第7話 アーティスト
その後しばらく僕は、先ほどソーラが花を咲かせていた森の真ん中の広間(そこは作品であると同時に、カフェスペースでもあるらしい)にある休憩スペースに腰掛けて、テーブルを挟んだパレードたちから色々とアーティストについての話を聞いた。コビーとクリンパは途中で抜けてしまった。全然寝てないから、いい加減に眠りたかったようだ。
パレードとソーラの説明によると、アーティストと
うーん……。
いくらクオリティが高いと言っても、ようするに、女の子である。しかも、幼い。女ならともかく、男のアーティストが体をそれに変えちゃうのはなんだか納得がいかない話だと思った。これは異文化ギャップなのだろうか。それとも、僕にセンスが無いのか。
「交換可能な体をもっと簡単に作れりゃまた話は違ったんだろうけどな」パレードはそう語った。「人間が自分の体を自分と認識するためには想像以上に沢山の情報が必要だ。大抵は慣れればいいものなのかもしれないが、問題なのは快適性。臓器の位置やら骨の感触やら、考えてもいなかったところに不快感が頻出する。メカニカルに作った体は人体と別物過ぎて、一生付き合っていく気にはなれない」
「へぇ」頬を支えるパレードの指先を見ながら、僕は頷いた。
「このイデア式の何が恐ろしいって、元の体との差異をほとんど感じないことだ。もちろん身長とかはちょっと戸惑うけど……それもむしろ、身長をここまで下げられてるのに違和感がないことへの違和感ってやつだな、うん。居心地も元の体より遥かにがいいんだよね」
「でも、じゃあ、男の体に変えたほうがいいんじゃ?」当たり前のことを僕は聞いた。
「言っただろ? イヴは変態だってな」パレードはにやりと笑う。「あの馬鹿は女の子の体以外は死んでも作らない。困ったことに、快適さと美しさを兼ね備えたこの人形を作れるのは、今ん所人類で二人だけだ」
「二人?」
「アーティストの中に一人、イデア式と同じ原理で動く自作のボディで生きてる奴がいてな。ココルって名前の
「へえ……」
「この体は、着られることも含めて、世界一の作品なのよね」ソーラは静かに一言だけ、そう付け加えた。
優しそうな人だ。
最初は見た目に威圧されてしまったけれど、この人は多分、本当に静かで大人しい人なのだろう。お婆さんと自分で言っていたし。
話を聞きながら僕は、注意深く、ソーラとパレードの見た目を観察した。不可解なまでの美しさの正体が少し気になったからだ。特にパレードの、コロコロと感情を映す大きな瞳や、明らかに色気が意識された唇、艷やかすぎる肌を……。
そして得られた感想は、ようするに、完璧の一言だった。我ながらなんの捻りもない感想だと思うが、だって本当に、文字通り完璧なのだから、仕方がない。欠けているところがないし、過剰なものもない。非の打ち所がない。それが凄い。
結局の所、人は人の顔にどうあって欲しいのか。
その答えが、ここにいる二人だ。
「この体は、どこをどうとっても完璧に作られているがゆえに、世界一だ」パレードは言う。「どんな表情をしても可愛いし、スタイルも完全に均整が取れてるし、声から匂いまでスペシャル・メイド。屁どころかションベンもウンコもしないから臭いとこないし、触れた感触ちょー気持ちいいし、味まで絶品と来てやがる。いやマジでイヴは変態の中の変態だね」
「味って……え、トイレ行かないんですか?」
「なんだ、ションベンはして欲しいタイプのあれか、お前」
「いやいやいや、今そのテーマの話は勘弁して下さいよ、寝起きですよ?」
「というか、生まれたてだしな」
そう言えば、そうだったか。
うーん……。
この世界のアイドルは本当にウンコしないのか……。
ともかく僕は、後から考えればこの世界で最も重要であり、僕とも関わりが深くなるアーティストという価値観を、この時学んだのだった。
……というか今更だが、パレードはアーティストなのだ。
今現在、この世界でアーティストと呼ばれている人間は30人程度らしい。この世界の人口がどれくらいなのかは知らないが、誰もがアートに
パレードもソーラも、きっととんでもなくすごい人なのだろう。この世界においてアイドルたちはみんな、どれだけ幼く見えようと、無邪気に微笑もうとも、これからは全員マイケル・ジャクソンだと思って身構えておかなければならない。見た目に騙されてはいけない……いやむしろ、本来は飾りでしかなかった人間の美しさというものに、間違いなく本質が宿っていると、そういうことだ。
