレスみたいに裸のシルエットが映る。
そのままレベッカは、ちゃんとは見えなかったけれど、多分、ライダースーツみたいなものに服を変えていたと思う。
魔法少女みたいだ。
赤く衣替えしたレベッカを、狼男の使い魔は両腕で軽々と抱き上げて、風のように軽やかにバルコニーへと疾走していった。
高らかな鳴き声。
去っていく。
ホッと、一息。
ポンポンと、ジョーカーがまた僕の肩を叩いたので、振り返る。
彼は優しさに満ちた笑みで、僕に向かってライトニング・バキュームを差し出していた。
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