にしても、体の交換か。整形や写真加工、ともすれば化粧にまで目くじらが立ちかねないような僕らの世界の価値観がゴミみたいに思えてくる割り切り方だ。美人は造ればいいなんて、さすがアートの世界、発想が違う。
……僕が、そんな世界に馴染むことができるだろうか。
ここはアートの世界だという。
この世界の普通の人は、一体どうしているんだろう。
「この世界って、作品を作り続けないと、生きてけないんですか?」僕はパレードにそう尋ねた。
「んなことはないよ」肩をすくめて、つまらなさそうに、そう答える。「だけど作らざるものに待つのは、奴隷労働のみさ」
「え?」ドキッとした。
ソーラは何も言わず微笑んでいる。
「公共瓦斯の一部は確かに個人用に還元できる」冷めた声で、パレードは語る。「ただ、それを受け取るためには、退屈な肉体労働、農牧業、ツール制作に、アシスタント……面白みも創造性もなければ、儲けようもないクソみたいな雑務に魂を擦り減らさなくちゃいけないってわけだ」
「……そんなにキツいんですか?」
「だから言ってるだろ、奴隷だってな」
「奴隷……」ツバを飲む。
「生活に必要な最低限を稼ぐためには、週三日……時間にしたら、二十時間以上も無駄に働かなきゃいけない」
飲んだツバが、喉に詰まって笑いになった。「え、それだけっすか?」
カーっと、パレードはタンを吐くみたいな声を鳴らした。両手を広げ、ラリってるみたいに瞳をぐいっと天に向ける。「出たよ、お前らクローンはみんなそう言うよな。いったい全体どこかそんだけなんだよ!? 二十時間だぞ? ほぼ丸一日じゃねえかっ! ありえねえ、殺す気かっ!!」
「パレードは若い頃から凄かったから、一度も働いたことがないのよ」フフっと、上品にソーラが笑う。「私は若い頃は、元手を稼ぐために頑張ったわ」
「仕事は一週間単位の登録で、自動で
「斡旋? 就職とかは?」
「しゅーしょく?」ソーラが小首を傾げる。
「こいつらの世界を悩ませているウンコみたいな概念だよ」パレードは暇そうに耳の裏をかいてる。「こっちにそんなもんはない。仕事は全部、ええっと……あれだ、日雇いってやつ」
「じゃあアルバイトってことですか。それなのに、週三日で生活できるんですか?」
「三日は生きてく最低限って話だから、作品を何も作らねえとなると、実質四日だな」
「それで、あとは遊んだり造ったりできると」
「まあな」
「ここ天国っすね」
パレードとソーラが、気の抜けた声で笑う。
「シケてんなぁ。アートで大儲けできることよりも、週三労働の方で安心するのか?」
確かに、と思ったので僕も笑った。でも、これで僕が抱いていた大部分の不安は払われた。なんたって、一生作品を残していける自信があるわけがなかったのだから。挫折してもなんとかなると思えるのはとてもありがたい。
セーフティネットまで完備か。
いやぁ……楽園だなぁ……。
と、安心したら、ぐうっとお腹が鳴った。とても小さい音だったが、パレードは耳ざとく僕に向けて笑いかけた。
「ああ、腹減った? さっきのじゃ少なかったもんな」
「はい、ちょっと
「空かしておいた方がいいよ。あとでたらふく美味いもん食わしてやるから」
「あ、ホントですか?」これは素直に嬉しかった。
「でも、そろそろ出発してもいい時間よ?」と、ソーラ。「パレードの使い魔がなかったら、もう、遅刻しちゃうくらい」
「マジで? そんな時間だった?」ビックリしたように、パレードはまん丸く目を見開く。「ミズノ、お前、起きるの遅すぎだよー」
「え、ごめんなさい……」
「しゃあねえ、行くか」立ち上がったパレードが、背後に竜を出現させる。「よしミズノ、晩飯食いに行こう。アーティストだけの晩餐会だけど、特別にお前の枠もねじ込んであるから」
「はーい」と、素直に答えて腰を浮かしかけたところで、ハッとした。
翼をスロープにして、背中のコクピットへと僕らを導く、赤い竜。
巨大なシルエット。
青い空。
そうか……またこれに乗らなきゃいけないのか。
「おいおい、そんな顔すんなよ」パレードが、笑っている。「行く先はアイドルだらけの晩餐会だぞ? やる気出せよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます